4 この一連の事件、犯人はあなたよね
3月11日
ちょうどショーンがフランシスの部屋で熱弁を振っていた頃、サウザスでは乾いた風が吹き、赤い大地を揺らしていた。
今日は年に一度の防災訓練の日だ。町の南で、サウザス駅員や郵便局員らが、消防団とともに町の人々へ防災の指導をしている。
もっとも参加する人は非常に少なく……というかほとんどおらず——もっぱらの関心はイベント終わりのスープパーティーだった。駅前の広場で3種のスープが振る舞われ、多くの人々が集まっていた。
そんな町の喧騒を遠巻きに微笑みながら、駅に向かって歩く老夫婦が1組いた。
「お久しぶりです、コリン駅長。どこか遠くへお出かけですか?」
森栗鼠族の老夫婦——コリン・ウォーターハウスとマリア夫人が、大きな尻尾を揺らして振り返った。
「ああ、モイラ君か。お忙しい新聞室長さんがこんな外でどうしたんだい」
そこにはロングコートを着た、土栗鼠族の新聞室長、モイラ・ロングコートが立っていた。
コリンはいつもの駅帽ではなく、高級そうな中折れ帽を軽く持ちあげて挨拶した。マリア夫人も微笑みながら会釈を返す。
「私のことはお気になさらず。駅に向かってどちらへお出かけで?」
モイラはめかしこんだ彼らに聞いた。コリン駅長は黒い厚手のシックな外套。夫人はリボンが付いた、黒と白のストライプ地のクリノリン・ドレスに身を包んでいる。
「いやそれがね。最近のサウザスは物騒だからね、駅長を辞めて早めに去ることにしたんだよ」
コリンはご自慢の鉄製ステッキを、カツンと鳴らして肩をすくめた。持ち手は漆器でできており、ダイヤモンド型で細かな装飾が施されている。
「あら、引っ越しされたんですか? まだ任期が残っていたはずでは」
「家は今朝引き払ったんだ。駅長補佐のモーリス君に後は任せる事にした。キミのとこのジョゼフ君にはさんざん世話になったのに、直接挨拶できず申し訳ない。ぜひ、キミから伝えてくれると助かる」
コリンと夫人は駅へ身体を向きなおし、その場から去ろうとした。
「少々お待ちを、あなたに取材したいことがあるんです」
「すまないが失礼するよ、もうすぐ列車の時間でね——」
「——待ちなさいッ!」
モイラが吠えた。茶ベージュ色のロングコートの裾が翻る。
緋色のハイヒールがガツンと赤土にめりこみ、凄まじい形相でコリンを睨んでいた。
「この一連の事件、犯人はあなたよね、コリン駅長」
彼らの間には強い風が吹いていた。
中央通りを仕事で道ゆく人々や、駅前でスープを待つ大人たちは、まだ彼らの動向に気づかなかった。唯一、駅にたむろす花売りの子らだけが、ただならぬ雰囲気を察してこちらを向いた。
「……何のことかね。犯人はユビキタス校長だと報道したのは、キミたち新聞社じゃないか。ああそう、昨日コスタンティーノ家の子も捕まったか……その2人だろう」
「いいえ。現行犯のエミリオと違い、あくまで容疑だけです。ユビキタスの方はね」
「そんな御託はいい。なぜ私がオーガスタス君の尻尾を切らなきゃならないんだ」
コリンはふぅーとため息をついた。もさもさの前髪が軽くそよいだが……まだ彼の瞳は髪の奥に隠されている。
「まず——この事件は10年前から始まっています。紅葉さんが駅で吊るされて発見された事件。あなたが第一発見者よ」
「馬鹿ばかしい。なぜ救出した側が疑われなければならないんだ」
「あなたが運転手なら、誰が吊るされていようが、いつブレーキをかけようが、思いのままでしょうね」
「機関車の運転はそんな簡単じゃない、ギャリバーとは違うんだ。いい加減にしたまえ」
プォーと汽笛が鳴った。列車がちょうど駅へ入ってくる……クレイトではなくトレモロ行きの列車だ。ホームに停車してから約10分後に出発する。
(やはり州外へ……)
そう察したモイラはコリンに動揺を悟られぬよう、顔を崩さず話を続けた。
「……そうね、残念ながら10年前の証拠はないわ、あなたは無関係かもしれない。でも今回の事件についての証拠はある」
「……ほう?」
コリンは腕を組みつつ顎髭を撫でた。マリア夫人はバッグから扇を出して口元を押さえている。
彼ら3人を、花売りの孤児たちがジッと見ているのを、スープ列に並ぶ子供らが徐々に気づき始めた。
「あなたは、今週から始まった町長事件の、第一発見者を覚えているかしら?」
「さあて、忘れてしまったよ。引っ越しでバタバタしていてね」
「この事件の第一発見者——花売りの女の子よ」
モイラは町長事件があった、3月8日の昼の号外をショルダーバッグから取り出した。
「物乞いの花売りなど何処にでもいるさ。特に駅にはね。その子が何か?」
「花売りたちがどこで花を仕入れているか、あなたご存知かしら」
「いいや。市場の花屋か、卸売りだろう」
「普通はね、でもあの子は違った。市場以外にも西区のお屋敷から、時々お花を “卸して” いたの。高く売れるそうよ」
今まで微動だにしなかったコリンの頬に、ついにピキッと青筋が入った。
「ほう……そんなオイタをしているとは……だが私の庭で起きたことはない。毎日手入れをしてるんだ、盗人などすぐに分かる」
「ええ、彼女は賢い。いつもバレにくい庭を狙っていた。例えば、客に出す花を育てているレストラン、子沢山の家、旅行中の家……そして引っ越しで慌ただしい家とかね」
「……ふん、レストランか……『デルコッサ』の老いぼれめ」
コリン駅長の屋敷は西区の南側、サウザス駅からほど近いレストラン『デルコッサ』の裏手に位置する。
「調べによると、あなたは9日から引っ越しを始めていたそうね。そう……町長事件の翌日から。業者を呼んで工事の音が駅まで聞こえていた。あの子も聞いていたのよ」
「だからどうした。その子は町長の死体でも見たというのかね。私の屋敷の庭かな、それとも倉庫かな?」
「いいえ——見つけたのはこれよ」
白い手袋を着けたモイラが、自分のショルダー鞄から包みを取り出した。
その中身は13 cmほどの金色の延べ棒——ではなく、
かつては金色だったであろう、黒ずんだ町長の尻尾の先端だった。
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