3 静かなる警察署長と、新進気鋭の若手刑事

「ご足労でしたアルバ様。まずは犠牲に遭われたサウザスの方々の、ご冥福をお祈りいたします」

 3月17日風曜日、時刻は午後4時。

 荒野でギャリバーを押し続け、やっとの思いで、トレモロに着いたショーンと紅葉は、トレモロ警察の署長室にいた。

「ありがとうございます、トレモロの皆様にもご迷惑をおかけしました」

「いえ、これはラヴァ州全土の危機ですから……互いに助け合わねば」

 警察署長である頑鸛がんかん族のゴフ・ロズ警部が、横一直線の眉を崩さず、きわめて低い声で囁くようにショーンを労った。

「——という訳で、僕は帝国調査隊として、しばらくトレモロで捜査させて頂きたいのですが」

「ええ。わたくしもブーリン警部から伺っております。まずは逃走中である警護官の件からお話ししましょう」

 署長の地を這うような低音ボイスは、ショーンの尻をむずむずさせる。

「彼らは3月10日風曜日未明、紺色の自動車に乗り、トレモロ地区へと逃げてきました……しかし町までは来なかった。北西の郊外で農民が目撃していたのです。不審な車が州街道を外れて、ルクウィドの森道へ突入したのを……」

 場所はここ。と、トレモロ地区の北西部を指した。町から12kmほど離れている。

「この森道はオックス州に繋がっております。北西へ向かっておよそ50kmでオックス州の南町タンチュツイに着きます。しかし森道を2kmほど走った地点で、車は道から外れ、東へ……しばらく藪を踏みつけた車輪の跡があったのですが、途中で忽然と消えていました」

「消えた!? なぜ……」

「わかりません。空を飛んだのかも」

「…………ッ!」

 宙を舞う、黒い囚人護送車、

 ユビキタスごと空へ吹っ飛ばした、

 使った呪文は磁場呪文 《ノーザンクロス》と《サザンクロス》。

「——あの呪文か!」

「魔術を使われたら、わたくしどもの手に負いかねます」

 ゴフ・ロズ署長が、低い声でため息をついた。



(あの警護官たちも呪文を使えるのかな……いや、自動車と男2人を飛ばすなんて、どれほど膨大なマナがいるか……そんな魔術師はそうそういない……)

(そう、あくまで仮面の男の仕業と考えるのが自然……時系列とか目的が謎だけど……)

 ショーンは机に広げられた、トレモロの地図をじっくり見つめた。

「……警護官が乗った車は、現在も見つかってないんですよね」

「ええ、アルバ様のお力で見つけられるでしょうか」

「えー、それは……」

 ショーンは脂汗を垂らしながら、ルクウィドの森の地図を計測した。ラヴァ州側の面積だけでも、東西に30km、南北で10km、この広さなら……

「警部、アルバの呪文といえども、この広い森を長時間、重たい車で浮遊することはできません。オックス州の州境を超えるまでに、必ず森のどこかで降りているはずです」

「ほう! ……それは朗報ですな」

 署長は頑鸛族の翼をバサっと広げた。

「ですが、町をあげて大捜索という訳にもいきません。トレモロ警察は、ラヴァの中でもっとも規模が小さい……。爆破事故の影響で、かつてないほど町の警備を増強しております、これ以上の人員は割けられない」

