4 ラヴァ州鉄道
コリン・ウォーターハウス。
定年間近のサウザス駅長にて、元州鉄道の運転手。
10年前に吊るされた紅葉を助けてくれて、その後も何かと世話を焼いてくれた恩人。
数日前にも酒場ラタ・タッタに来てくれて、紅葉の太鼓に聴きいり、オレンジジュースを飲んで帰った……
草花を愛するモフモフ尻尾の——コリン駅長?
急にコリン駅長の名を聞いて、ショーンは口をぱかんと開いた。背後にいた紅葉がショーンの左手をガツっと握った。
「な、何かの間違いでは……?」
「いいえ、間違いではありません。コリンは昨日付けで駅長職を辞し、夫妻でトレモロ行きの列車に乗ろうとしていました。駅に向かう寸前、サウザス新聞のモイラ室長が呼び止め、彼を犯人だと指摘したそうです。夫妻は駅を爆破し、姿をくらましたとか」
「夫妻ってマリアさんも……駅を爆破?……モイラ室長……トレモロ行き??」
ショーンは辞書で頭をぶん殴られたような情報の嵐に、目を白黒させた。
「……コリン駅長は、クレイト出身だと聞いています……定年後は夫婦でクレイトに帰ると言っていました」
紅葉は頭を落として冷静に答えた。彼女はいまだショーンの左手を握っていたが、熱冷も強弱もなく、何の感情も伝わってこなかった。
「ご報告ありがとう。我々も彼の経歴がどうなってるのか、今一度確認しなければなりません」
紅葉とコリン駅長の仲を知らないオールディス警部補は、きわめて平静に答えて前を向いた。
「……コリン駅長も……ユビキタスの仲間……」
紅葉は湖の底に沈んだような声でつぶやいた。経歴詐称と州外逃亡は、例の警護官らを思い起こさせる……。
「——あの、モイラ室長はどうしてコリン駅長が犯人だと?」
ショーンは濁流の情報の川から、なんとか気になる小石を拾いあげた。
「ある証拠を見つけたそうです。もうすぐ駅に着きますので、詳しくは中で」
クレイト市の秘密通路は、サウザスの乾いた赤い大地と違い、じわりと湿って青暗い。
ザッザッザッ……
警官たちの足音が羊の耳に多重に響く。
コリン駅長の正体はなんなのか。モイラ室長は無事なのか。爆破に巻き込まれた人たちは……?
もうショーンの頭では何も考えられず、ただひたすら手と足を動かし、地上へ向かって梯子を登った。
ラヴァ州鉄道。
ラヴァの全7地区を結ぶ、州が運営する列車である。
西端のグレキスへ行く西列車、東端のトレモロへ行く東列車とあり、グレキス、クレイト、ノア、コンベイ、グラニテ、サウザス、トレモロの各駅に停車する。
各地区はそれぞれ1時間ほど間隔が空いており、クレイトからサウザスまでは約4時間で到着する。最もこれは停車時間を含めるためで、一度も駅に止まらなければ3時間弱で到達する。
客を運ぶ旅客車と、荷物を運ぶ貨物車があり、昼は旅客車が多く走り、夜は貨物車が昼行性民族の安眠を妨害している。
本日夕方に起きたサウザス駅の爆破事件は、交通業界にも大激震が走り、州鉄道を走っていた列車はすべて運行が見合わせられた。
また、鉄道だけでなく、州街道の馬車便も次々に運行停止され、貸し自動車、貸しギャリバー屋まで店を閉めてしまった。
恐怖に駆られたサウザス民は、私物の車やギャリバーを持つ者たちから、州街道を爆走して近隣町へ逃げていった。
町を出るアテのないサウザス民は、南端の駅から一番離れた北区の鉱山まで、ほとんどの会社と店を閉め、家族と集まり自宅で神に祈りを捧げていた……。
閉鎖されたクレイト駅のホームは、おぞましいほど閑散としていた。
いつもより気持ち小さめに汽笛を鳴らし、紺色の蒸気機関車がホームへ入ってきた。
「……運航開始したんですか?」
「いいえ、州警察のために特別に出してもらってます。ただし貨物列車ですが」
オールディスが顔をしかめた。
確かに先頭の運転室と炭水車の後ろは全て、オリーブ色の四角い貨物車が続いている。てっきりこの貨物コンテナ内に乗り込むかと思いきや……最後尾のちっちゃな車掌車に収容された。
「——ぐえっ」
狭い。
本来なら2〜3名で使うはずの車掌車は、20数名の警官たちでぎゅう詰めだ。
警官に挟まれて不貞腐れたペイルマンと、優雅に佇むクラウディオもいる。
見たところ知り合いはこれで全部だ。クレイト市警のアルバであるベンジャミン、コンベイ街で治療中のペーター刑事、クレイトまで連れ添ってくれたラルク刑事の姿は見当たらなかった。
「オールディス警部補! この列車はどこへ行くんですか⁉︎——グラニテ?」
「いいえ、サウザス駅の手前には貨物駅があるんです。停車はそこへ!」
「——あそこか!」
サウザス郵便局の裏手には西南に広がる巨大倉庫があり、小さな貨物用の駅もある。一般客は使わないため、普段は地味な存在だが……今回は無事でよかった。
「失礼!……打ち合わせがありますので」
一緒に揉みくちゃになっていたオールディスは、車内の先頭へといってしまった。
ショーンはえっちらおっちら最後部に座りこみ、さすがにもう手は繋いでなかったが、隣に紅葉がぴったり付き添っていた。
「あ……どうも」
車内は狭いながら、警官たちは手際よく敷物と携帯食を配り、一番奥にいるショーンと紅葉の元へも届いた。
携帯食は栄養ビスケットが5枚ほど。甘みはなくパサパサで、飲むこむのに苦労したが、もしこれがジョンブリアン社の高級ビスケットでも、今のショーンにはなんの味もしないだろう。
車内中央にいるペイルマンは苦虫を噛み潰したような顔で噛んでおり、反対側にいるクラウディオは午後の紅茶を嗜むかのように頂いていた。
先頭にはオールディス含む上級警官と車掌たちが、何も食べず真剣に話しこんでいる。
3月11日森曜日、時刻は夜の7時半。
大量のコンテナ車と小さな車掌車で構成された貨物列車が、静かにクレイト駅を出発した。
(今のサウザスはどんな状況になっているだろう……コリン駅長はどこへ行った……また新たな敵に立ち向かわなければならないのか……再びあの木の葉の仮面が牙を剥くのでは……?)
ショーンはビスケットを齧りながら、次々浮かぶ悪い予感に頭を振った。
彼の右手にはサッチェル鞄にしまった【星の魔術大綱】、左手には紅葉がいる。
どちらもショーンの心強い味方であり武器であり……同時に責任と重圧でもあった。
『あー、こちらオールディス。本日12日の夕方にサウザスで起きた駅舎爆破事件、および8日早朝から続く町長失踪事件について、改めて……』
この事件を最もよく知るオールディス警部補が、揺れる車内をギプス姿で立ちながら、警官たちへ演説を始めた。
『既に報道されたもの、さらに直近で入ってきた情報を含めて、伝える事とする』
オールディスは時間を使い、事件を10年前から丁寧に説明していった……
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