6 さよなら、サウザス
昨晩、静まり返っていたサウザスの商店は、翌日になってまた生命活動を開始していた。
列車の運休により、市場には新鮮な食べ物は少なかったが、備蓄していた缶詰を売り出していた。食糧を自給できないサウザスでは、いざという時の保存食を溜めこんでいるのだ。コスタンティーノ兄弟は全員まだ警察の元にいたので、エリナ婆さん主導の市場互助会が頑張っていた。
鍛冶屋のせがれでショーンの幼馴染・リュカは、缶詰と日用品を買い足し、『鍛冶屋トール』に帰っていった。
「ただいま……あれ?」
そこには意外なお客さん——紅葉がいた。
「これで武器を売って欲しいんです」
「103ドミーしか入ってないじゃないの! ウチじゃ小刀だって買えないわ!」
リュカの母親であり、鍛冶屋店主を務めるエマが頭を抱えていた。
「じゃ、ローンでお願いします」
「ローンって……あなたに返せるアテあるの⁉︎」
エマがどんなに怒鳴ろうと、紅葉は出ていきそうにない。湖の底のような、黒い冷たい目をしている。
「なんで武器が要るんだよ、紅葉」
「お願いリュカ。事件の犯人を追いかけるの。強くて壊れない武器が欲しい」
「このあいだ持っていった甲冑像の斧はどうした?」
「コンベイで折れたよ、真っぷたつに」
2階で作業していたオスカーが、騒ぎを聞きつけて降りて来た。
「…………武器か……」
装飾武器の職人にしてラヴァ州一の天才鍛冶師、オスカー・マルクルンドは、ゆっくりと店の中央に足を運んだ。
「オスカー待って、それは……!」
中央のガラスケースには、彼の最高傑作である【鋼鉄の大槌】が納められている。
「……これを持っていきなさい」
「小娘の民族——あれは
「跳牛族ですか……じゃあなぜ長年分からなかったんですか?」
「跳牛族は、短く細い尾をもち、脚の筋肉が発達し、長い円錐角と三角の耳を持っている……すべて当てはまらないからだ」
「はぁ?」
ショーンは掃除の手を止めて、ペイルマンの方を見た。
「じゃあ、どの辺で判断したんですか」
「角の生え方が似ている。ただし短い。もし跳牛族だとしたら、おそらく5、6歳ほどで成長が止まっている」
跳牛族はサウザスにはほとんど居ない民族だ。唯一ショーンが知っているのは、事件を起こして逃げた警護官、レイノルド・シウバ。
「発育不全ってことですか……紅葉は10年前、列車に轢かれて大怪我をしてるんです。そのせいかも」
「……フム」
ガシガシと、ペイルマンは頭を掻いた。
「とはいえ、尾の生え方も、耳の構造も、跳牛族とはぜんぜん違う。単純に尾っぽと耳だけ見れば、一番似てるのは短尾系の猿族だな。ただこれも発育不全なら、本来は長尾の可能性もある」
「サル……? 猿って……角は生えませんよね」
ショーンは自分の猿の尻尾を振った。茶色で長く細長い。紅葉にも実は尻尾が生えている。チョロっとお尻から生えた、薄茶色で太くかわいい尻尾……。
「現存する猿族では、キメラ民族である
「……そもそも角が光る民族なんて、あります?」
紅葉の二本角。普段は生成り色をしているが、感情に合わせて淡く光る。
あんな角を持った民族なんて——
「ない。現代では失われたキメラ民族か——それとも怪物か」
ペイルマンが独り言のように呟く。ショーンの真鍮眼鏡の奥が光った。
紅葉は静かに【鋼鉄の大槌】を手に取った。
製作者ですら重たく感じる、黒々とした鉄の塊は、驚くほど彼女に馴染んだ。
エマが「うちの家宝なのよ!」と騒いでいたが、リュカが押しとどめた。
紅葉は軽く柄をふり、体のまわりをグルッと一周させた。流れる彼女の黒髪に沿って、黒い大槌が流星のように宙を舞う。
「良いですね」
「…………この子は、ずっと求めていた……己の所有者を……大槌ミョルニルが、軍神トールを求めたように」
太鼓隊の服に身を包んだ紅葉の腕に、【鋼鉄の大槌】は相棒のように納まっている。
「おいくらですか?」
「……金はいらない……値段はつかない…」
その代わり、とオスカーが膝をついて紅葉に頼んだ。
「多くの……サウザスの者が傷つき、亡くなった……駅にいた者たち……町長……店に取材に来た新聞記者も………。この店で一番強い武器だ……この子を冒険のお供にしてくれ!」
オスカーの専門は装飾武具である。
装飾武具は武器ではあるが——戦うための道具ではない。
それを誇りにしてきたはずの父が、戦うために使ってくれと頭を下げている。
どれほど心を痛めたのか、もどかしい想いをしていたのか——リュカはごくりと息を呑んだ。
「オスカー、何を言ってるの! 紅葉ちゃんに仇討ちさせる気? 絶対ダメよ、危険だわ!」
母親であるエマが、リュカの腕を押しのけ、叫んだ。
だが、紅葉は……自分の武器を手に入れた紅葉は、何でもないように笑っていた。
赤い牡丹の角花飾りが、風に揺れる。
「私だけじゃありません。ショーン・ターナーが——この町のアルバ様が、ついていますから」
青い炎のような笑顔は、凛々しい女神にも、恐ろしい怪物のようにも見えた。
「——とにかく、僕は紅葉と一緒に旅に出ます。【
ショーンは再び手を動かし、部屋の片付けを再開した。
「ファウストスか——ふん、小洒落た名前をつけおって。犯罪集団のくせに」
ペイルマンが苦々しそうに椅子をギイギイ鳴らす。
「……本格的に調査するなら、州を跨ぐことになるな。ちゃんと許可は取ったのか」
「ハイ。昨日の夜、州警察に頼んで、フランシス様と連絡が取れました。僕を【帝国調査隊】にしてくれるそうです」
ショーンが事件の直前、フランシスに送った手紙——帝国調査隊になれないか相談していた手紙だった。あの時点では与太話に近かったが……幸か不幸か、今回の件で実績ができてしまった。
「治癒師はやめるのか。いいだろう、お前さんには向いていない」
ショーンは軽く笑った。「そうですね」と積まれた本の分別していく。ボロボロの『火傷 -民族別治療法-』は、せっかくだから手元に持っていよう。ヴィクトル院長には本屋で注文した新品の方を返そう。
部屋のものを一つずつ、思い出とともに片付けていく。
もうこの部屋でお菓子を食べ、お茶を飲み、太鼓を聴きながら眠ることはない。
サウザスの人達とも、もう二度と会うことは無いかもしれない。
でも、すでに心は決まった。
僕の手には、
24章 サウザス編終了
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