2 3月7日火曜日

 決行日が3月7日に決まり、兄弟たちは計画の準備を進めていた。

 ひと月を切った頃——

『おい、甲冑像を動かしてどうした。ファビオ、ステファノ』

『ファビオ兄さんが威嚇させたいんだってさ』

『デル・コッサの甲冑は階段のそばにあったんだ。ちょうどこの位置さ。オーガスタスに3年前のことを思い出させてやる!』

 弟たちはゴトゴトと重い甲冑を動かし、個室の外へ運びだした。階段を上がってすぐの廊下にズシッ……と立たせた。


『ったく、お客様の出入りにジャマなんだが……』

『それくらい許してやれ。ジャン』

 お人好しのピエトロがたしなめた。

 おかげでウエイターのジャンは、『床が傷んだので一時的に移動している』と毎回言い訳する羽目になってしまった。

 多くの客がそれで納得するなか、唯一『デル・コッサ』のオーナーシェフだけは、甲冑の立ち位置にただならぬものを感じていたが——兎老人は黙って耳を伏せ、納得したふりをした。


 クレイト商人は2月の最終週に、大きな幌馬車に乗って、静かに州街道からやってきた。

 彼らは黙って商人証と手土産の香辛料、そして睡眠薬を渡し、粛々と設営準備を進めた。

『これが遅効性の睡眠薬か……少々苦味を感じるな』

『チェリーワインに混ぜよう。甘みと酸味が強いから誤魔化せる』

『おいおい、あいつらの香辛料ったらすごい匂いだな。市場にも苦情がいっぱい来てるぞ』

『仕方ないだろう。香辛料ってのはほんの少し使うだけで最大限の効果が出るんだ。この星の実なんて、たった一粒で大鍋の味をガラッと変える』

『こりゃ美味いスープだ。当日はこれを出そう』

 こうして当日出す料理も決まり、計画はいよいよ大詰めとなった。



 いよいよ決行日の3月7日火曜日ひようび、現在時刻は昼の4時。

 スタッフは休憩に出払っている。

 ふだんは市場の事務所にいるマルコ、ファビオ、ステファノも、この日ばかりはレストランに集まっていた。

 末弟エミリオは車椅子のまま深々と礼をし、感謝の言葉を兄たちに告げた。

『今までありがとう。今日はよろしくね、兄さんたち』

『任せろエミリオ。お前の仇は取ってやる』

『俺たちの勇姿を見ててくれよな!』

『そうだぞ、今生の別れみたいに言うな』

『これからもずっと一緒だ!』

『……嬉しいよ、さすが僕の自慢の兄さんたちだ!』

 兄たちを感動で号泣させたエミリオと、終始無言のクレイト商人の計4名は、食器昇降機を使い、ゴトゴトと屋根裏部屋に上がっていった。


 ——さて、いよいよ正念場だ。

 市場組はいったん帰宅した。スタッフが休憩から戻ってくる。

 何事もなかったかのように、レストラン『ボティッチェリ』は夕方6時に開店した。

 客が次々と入るいつもの夜。すべて1階ホールへお通しした。

 町長との宴会は夜9時からだ。現在時刻は夜7時——


『……まずいぞ、ピエトロ。鍛冶屋トールの一家が来た』

『2階にお通ししろ、ジャン。品数は問題ない』

『しかし……』

『焦るな、子連れだ。酒が無きゃすぐに帰るさ』

 ジャンは鍛冶屋一家をにこやかに出迎え、2階個室へと案内した。ピエトロの目論見どおり、お子さまたちは速やかに食事をし終え、宴会の30分以上前に帰っていった。



 時刻は午後8時50分。マルコ、ファビオ、ステファノが、本日初めて訪れたかのように来店し、2階個室に入っていった。

 それを見計らい、クレイト商人たちが、スタッフにも他の客にも知られる事なく、食器昇降機により屋根裏部屋から2階個室へ降りたった。

 商人たちは荷物を取りだし、テーブルに持参した酒、料理、香辛料をささっと並べた。


『やあやあ、コスタンティーノの坊ちゃんたち、市場はますます御快調で! オーッ、あなた方はもしや、今週特別市を出したクレイトの方々ですかッ、いやはやウチの町を開拓してくださってありがたいッ! どうぞ今後ともサウザスをご贔屓に‼︎』


 午後9時02分。何も知らないオーガスタス町長が、市場動向会議という名の宴会をしにやってきた。警護官2人が後ろに控えている。

 2階個室のドアは固く閉じられ、分厚い壁は誰がどんな話をしているのか、一言も外へ漏らさない。

 唯一屋根裏にいるエミリオだけが、真っ暗な部屋のなかで通風孔から、宴会の様子を目撃していた……。



「——当日の宴会中はどんな会話を?」

「いろいろな事を話し合った。町の経済、市場の未来、珍しい香辛料の話……そしてエミリオの事だ」

 ここまでずっと説明し続けたマルコは、右手の葉巻をようやく吸った。

「エミリオの件は何と?」

「フン、3年前と何一つ変わらない。口だけの気遣いと謝罪だけさ」

「聞かない方がマシだ」

「そうだそうだ、口を縫っちまえばいいんだ!」

 兄弟たちが勝手気ままに喋るなか、ブーリン警部はとある物体を取りだした。


「諸君——先ほどの爆破事件により、事件当初から行方不明だったオーガスタスの尻尾の一部が発見された」

「おい、何だそれは。黒コゲだぞ」

「おぞましい、呪われた人形のようだ」

「早く溶鉱炉に捨ててしまえ!」

 すっかり兄弟のノリに慣れてしまった警部は、冷静に質問した。

「これは君たちが、宴会時に切断したものではないのかね?」

「…………」

「…………」

 するとどうだろう。一気に黙りこくる兄弟に、警察陣はにわかに顔色を変えた。


「——やはり君たちがやったのか?」

「違う……僕たちは……兄弟全員、2階の個室にいない時間帯があったんだ」

「別に計画した事じゃない。オーガスタスの奴が、市場経理について資料を持ってくるよう急に頼んだのさ」

「おいらもちょうど香辛料理で腹を壊してて、トイレに立て籠もってた」

「僕はワインのお代わりで出たところを、馴染みの爺さんに捕まったんだ。話の長い人でなかなか返してくれなくてね。……離席は15分くらいかな」

「宴会の後半に、私マルコは市場事務所へ資料を取りに出かけていた。同じ時にファビオは便所、ステファノも階下へ……当然ピエトロとジャンは1階で働いていた」

「待て待て。つまり、町長と警護官、そしてクレイト商人だけの時間があったのか……⁉︎」

「そうだ」

 コスタンティーノ兄弟は5人全員、同じ角度で頷いた。

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