5 なぜあなたがそれを知っているの?
「これは9日の夜、彼女があなたの庭からお花とともに失敬した “お宝” よ」
「……それは」
「彼女はいずれ気をみて高く売ろうとしていた。でもやがて黒ずんで臭くなって……お宝ではないと判断した——私に売ってくれたわ、30ドミーでね」
「…………」
「さて、なぜこれがあなたのお屋敷の、ヒヤシンスの植え込みに落ちていたのかしら?」
モイラは彼の前に黒ずみをブランとぶら下げる。
「……知らん」
トレモロ行きの列車が汽笛を鳴らした、出発の合図だ。
「鱗の奥に入りこんでいたという黒土……あなたの家の黒土よね」
「はっ、町長の尻尾の鱗か? 断じて違う、土の成分を比べてしっかり調べたまえ。ウチの庭は特別な配合を使ってるんだ」
「——何ですって?」
蒸気機関車は轟音を立て、モイラとコリンに煙を吹きかけ、東の町トレモロに去っていった。
「町長の尻尾って言ったのかしら」
「町長の尻尾のちぎれた先端だろう、見当たらなかったらしいじゃないか」
「その情報は一度も表へ出ていないわ。警察に止められてね、新聞社と関係者しか知らない。なぜあなたがそれを知っているの?」
モイラがもう一度ハイヒールをカツンと鳴らした。
ここでようやく周囲の大人たちが気づき、遠巻きに噂し始めた。
モイラ室長と駅長夫妻は、雷電のようにピリピリとした空気を纏っている。
誰一人そばへ近づける雰囲気でなく……しかし大事な瞬間を見逃すまいと、みな息を潜めて離れた所からうかがっていた。
「……君がそれを町長の尻尾だと言っただろう」
「いいえ、私はこれを『お宝』としかいってない。どうしてこれが町長の尻尾の先端だと分かったの?」
「そんなの見れば分かる……」
「あなた、黒土のことも知っていたわね。どちらも警察が伏せていた情報なのに——一体どこで知ったのかしら」
「……人づてに聞いたんだ」
「いったい誰から⁉︎ 誰から聞いたか言いなさい!」
モイラは強く声を荒らげた。
激昂する彼女に怯むかと思いきや……
コリン駅長はやれやれと苦笑し腰に手をあて始めた。マリア夫人はますます強く扇を持ち、旅行カバンをしかと握り、亭主の隣についている。
「フッ、吼えるのはやめなさい」
なぜ彼はこんなに余裕があるのだろう。モイラの額に汗が流れた。
なにか強力なアリバイでもあるのか。
それともやはり事件と無関係なのか? いや……まさか。
「いいかね、私がどこで尻尾の情報を知ろうが、尻尾の切れっ端が自宅の庭に落ちていようが、事件の証拠とはとても言えない。——おおそうだ、尻尾の情報は駅の雑踏でふと聞こえたものだし、切れっ端は勝手に庭に投げこまれた物に違いない。ハハッ、これで犯人扱いとは心外だねえ。名誉毀損だよ、モイラ君」
饒舌に言い訳を重ねるコリンの、不遜げな態度は変わらなかった。
……まずい。彼を追い詰めているはずなのに、かえって崖っぷちに追いやられている。これが老獪の遣り口というものか。
モイラは意志を強く持ち、伝説の新聞記者ジーンの形見であるコートの襟を持った。
「……そうかもね。この事件、警察の見立てでは単独犯ではない。あなたが直接、彼を切断したとは限らない」
「だから言ったろう。単独だろうが複数だろうが、私は犯人ではないのだよ」
「でも状況は限りなく黒い。警察が今後あなたの身辺を詳しく捜査する」
「はん、結局警察任せかね。名探偵ばりに乗り込むときは、もっと確たる証拠を突きつけたまえ。新聞室長くん?」
「私は
モイラに今現在できる事……
それは完璧な真相を突きつける事ではなく、
州外へ逃げようとするコリンの足止めし、
そして遠巻きに見ている大衆を、少しでも味方につける事だった。
「——ほほう、確かな証拠とは?」
コリンは彼女の術中にはまり、この場にとどまってくれた。
モイラはさらに顎をあげて彼に告げる。
「忘れたの? 我らが愛すべき町長、オーガスタス・リッチモンドよ。
彼が目を覚まして証言すれば、すべての謎が明らかになる」
モイラが自信ありげにコリンに告げた。
まるで【森と知の神様 ミフォ・エスタ】が背後について、ご加護を下さるようだった。
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