2 270ドミーの仲間
『これ良いんじゃない、どう?』
大型倉庫の一番奥で、紅葉がレモン色のギャリバーを指さした。ラタ・タッタのものより1.7倍は車体が大きく、サイドカー部分も広そうだ。
『A-27型【ニーナ】……2700ドミーか』
裏に貼られたポスターには、デッカーの2人が【ニーナ】に乗って、キャンプ場に向かう様子が描かれている。車体後部にテントを積載し、『これが新時代の荷馬車の形!』とキャッチコピーが銘打たれていた。
『それは17年前に発売されたヤツだな。当時はアリスみてえな値段だったが、今ぁだいぶお安くなってるぜぃ』
『へえ……』
ショーンはまぶたの裏に、紅葉と一緒にギャリバー【ニーナ】に乗る姿を思い浮かべてみた。
紅葉が長い黒髪を揺らして運転し、自分は【星の魔術大綱】を読みながらサイドカー席で揺られてる……ラヴァ州の荒野をどこまでもかっ飛ばし……後ろには冒険用の荷物を載せて……
『……これにしよう、紅葉』
ショーンが指をさして、この子に決めた。
『うん、私も、
紅葉はレモン色のギャリバーを見つめて笑った。
『そいつか……ヨシ、いいだろう。倉庫を爆破から救ってくれたアルバ様だ。特別に270ドミーで売ってやるぜぃ』
不敵にほほ笑む、ドップラー爺さんの金歯がキランと光った。
「——やっぱり、新車で買えば良かったんだよ!」
あれから10分後。日頃の体力不足がたたり、疲れたショーンが車体を叩いた。もはや紅葉1人で、中古のギャリバー【ニーナ】を押している。
「もー新車なんてどこも売り切れだよ。サウザスから逃げた人たちが、全部買い占めて、乗って行っちゃったんだから」
コリン駅長の爆破事件の直後、命の危機を感じた人たちが、サウザスから散り散りに逃げていった。その多くが西区や北区にすむ富裕層だ。
「自宅をほっぽり出して逃げたわけだろ。ほとぼりが冷めたら戻って来るかな」
「……分かんないよ、クレイトとかノアに、そのまま移住しちゃうかもね」
ショーンは体をひねり、今まで来た道をしばし見つめた。
自分たちもサウザスから出た身分だから、彼らに対してなんとも言えない。
町の人からは、アルバ様も逃げ出したと思われてるのだろうか。
一応、取材しに来た新聞記者のナタリーに、『僕はサウザスを守ります!』と宣言して出立したのだが。
「フフフ、絶対逃げたって思われてるよね」
紅葉が肩で笑っている。白いヒナギクの角花飾りが左右に揺れた。
「……良いんだよ、臆病者だって思われるくらいが、安全なんだ」
ショーンは猿の尻尾をゆるく曲げ、サウザスの方角に背を向ける。
水筒に入った
目指すはラヴァ州・最東端の地——トレモロ。
ギャリバーを購入した翌日、3月16日水曜日の午前11時。
『ショーン・ターナー。君に【帝国調査隊】として初めての任務を授けよう』
『……はい』
役所の狭い電信室の中で、ショーンはゴクリと喉を鳴らし、背を正した。
州警察の刑事に暗号電信をお願いしている。複雑なトンツー音から、ラヴァ州アルバ統括長、フランシス・エクセルシアの指示が紡がれていった。
『まずはトレモロに向かい、逃げた警護官やコリン駅長の足取りを掴んでほしい』
『トレモロ……ですか』
サウザスの隣地区トレモロ。ラヴァ州の一番東にある州境の町だ。北のオックス州と縁深く、造林と木工を生業としている。サウザスの親類縁者も多数住んでおり、ショーンの身近な人物では、リュカの妹マチルダが移住していた。
『そうだ。特にオックスとの州境を調査せよ。ルクウィドの森の調査は警察には難しい』
『…………ルクウィドの森、ですか』
そんなのアルバだって難しいぞ。ショーンの喉奥が苦くなった。
『ただし、オックス州には入るなよ。君の立場では、別州での呪文使用はまだ許されてない』
『ええっ、【帝国調査隊】なのに……?』
アルバは通常、決まった州でしか呪文を使うことができない。破ればアルバの地位は取りあげられる。帝国調査隊になれば、ルドモンド大陸中で使うことが許されるはずだが……。
『調査隊といえど、州をまたいでの呪文使用は、帝国の許可がいるんだ。それには個人実績が必要でね、何名か有力者の紹介状がいる。オーガスタスからは既に貰っているから、次はトレモロ町長に頼むことだな』
『………僕はまだまだ半人前なんですね』
オックス州出身のクラウディオは、州を越えて活動できている。はやく彼にも追いつかなければ。
『そうだ。まずはトレモロで修行したまえ。ついでに警察が使う暗号電信も覚えるように』
(や、やることが多い……!)
唾を飲んだショーンが口を開ける前に、フランシスは『では、奏功を祈る』と電信を切った。
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