3 湖と石畳と三日月の都 クレイト

 ゴトンゴトン、一定のテンポで重低音が鳴る。

 ゆりかごに揺られて森の枝から枝へ飛び移る夢を見ていた。

「ハッ——!」

 ショーンは涎を垂らしながら目を覚ました。

 たっぷりとニスが塗られた木製天井に、ほど良い硬さのカーペット地の赤座席……レモングリーン色のカーテンの外には太陽が燦々と照りつけ、大地が次々と横切っていく。

「ここ……は……州鉄道?」

 いつの間にコンベイを出たのだろう。州鉄道の列車に乗っていた。

 狭いコンパートメントの中には全部で4名いる。ショーンの隣に座る、モフモフの尻尾を持つ森栗鼠族の男が声をかけてきた。

「初めましてターナーさん。私はラルク・ランナー。州警察の刑事だ」

 彼はショーンに耳打ちするように喋りかけ、ラヴァ州警察の手帳をチラリと見せた。

「あ、ど……どうも」

 ラルク刑事は、灰色のシャツにトレンチコートと警官らしからぬ服を着込んでいたが、前髪に隠れた眼光は鋭く、独特の雰囲気を持っていた。



「フン! なぜワタシが同行せねばならんのだ!」

 はす向かいには、コンベイのアルバにて治癒師トーマス・ペイルマン。

 そして彼の隣には……

「——紅葉!」

 紅葉がコクンと頷いた。見慣れぬマフラーに首を埋め、顔を半分隠している。ショーンは無事か聞こうとしたが、紅葉はすぐに瞳を閉じてしまった。

「たった今ノアを過ぎたところだ、クレイトに向かっている」

 警官ラルクが懐中時計を見せながら伝えたが、ショーンは碌に聞いてなかった。目を伏せた紅葉が別人に見えるのが気になってしょうがなかった。いつもと違う服装……濃赤のセーターにチェックのスカートに革ジャケット、耳つき帽子。

 よく見ると自分の服もいつもと違う服装だった。紺のジャケット、オリーブグリーンのストライプシャツに、茶色のチノパンツ……おまけにポンポンがついたニット帽までかぶっている。



 ボーォーッ! 蒸気機関車がトンネルに入る合図の汽笛を鳴らした。

「列車は昼1時過ぎにクレイトに着く。まずは州警察と市警へ報告、そしてアルバ統括長に謁見を……具合が悪いのか?」

 ショーンは強烈な違和感をなんとか抑えながら、狭い列車内の座席に揺られていた。





 クレイト地区クレイト市。

 ラヴァ州都であるこの都市は「湖と石畳と三日月の都」として知られる。

 一番有名なのは何といっても南にある湖だろう。円形のクレーターでできた盆地の内部には、真円の形をした青い色の満月湖、そして湖を囲むように三日月の街ができている。湖はウィスコス川と繋がっており、街の北側に州街道と州鉄道の駅がある。


 街には全面的に石畳が敷かれ、職人と清掃人の手によっていつでもピカピカに磨かれている。中でも、北にある鉄道駅からクレイト中央に向かって直線に伸びる太い3本道は、「クレイトの白銀三路」として有名だ。とりわけ美しい大理石だけを集めて作られた道は、日光でキラキラと銀色に光り輝き、立派な白馬の馬車が往来している。白銀三路には多くの行政機関や会社の本部が置かれており、その間を宝石で埋めるようにレストランや服屋など高級店のショーウィンドウが並んでいる。


 白銀三路の終点には、ラヴァ州政府——州議会堂が燦然と輝いている。中央の立方体をした議会堂を中心に、裏には何本も高い四角塔がそびえ立っており、建物の至るところに色鮮やかなステンドグラス窓が埋めこまれている。その煌めきは3km離れた駅からも視認できるくらい立派なものだ。


 駅で降りた観光客はまず、白銀三路の真ん中である歩道を通り、州議会堂へ向かって歩いていく。中央歩道にはベンチや庭木が置かれ、露天商はもちろん、大道芸人なども集まり常にごった返している。クレイトは観光地としても有名で、帝都からの客も多い。観光客は日中、白銀三路で買い物したあと、満月湖に沿うように建てられた高級ホテルに宿泊する。ラヴァ州の商人や職人たちは白銀三路に店を出すことを夢見て、常に経験や技術を磨いているのだ。 


 唯一クレイトの欠点といえば、盆地にできた街なので面積がそこまで広くはない事だ。そのため三日月街以外にも周辺町があり、工業や農業が営まれている。名義上はすべてクレイト市なのだが、ありがちなことに対立意識が両者の間には存在し、三日月街の住民は「お外の人たち、辺境街」など蔑称で呼んでおり、周辺住民は彼らに対し「ウィスコス川が氾濫して埋まってしまえ」と常に敵愾心を抱いている。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816927862258587931

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