4 一家団欒の日

 酒場ラタ・タッタへ帰ると、入り口には多くの人が集まっていた。

「ただいま!」

 すでに営業開始の時間だったが、そんな雰囲気は微塵もなく、不安そうな従業員や太鼓隊、下宿人と近所の人で、人だかりができていた。

 紅葉の姿を見たマスターはものすごい勢いで彼女の方へ駆け寄った。

「無事か⁉︎」

「マスター、わ、わたしは平気!」

「ショーンは?」

「……まだ警察に協力してるって」

「そうか……」

 紅葉を掴んだマスターの腕が緩み、代わりに太鼓隊のオッズが話しかけてきた。

「おまいさん、調子はどうだ」

「オッズさん、大丈夫。ちゃんと弾けるよ」

「それが……今日は、太鼓隊の演奏をどうするか相談していたところだ」


 マスターが苦々しく床に目を落とした。新聞の号外を持ってる人がたくさんいる。

 女将さんも珍しく1階にいて、フロントの無線台の前に座っていた。

「さっき連絡が来てね、マームさんのとこ、心労で出て来れないって」

「……! そう……」

 マーム夫妻は、夫婦で太鼓隊に所属している。一人息子は元銀行員で、今は町長の側近として働いていると、いつも自慢げに話していた。

 太鼓隊は20人ほどメンバーがいるが、見ると、役場の電話交換主のレミリアや、町長の熱心なシンパのテリー、いつもサボりがちなルアンダ等々……半数近くが見当たらない。



「まあ、今日は地曜日ちようびだ。一家団欒、農家の日……」

 黒輪猿くろわなざる族のオッズが、入り口の集団から去っていき、広間の奥の長テーブルにドカッと座った。自らの小太鼓を取り出してトントン叩く。

「昔、家族で囲んだ暖炉の火を思い出そう……ロータス、サボテンビールを頼む」

 彼は、給仕のロータスに瓶ビールを頼み、そっと太鼓を奏ではじめた。


《パタタタ、タタラ、パ、タタタン………》


 サウザスでよく聴く子守唄だ。幼な子をあやすときの唄。

 時おりビールをあおりつつ、老人が叩く太鼓の音色は、酒場ラタ・タッタに優しく響く。

 太鼓隊や近所の人たちは、みな静かになって……思い思いに席に座り始めた。

 ある者は目を閉じて、子供の頃の記憶を呼び起こし、ある者はグラスをかき回しながら遠い物想いに深く耽る。

 給仕のロータスはサボテンビールの瓶をあちこち並べ、女将さんは酢ピクルスと黒パンを振るまい始めた。マスターはいつも通りシェイカーを握り、黙々とカクテルを作っている。

 紅葉は、その様子を眺めながら、ゆっくりとカウンターの丸椅子に腰を下ろし、テーブルに置かれていた新聞を手に取った。



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《朝刊》 皇暦4570年03月08日(地)07時15分発行


【サウザス町長 失踪か?】

 現55代サウザス町長、オーガスタス・リッチモンド(金鰐族、50歳)が、行方不明となっている。


 氏は03月08日(地曜日)深夜、役場1階の町長室にて姿を消したと見られる。

 前日03月07日(火曜日)の21時から、レストラン『ボティッチェリ』にて市場の理事と会合し、宴会を行った後、23時過ぎに役場へ立ち寄り、町長室へ入室。

 町長室のドア前に警護官2人が見張っていたが、翌01時頃、予定していた帰宅時刻を過ぎ、不審に思った警護官が入室。

 町長の姿が忽然と消えていた!

 役場職員らは付近の捜索をしたが見当たらず、03時07分サウザス警察へ通報。現在でも捜索は続いているが、町長の姿は見つかっていない。


 失踪当時、町長室の部屋の窓はすべて中から鍵がかかっており、「失踪ですって? 消失よ!」と町長の妻ダイアナ・リッチモンド(金鰐族、47歳)は、取り乱している。

 情報提供は、最寄りのサウザス警察へ……。


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 これは毎朝発行されてるいつもの新聞だ。一面記事にはあるものの、記事の面積も小さく、この時はまだ本格化してなかったと思われる。

 紅葉は新聞をたたみ、大きなタイトルの文字が躍る、号外の方を手に取った。


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《号外》 皇暦4570年03月08日(地)12時45分発行


【サウザス駅に 金鰐族の尾が!】

 本日早朝、サウザス駅にて、金鰐族の尾と見られる物体が発見された。


 03月08日(地曜日)06時30分頃、サウザス駅線路上にて、金鰐族の尾らしき物体が、吊るされている所を発見された。

 場所は、クレイト方面にある3つの鉄製装飾門のうち、駅舎から最も遠いアーチの尖頂部である。尻尾は麻のロープで縛られ、鉤爪状のフックで吊るされていた。

 発見後まもなく、06時35分着、トレモロ行き始発列車と衝突し、線路際に落下した。

 尻尾の主は、本日深夜より行方不明の、現55代サウザス町長、オーガスタス・リッチモンド(金鰐族、50歳)ではないかと見られている。

 サウザス警察はこれを受けてラヴァ州警察に協力を要請。本件は以後、ラヴァ州警察によって調査が開始される予定である。


 物体の第一発見者であり、衝突の様子を目撃した、花売りの少女(砂鼠族、9歳)はインタビューにこう答えている。


『大きな何かが、線路の上にぶら下がってるのが見えたの。白い朝モヤでよく見えなかったんだけど、近づいたら、大きなワニの尻尾だって分かったわ。

 びっくりして、駅員さんに伝えようとしたんだけど、無理だったの。足がすくんで動けなかったんだもの。それに見つけてすぐに汽笛が鳴って、列車がきちゃった。

 尻尾がぶつかって、ロープがちぎれて転がっていったわ。すごい音がしたのよ。こわかったわ』


(また、彼女はインタビューに応じる代わりに、『毎日駅で花を売っているから、宣伝してちょうだい』と記者に頼んできた。これを機に買いに行ってはいかがだろうか。今なら花1束3ドミーと、お値打ち価格で販売している)


 尚、この状況は今から10年前、皇暦4560年10月12日の早朝、少女M(民族不明、10歳前後と見られる)が、同様の状態で駅に吊るされた事件と酷似している。

 今回の事件と関連があるかは、引き続き調査中……。


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 紅葉は、自分の事件の記載を見て、ビクッと肩を震わせた。

 ──みんなも、この記事を見たんだろうか。

 恐る恐る、広間の方に視線を向けると……広間の奥で太鼓を奏でるオッズではなく、バーカウンターにいる紅葉に、顔を向けてる者が数人いた。

 紅葉がこちらを見たとたん、みな急いで目線をテーブルの皿へと落とした。

「…………っ!」

 グシャンと新聞を掴んでしまった。

 紅葉は、当時の事件のことを何も知らないし覚えていない。

 とはいえ、無関係だなんて口が裂けても言えない。


【同様の状態で、駅に吊るされた事件と酷似している。】


 この記事の言葉に、心臓の鼓動が早くなる。

 新聞の小さな活字が、かつて、こんなに大きく見えた事がない。

 今までに感じたことのない恐怖が、鳥肌となってブワッと全身を襲った。

(犯人はもしかして自分と── “過去” の自分と、関係している人かもしれない。ここでノンビリしている場合じゃない!)


「マスター、ちょっと新聞社へ行ってきます!」

 マスターの返事も待たずに、紅葉は酒場ラタ・タッタを飛び出した。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816700427048460269

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