2 殺害計画は年越しと共に
『オーガスタスを始末したい……人がいるんだ』
エミリオはそう兄弟に告げ、掌の中のワインを転がした。
『始末だと⁉︎』
『さすがに殺しちゃまずいだろ、でも町長を辞めさせるぐらいはしないとな!』
『その通りだ、放っておけば新たな犠牲者が出るかもしれない』
『始末したい人って誰なんだ、エミリオ』
「——警部、不審な手紙が見つかりました!」
屋根裏と個室を通じる通風孔が開き、刑事が告げた。
辞書をくりぬいて作られた、秘密の箱の中には、20束ほど手紙が入っていた。一番古い日付が3年前、エミリオが怪我をした直後のものだ。差出人の住所と名前はバラバラで、多くは東区の貧民街から出されていた。
「アダム・スミス、ジム・ハリス……字も書けない貧民街の爺さんたちだ、こんな手紙だせませんよ、警部殿」
名前は恐らく勝手に使われただけですね、とサウザス警官が指摘した。
「なるほど、中身のほうはどうだね」
「はい、ユビキタスが使っていた暗号だと思われます」
簡単な時節の挨拶の後は、すべて数列と記号による暗号で書かれていた。
手紙には濃い目の青インクと、鮮やかな青インクの2種類あり、筆跡から2人の人物によって書かれたものと判断された。
「やれやれまた暗号か……片方はユビキタスに違いないが、誰か分かるものは?」
濃い目のインクは先日の【星の魔術大綱】で嫌になるほど見知った文字だ。
警部は鮮やかな方のインクの手紙を、5兄弟に見せた。
「知らん、こんなの見たことないぞ」
「ロナルドかな、子供の頃あいつと仲が良かったじゃないか」
「いや、ロナルドの字はもっと汚いぞ」
「サウザスの医者はみんな字が汚いんだ。寄生虫がのたくったような形をしている」
「レイノルドじゃないか、警護官の」
五男のステファノがそっと答えた。
「クレイトの高等学校で親交があったそうだ。あの日も、ヤツの手引きがあって決行できた」
店の外では、盛大な年越しの太鼓の音が鳴っている。皇暦4570年が始まった。
だが分厚い防音処置のおかげで、『ボティッチェリ』の2階にいる兄弟たちには聞こえなかった。
車椅子に座るエミリオは、赤ワインを傾けて話を続けた。
『オーガスタスに恨みを持っているそうだ。名前は明かせないが——クレイトの香辛料商人としてサウザスに来る。怪しまれないように特別市で使って欲しい』
『香辛料売りか、特別市は構わないが……』
『真っ昼間から市場で犯罪はごめんだぞ!』
長兄マルコを始めとする四男ファビオ、五男ステファノの市場経営組が意を示した。
『大丈夫、市場に迷惑はかけないよ……最終日の夜、町長をこの店に呼び出して彼らと面会させる』
『まさか店を殺人現場にする気か? 勘弁してくれ』
今度は店のオーナーである、次男ピエトロと三男ジャンが抗議した。
『違う。宴会で酔っぱらわせた所に薬を盛り、寝入った町長をサウザスの外へ連れ出す——連れ出した先は我々は関知しない。何があってもだ』
宴の蝋燭の火はとうに消え、切り分けた魚は萎びて乾き始めていた。
『……ふむ、それなら』
『待て、町長は常に警護官がついてるんだぞ。奴らはどうする』
兄弟の顔つきが徐々に変わってきた。タバコの灰が床に落ちたが、誰も気がつかなかった。
『そこも問題ないさ。なぜならこの提案をしてきたのは当の警護官からだからね』
エミリオは酒杯を静かに飲み干し、テーブルに置いた。
『——何ィ、警護官だと?』
『まさか最初からこのために警護官になったのか⁉︎』
兄弟が一斉にざわついた。
エミリオは車椅子に両肘をつき、指を組んで厳かに告げた。
『一から説明しよう、兄さんたち』
計画がスープのように煮詰まっていく。
熱気と冷気に満ちた個室の中で、戦斧を携えた甲冑像が静かに兄弟たちを見守っていた。
絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816927862258558503
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