【星の魔術大綱】 －本格ケモ耳ミステリー冒険小説－

トレモロ建築家一族の謎 ①新たな旅立ち編

第25章【Galliver】ギャリバー

１ レモン色のギャリバー

【Galliver】ギャリバー

［意味］

・ガレー船とガリヴァー旅行記にヒントを得て開発された、三輪式軽自動車。

［補足］

「ガレー船 （galley）」とは、古代から中世にかけて使われた帆船である。人力でオールを漕ぐため、複雑な地形や風のない場所でも、自由に走行できるのが特徴である。このガレー船と「ガリヴァー旅行記 （Gulliver）」にヒントを受けて作られたのが、三輪式軽自動車「Galliver（ギャリバー）」である。32年前にシュタット州のキンバリー社から販売され、以降ルドモンド大陸で爆発的に流行している。

「一体どうしてこうなったんだ！」

「う〜ん……どうしてだろうねえ」

　茫漠たる薄茶色の大地。時刻はお昼を過ぎた頃。

　大量の荷物を積んだレモン色のギャリバーが、ラヴァ州街道のど真ん中で立ち往生していた。

「やっぱり、あんな変な爺さんから、中古で買うんじゃなかった！」

「うるさいなあ、ショーン。ドップラー爺さんを悪く言わないでよ。相場の10分の１で買えたんだから」

「どう考えても、それが原因だろ！」

　ギャーギャーわめくショーンを無視し、運転席から降りた紅葉は、首をひねりギャリバーの基幹部をチェックした。

「ンー、後輪のタイヤがパンクしちゃったみたい」

「予備のタイヤは？」

「ないよ。ショーンがティーセットを積んだせいじゃん」

「このティーセット捨ててく？」と紅葉に問われ、

　サイドカーに座るショーンは「ダメダメダメ！」と鋭く叫んだ。

　今日は３月17日の風曜日、遠くで渡り鳥が飛んでいる。

「とにかく、そこから降りてよショーン。トレモロまで押して行かなきゃ」

「押す？　ギャリバーを!?　町まで後どれくらいだ？」

「ギャリバーなら20分。押していくなら……２時間かな」

「——もお、やだ！！」

　晴れやかな青空は、東西南北どちらを向いても永遠と続いている。

　羊猿族のアルバ、ショーン・ターナーは【星の魔術大綱】を片手に叫んだ。

　時を遡ること２日前、３月15日地曜日の午後１時。

『ほらよっ、特別出血大サービスだぜぃ』

　ドップラー爺さんが３番倉庫の大扉をガラッと開けた。

　埃にむせるショーンの隣で、紅葉が目をキラキラさせて飛び跳ねた。

『すっごい、ギャリバーっ……こんなにたくさん！』

『ギャリバー専用倉庫だ。本来なら月末にガレージセールだが……どれでも売ってやるぜぃ、値札がついてるモンだけな』

　倉庫の左右にそれぞれ30体は並んでいた。様々な車種やカラーリング、高価なオプション付きはもちろん、派手な電飾やステッカーが施されているのも数多い。

『……サウザスの人たちって、こんなにギャリバーを持ってたんですか？』

『本当はもっとあったんだぜぃ。みんな列車の爆破ンとき、持ちかえっちまったのよ。ここにあんのは金が回らなくなった賭博場の奴らンだ』

　爺さんのガレージは、巨大な貸し倉庫のほか質屋も兼ねている。

　カタギでない元所有者のことを考えると、ショーンはあまり気が進まなかったが……ギャリバー好きの紅葉は、キャッキャッと無邪気に品定めしていた。

『すごい、見てみてショーン！　A-42型【アリス】があるよ！』

『ア……アリス？』

　かわいらしい名前と反する、黒光りした立派な車体のギャリバーが鎮座していた。大きなクラクションにテールランプ、足を限界まで伸ばして寝られそうなサイドカーまで付いている。

『アリスぁ、現行機種でイッチバン高えのだ』

『そうだよ、「デッカー」のデリカちゃんの愛車なんだから！』

『……デリカちゃん？』

　デッカーとは、デリカとマリーによる２人組の女性アイドルユニットだ。数年前ギャリバーのキャンペーンガールに起用され、一躍有名になり、ルドモンド大陸中に彼女たちのCMソングが流れている。

　この倉庫の壁にも、デッカーの宣伝ポスターは至るところに存在し、A-42型【アリス】の傍にも、愛車にまたがるデリカちゃんの、満面の笑みのピンナップが貼られていた。

『へぇー、まぁオシャレでカッコい……い…』

　……その下に書かれた105000ドミーの数字を見て、ショーンの顔から笑みが消えた。

『90500ドミーでいいぜぃ、特価だ』

『素敵でしょ、買ってよショーン！』

『……たとえゼロが一桁へっても買わないぞっ』

　欲に目がくらむ紅葉の手を引っぱり、町中でよく見かけるような、安価なギャリバーの棚へ向かった。酒場ラタ・タッタ所有のと、似ている車種が並んでいる。

『これじゃ駄目かな？　1200ドミーだって』

『そりゃB-07型【カルゴ】。買い物用だ。冒険にゃー向かねえぞォ』

『そうだよ、もっとエンジンが頑丈なのにしなきゃ！』

　ショーンより詳しい紅葉は腕を引き、さらに倉庫の奥へ向かった。

「クソっ、頑丈なのを買ったハズなのに！」

「エンジンは頑丈なんだよ、エンジンは」

　ラヴァ州の母なる大地の元で、ショーンと紅葉は、レモン色の三輪式軽自動車「Galliver（ギャリバー）」をえっちらおっちら押していた。

　車体の重みにイライラして尻尾を振るショーンの横で、紅葉は平気な顔でグイグイ押している。

「あーもう、ギャリバーなのに重すぎる！　何でコレを買っちゃったんだろ」

「だから、新型の【アリス】にしとけば良かったじゃん」

「ふざけんな！　自分のカネじゃないからって！」

　アルバはけして高級取りではない。研究費なら規模に応じて出るが、日々の生活を贅沢できるほど支払われない。さすがに下宿を出て、家を借りるくらいは可能だが……ショーンの給金は、毎日の高級菓子と高級茶代に消えていた。

「──でもさあ、帝国調査隊って実際どれくらいお金が入るの？　治癒師の時よりはさすがに出るでしょ。ギャリバーくらい経費で落ちない？」

「さあね……クラウディオ氏に聞いとけば良かった」

　ショーンは後部に積んだ布テントに、顔をむにゅッと押しつけ歪ませた。

　このギャリバーに載せているのは、布テントをはじめ冒険用のキャンプ用具。紅葉の私物にショーンの荷物。そして嵩張るティーセット。ショーンが乗るサイドカーには、お菓子と水筒とサッチェル鞄が収められ、紅葉がすわる運転席の斜め後ろに【鋼鉄の大槌】が旗のように刺さっている。

「……そうだ！　呪文で軽くしよう！」

　名案を思いついたショーンは、すぐさま両手を伸ばし、灰色の光を放った。

【この荷物をしばし軽やかに運ばせ賜え！　《ファルマグド》】

　呪文は無事１発で成功した。重い積み荷を乗せたギャリバーは、オレンジを積んだ荷車くらいに軽くなった。

「よし紅葉っ、到着まであと何分だ？」

「これなら、あと１時間くらいで着くんじゃないかな」

　今日は３月17日の風曜日、渡り鳥が頭上を横切っていく。

　風曜日は旅立ちの日、風神リンド・ロッドの加護がある日だ。

　元気になったショーンは率先して車体を押し、州街道を東へずんずん歩いた……。

絵　https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16817139559158961446