第21章【Brother】ブラザー

1 決行日まであと2ヶ月

【Brother】ブラザー


[意味]

・兄または弟。兄弟。

・仲間、同胞、同志。


[補足]

兄弟で立ちあげた会社には、「Lehman Brothersリーマン・ブラザーズ」や「Warner Bros.ワーナーブラザーズ」のように Brothers とつく社名が数多くある。日本では兄弟商会と名付けられることが多い。明治期の紙巻きタバコ製造で有名な「村井兄弟商会」、ミシン業で有名な「安井ミシン兄弟商会」などがある。村井兄弟商会は1904年に国の煙草専売法により解体してしまったが、安井ミシン兄弟商会は、現在ではミシンのほかプリンター事業でも有名な「brother」である。





「大変なことが起きたようだな」

「駅が爆発したなんて恐ろしい」

「駅長? 知らんよ、私たちの関与するところではない」

「尻尾を吊り下げた犯人は駅長だったのか、なるほどな!」

「——いいから事件当日、何があったか白状しろ! お前たち兄弟にこれ以上構ってる暇はない‼︎」

 サウザス警察署の一室で、次から次へ起こる問題に警官たちはやつれながら机を叩いた。州警察はコリン駅長の起こした爆破事件に追われ、コスタンティーノ兄弟のお守りはサウザス警察が引き継いでいた。


