3 誇り高き、サウザス市場の責任者
3月7日火曜日、時刻は夜10時35分。
『——おい、なんで3人ともここにいる?』
『仕方ないだろう、資料を取ってこいと命令された』
『こっちは腹を壊したんだ! 全部を香辛料理にするなんてどうかしている!』
『僕も金物屋の爺さんに捕まってて……すぐ戻るつもりだったんだ』
『いいから早く戻ってくれ。客人をお待たせするな!』
帰宅客の相手をしていたウエイターのジャンに叱られ、1階に集結してしまったマルコ、ファビオ、ステファノの3人は急いで個室に戻った。
するとそこには——
「オーガスタスが、床をのたうち回っていた」
「尻尾の先っぽを、刃物で切られたようだ」
「誰がどうやったかは知らん。大方クレイト商人じゃないかね」
「かなり深く切られていたが、かろうじて皮膚は繋がっていた。警護官が止血していた」
「手当中のオーガスタスはなぜか暗い顔でおとなしかった。泥酔したせいもあるだろうが」
これか! と、警部は例の黒い物体を差し出した。
そうだ。 と、兄弟5人はまた同じ角度で頷いた。
「町長は手当後、警護官に連れられて、そそくさと帰っていった。10時40分頃だった」
「奴は無言でシクシクと涙を流していた。酷いショックを受けた顔をしていた」
「いや、凶器はウチのナイフや包丁ではない。あの場にいた誰かの私物だろう」
「クレイト商人に事情? 聞けるわけないだろう、怖いし」
「日付が変わる前に、商人たちも黙って去っていったよ」
「屋根裏にいたエミリオなら何があったか知ってるかもな」
「あとはオーガスタス本人に聞いてくれ」
ようやく
ようやく——
あれだけレストランを調べても分からなかった新事実が、
ようやく露わになった——
ブーリン警部はグウゥと唸り、警察帽の両端から見える崖牛族の角をブルっと振るわせた。
「さあもう良いだろう。我々が知ってる事はこれで全部だ」
「——待ちたまえ、あの場で尻尾を切られたなら、なぜ部屋から血痕が出なかったんだ⁉︎」
警部は鼻を真っ赤に膨らませ、ベラベラと夢中で過去の調書をめくる。
「ああ、それか……」
「宴会中、念のため別の絨毯を敷いていたんだ。睡眠薬をこぼしたら困るだろう」
「香辛料売りが持参したディスプレイ用の絨毯だ。大きいうえに丈夫で分厚い」
「おかげで血の跡を残さずに済んだようだな」
「月夜の砂漠を描いた柄だ。見たことのない絨毯だった」
州警官たちはどんな絨毯か知らない。いつもは町の巡回をしているサウザス警官が「あれか!」と手を打ったのを、一斉にするどく眼光を飛ばした。
「——どんな絨毯だね?」
「黒い絨毯さ。月や星が煌めく夜空の下で、一面に砂漠が広がっていた」
「そこには緻密な金の刺繍で、駱駝隊や商人のほか、蜥蜴や鷹、竜や魚などの動物たちが、画面のあちこちに絵描かれている……」
「ずっと見ていると、まるで自分自身が、広大な星夜の砂漠に立っているかのような気分になるんだ——」
コスタンティーノ兄弟とサウザス警官が、絨毯の絵柄を思いだし、しばし夜の砂漠へと浸っていた。
「あれはイイ物だ」
「宴会後に商人がくるんで持っていったよ」
「どこの品かって? そんなのは知らない」
「——では、テーブルにあった小さな傷は?」
「あれは去年の年越し祭でマルコ兄さんが傷つけたやつだ。大魚の解体中にな!」
四男ファビオがビシッと、長男マルコを指さした。
……辺りはここで一気に疲れきり、若い州警官だけが、去、年、マ、ル、コ、魚……と真面目な顔で書きとめていた。
事件から5日経った、3月11日の森曜日。
細かい箇所は追いおい調べていくとして、兄弟から核心に当たる部分は聞きだせた。
ふたたび爆破事件の捜査に戻ることにしたブーリン警部は、部屋を去る前、充満する煙に咳払いしつつ質問した。
「最後にひとつ聞こう……君たち地位のある兄弟たちが……そう、家族愛が強く、仕事への責任感もある君たちが、なぜこんな事件に協力したんだね?」
急に優しく威厳のある……亡くなった両親のように慈悲を感じる言葉をかけられ、やかましいコスタンティーノ兄弟たちは皆うつむき黙ってしまった。
長男であるマルコもしばし目をつぶり沈黙していた。だが彼は……赤ブドウ水を一気に飲みほし、灰皿に葉巻を落とし……赤く血走った眼球を見開いて、こう答えた。
「もちろんエミリオの復讐のためだ。
しかし、エミリオだけではない。
他にも多くの役人や町民が、オーガスタスの犠牲になっている。
奴は犯罪行為を繰り返しているのに、サウザスでは警察も新聞も、この件を隠蔽し続けたのだ!
我々はコスタンティーノ家。
サウザス創成期から続く、誇り高き市場の責任者だ!
……これ以上放ってはおけない」
マルコ・コスタンティーノは、ブーリン警部の後ろにいるサウザス警官を、激しい怒りのこもった両眼で睨みつけていた。
サウザス警官らは一斉に目線を逸らし……州警察陣は深いため息をついて、調書に書きとめさせた。
「おーい、こっちだ!」
クレイト市にある白銀三路の直下の秘密通路に、出動準備をした州警察が集まり、続々と駅へ向かっていた。
これから何が起きるのだろう。例によってペイルマンからろくに情報を得られず、ショーンと紅葉は重い不安のまま暗い通路を歩いていた。
ザッザッザッ……
ショーンたちが来た時は4人で静かに渡った通路も、こんな数十人と足音を立てては、地上の人々にバレやしないだろうか。
ついつい、そんな事を気にしていると……キビキビと足早に歩く制服群の中に、少しだけ動きのにぶい州警官がふと目に入った。左腕にギプスをつけている……
「あれ——オールディスさんじゃないですか! 怪我は大丈夫なんですか?」
「ショーン様。ええ、腕の骨折だけですから。護送隊で動けるのは私だけです、行った方がいいでしょう」
昨日、ユビキタスの護送隊を引率していたオールディス警部補だった。
ショーンは手のひらを丸め、隠しごとを聞くかのように、質問した。
「あの……いったい何があったんですか、なぜ今からサウザスに?」
「今日の夕方頃、サウザス駅が爆破されました。コリン・ウォーターハウス駅長の手によって」
「————は?」
絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16817139554891332817
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