「ええ、分かってます。ですから僕が、帝国調査隊として協力を——」

 コツン、カツンと署長室の廊下を歩く音がする。ショーンの背後に控えていた紅葉が、ドアの方へ振り向いた。

「こちらから、トレモロ警官をひとり預けます。新進気鋭の若い刑事です」

 ツインテールの金髪の女の子が、バンッとドアを開けた。

 ギラギラした鋭い瞳に細い眉、頭には崖牛族の二本角。群青色のトレモロ警官服の左半身をはだけさせ、ピンクの風船ガムをくちゃくちゃ膨らませている。

「………っ!?」

 警帽をかぶる彼女の体には、至るところにタトゥーとピアス。特に左上腕部には大きなベルのタトゥーが入っている。まん丸の風船ガムをパンと破裂させ、こう告げた。

「エミリア・ワンダーベルよ。ヨロシク」

「彼女が、必ずやアルバ様のお役に立ってくれるでしょう」

 ショーンは顎が外れるほど、あんぐり口を開け、

 紅葉は黙って【鋼鉄の大槌】をグッと握り直した。





「——んで、アルバ様。さっそくルクウィド森に出発する?」

 ぱちんッ、と風船ガムを破裂させ、エミリア刑事がショーンへ質問した。彼女はショーンへの呼び方こそ “丁寧” だったが、顔は見下すように斜に構えている。

「ま、待ってくれ、用事はまだある! えーと、爆破事件を起こしたコリン駅長の情報と、あとトレモロ町長へご挨拶と……警察が使ってる暗号電信も教えてほしい!」

 ショーンはワタワタと焦りつつ指を折った。

 ゴフ・ロズ署長は冷静な声を崩さず、一つ一つの用事に答える。

「まず、サウザス駅長コリンの件ですが、わたくしどもも慎重に扱っております。彼もトレモロには決して指一本入れさせません」

「うちの駅長のカブジに話を聞くといいよ。コリンとは昔から縁があるそうだから」

 コリンと縁がある。

 この言葉で紅葉が一瞬、殺意を発した——署長室に緊張が走る。エミリア刑事とゴフ・ロズ署長は、いつでも武器が出せるよう身構えた。まったく気づかぬショーンは頭を抱え、カブジ・カブジ……とトレモロ駅長の名を唱えていた。

 紅葉はすぐに、殺意を鞘に収めたが、エミリアは警戒を解かぬまま、拳銃ホルスターに手に当てつつ喋った。

「フン……どうやらトレモロには長居するみたいだね。もう夕方だし、森には明日の朝、出発しましょうか」

「その前に町のなかを案内しなさい、エミリア。お詳しくないようだ」

「あ……ハイ……お願いします」

 トレモロはサウザスの隣町だ。ショーンも幼少期に数回訪れたことがあるが、アルバになってからはトンと足が遠のいている。同じ隣町であるグレキスには、祭りで楽しんだ思い出も多いが……正直トレモロには大した印象がない。

「ふん。トレモロに案内するとこなんて無いけどね、つまんない町だよ」

「──そんな事ないですよ!」

 吐き捨てたエミリア刑事に、ショーンはすかさずフォローした。処世術だ。

「うちの町長……ヴィーナス様は一日中町をうろついてっから、そのうち会えるよ」

 エミリアは面倒そうに頭をかいた。処世術はむろん見破られていた。



「最後の暗号電信の件ですが……難しいですね」

 ゴフ・ロズ署長はここにきて初めて眉をひそめた。

「警察内でも腕が立つ者にしか教えていません……今ここでアルバ様にお教えするのは、少々はばかられます」

「な、何とかなりませんか? たとえば警護官を見つけるとか、捕まえるとか、手柄を立てれば……」

 いつまでもフランシスとの連絡を仲介してもらう訳にはいかない。それに今後、コンベイの夜のように、警察と緊急連絡をとる場面もきっと出てくる。

「……警護官はとっくに他州に逃げてるんじゃないかな……見つかるとしても、乗り捨てた車くらいだよ」

 ショーンの背後にいる紅葉がようやくボソッと口を開いた。「わたくしもそう思います」と署長が続く。

「では、こうしましょう——別件で、アルバ様に解決していただきたい問題があるのです。それが無事に終われば、お教えできます」

「ほ——本当ですか!」

 どんな問題だろう、ルクウィドの森の捜査に支障がなければいいが。

 ショーンは身を乗り出した。

「サウザスから逃れた方々が、現在トレモロに滞留しております。ほとんどは平和に過ごしていますが、中には問題を起こしている方も……」

「それは!……マズイですね……ご迷惑をおかけします」

 早急に解決しなければならない問題だ。ただでさえ、サウザスはラヴァ州全土に大迷惑をかけているのに……とはいえ、片手間で解決できそうなのは幸いだった。

「僕がアルバとして説得すれば良いんですね。誰を帰せばいいんでしょうか?」

「その数、70名です」

「ななぢゅう!?」

 ショーンの目の前がまっくらになった。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16817330647688978853

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