 兄弟たちはのらりくらりと詳細をはぐらかしていたが——夕飯を平らげた後、スプーンを置いたマルコが告げた。

「そろそろ潮時だ……すべて話すことにしよう」

「マルコ兄さん」

「よせ、ここで黙っとけば全部コリン駅長のせいにできるぞ」

「そうだそうだ、すべてユビキタスとコリンが悪いんだ」

「ダメだ、これ以上サウザスが犠牲になるのは見てられない。次に市場が爆破されたらどうする」

 さすがの利己主義な兄弟たちも、『市場』という言葉には黙るしかなかった。

「一から説明しよう」

 長男マルコはワイン代わりの赤ブドウ水を持ってこさせ、葉巻を片手に、何があったか語り始めた——。




『一から説明しよう』

 末弟エミリオはワインを机に起き、指をポキポキと鳴らし、静かに語り始めた。

『依頼者であるクレイト商人が、香辛料を売りにやって来る。彼らのために特別市を開いて欲しい。最終日の夜、町長をこの店に呼び出して彼らと面会させる』

『特別市と面会のセッティングか……まあ良いだろう』

『ここで肝心なのは、 “香辛料売りが来てることを、誰にも知られず” 面会して欲しいんだ。町長には当日のサプライズだとでも言い訳して』

『——客やスタッフにもか⁉︎』

 三男ジャンが思わず机を叩いた。


『ああ、表向きは兄さんと町長だけの宴会だ。市場について話し合うだけでいい。僕はいない方がいいだろう、屋根裏から見ているよ』

 エミリオは車椅子の背もたれをギィと揺らした。

『……難しいが、食器昇降機を使えば何とかなるか……接客は俺がすべて担当しよう』

『じゃあ商人たちの出入りはどうする……ランチの後に荷物に紛れて入ってもらうか』

 三男ジャンと次男ピエトロが、ヒソヒソと迅速に計画を練っていた。

『当日の面会は誰が赴く? 俺だけで行こうか』

『マルコ兄さん、ダメだよ。僕たち全員いった方がいい。ワイワイいたら数人増えても怪しまれない』

『おい、エミリオ。町長側に側近が付いてきたらどうする?』

 長男マルコ、四男ファビオ、五男ステファノもそれぞれ意見を言い合う。


『あらかじめ、他の側近はついて来ないよう手配してほしい。町長と警護官だけで頼むよ。警護官の料理はなくてもいい』

『その警護官とやらは大丈夫なのか?……お前の依頼人らしいが』

 兄たちは、それがエミリオの学生時代からの親友レイノルドだと、口には出さずとも察していた。ただ町長の警護官は常に2名ついている。もう1人はどうなのか……。

『それも大丈夫。この殺害計画を持ちかけたのは町長の警護官であるレイノルド、そして彼の相棒のバンディックだ』

『おいおいバンディックもか! ふたりとも町長をヤルために警護官になったのか?』

 エミリオはにこやかに微笑み、浮かれた四男ファビオの問いには答えなかった。



『そう……計画はこうだ。

 特別市の最終日、兄さんたちが2階個室で町長および警護官と面会する。

 そこにはクレイト商人がいる。

 クレイト商人がいることはその場の者以外、誰も知らない。

 彼らは持参した酒や香辛料理を町長に振るまう。

 中には遅効性の睡眠薬が含まれている。

 町長が帰宅する頃、体に回ってくる……

 そして町長が家のベッドで眠りにつく前に、

 人目のつかない場所で警護官2人が、ヤツの体を商人の荷馬車へ引きわたす。

 暴漢にでも襲われたと見せかけてね』



『なるほど』

 長男マルコが頷いた。他の兄弟たちも静かに同意する。

『計画の日程はこちらで調整して良いそうだ、ただ今年の初旬にして欲しいと』

『初旬か……ちょうど3月1日から1週間空いているがどうだろう。3月7日の夜に町長へ会食を打診しよう』

『2月の中盤も空いてるだろう、ステファノ。早めにしたらどうだ』

『忘れたのか、ファビオ兄さん。3月7日はエミリオが怪我を負った日だ。——だからこの日に決行すべきだ』

 五男ステファノが眼鏡をクイと持ち上げた。

『3月ならいい季節だ。ボティッチェリとしても準備がいる』

『その睡眠薬とやらを渡してくれ。町長が香辛料理を拒否したらこっちで入れよう』

 次男ピエトロが覚悟してそう言った。

『……頼もしいな、さすが僕の自慢の兄さん達だ』

 六男エミリオはとびきりの笑顔ではにかみ、兄たちの心を和ませた。



「——それで、やったのか⁉︎」

 コスタンティーノ兄弟の告白に、爆破事件から急行したブーリン警部が顎髭を震わせた。

「“やった” の意味はわからんが……こちらの任務は遂行した。3月1日から7日までクレイト商人による特別市を開き、最終日の夜に町長を呼び出し、彼らは町長に持参の酒と料理を振るまった」

「その商人とやらの身元は⁉︎」

「クレイト商人は全部で3名。名前を聞くのも出会ったのも初めてだった。香辛料に関する品と知識は確かで、本職だと思う。クレイト出身かは怪しいが……商人証と身分証は事務所の帳簿に控えがある。州が発行した正式な証明書だが、偽造されてるかは分からない」

「だれか直ちに帳簿を持ってきてくれ!」


「奴らは警護官レイノルドの知人だとの触れこみだったが——今思えばユビキタス校長の知り合いかもしれないな」

 四男ファビオはうんうん顔を動かし、一人勝手に納得していた。

「それで、その商人とは計画についてどんなやり取りしたんだ? 警護官とは?」

「いいや、ビジネスの話しかしていない。警護官とも一切ない。計画はすべてエミリオを介して行われた。我々は彼らに “出会いの場” を提供しただけだ」

「——ではなぜ町長は公園の地下にいた⁉︎」

「知らん。途中で計画が狂ったんだろう。犯人に聞いてくれ」

「我々はあの夜、町長たちが酔っぱらって帰るのを見送った……それ以降のことは知らない」

 長男マルコは冷静に葉巻を吹かし、三男ジャンが不貞腐れながら吐き捨てた。



 最初の取り調べでは、2階個室にいたのは町長オーガスタス、警護官レイノルド、ダンディック、市場責任者マルコ、ステファノ、ファビオ。ウエイターのジャンと、シェフのピエトロが出入りしたとの事だった。

 ……しかし実際には屋根裏部屋にエミリオが、そしてクレイト商人たちも個室の中にいた。州警官が調書へ念入りに書き留める。


「犯人はあの香辛料売りだったのか……あんな目立つ格好した連中、一体どうやって出入りさせたんだ。匂いもぷんぷんするだろう」

 対応に追われる州警官の隣で、サウザス警官が呑気そうに兄弟たちへ話しかけた。

「当然あの衣服は脱がせたさ、市場の事務所でね」

「レストランには、卸売りに化けて出入りした」

「匂いはそういえばしなかったな。仕事柄、消臭にも詳しいのだろう」

「それでよくバレずに——そうだ、甲冑像は結局なんだったのかね? 不自然な位置にあったそうだが」

 ブーリン警部は大汗をかきつつ、分厚い調書をベラベラめくった。

「ああ、甲冑か……あれはファビオの案だ」

 マルコが四男の方を向く。ファビオは房付きの干しぶどうをムシャムシャ食べながら片手を上げた。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16817139554680524207

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