5 トラウマとガーゴイル

「モイラ君、町長事件はどうなったかね?」

 サウザス出版社の社長ジョゼフが、丸眼鏡をクイっとさせて、社内の奥にいる新聞室長に状況を尋ねた。

 新聞室の室長モイラは、記事の原稿をチェックしながら冷徹に答えた。

「現在調査中です」

「明日の三面記事はどうする?」

「いらないでしょう。コリン駅長のお宅にヒヤシンスが咲いた記事なんて」

 シュッ、と静かに校正用の赤鉛筆の音が鳴る。


「んんん、だが町民に不安が広がっている。こんな時こそ、花でも愛でて……」

「要らないと言ったでしょう」

 冷たく室長にあしらわれ、社長は、額に滝のような汗をかいた。

 彼の名は、円梟えんふくろう族のジョゼフ・タイラー。

 これでも立派な、サウザス出版社の社長である。大きな丸眼鏡と赤いチョッキが特徴の、肌の白いずんぐりした中年男だ。夜行性なのに昼間むりに出勤してくるので、いつも眠そうな目をしている。


「んあ〜、あのヒヤシンスは見事だったんだがなあ」

「非常事態ですよ社長。全面、町長事件に決まってます」

 ピシャリという彼女は、新聞室長のモイラ・ロングコート。

 常にセピア色のトレンチコートを着込み、冷たい雰囲気をまとう土栗鼠つちりす族の女性である。非常に背が高く、胴長で、彼女が背伸びをするときはいつも、何かを目ざとく探してるように見えてしまう。

 この新聞室は、室長のモイラが支配しており、社長のジョゼフでも手が出せない。


「ううむ、そうだなあ。新情報が出なければインタビュー記事で埋めるのかい?」

「ええ、記者総動員で駆けずり回ってますから……まあ、ひとりを除いてですが」

「──勘弁してくれよ、室長!」

 うずたかく積まれた資料の山の奥から、突然、声が飛んできた。

「10分だけでも寝かしてくれ、2徹なんだ!」

 ソファに寝そべっている男が、自分のハンチング帽をフリフリ振って、モイラ室長に訴えている。

 彼は、新聞記者のアーサー・フェルジナンド。

 燃える様な赤髪とエメラルド色の目をした、森狐もりきつね族の新聞記者である。




 ここは、サウザス出版社。

 チョコレート色のレンガが積み上げられた4階建ての建物だ。北大通りと中央通りのちょうど交差点に位置しており、北大通り側の隣は本屋、中央通り側の隣に警察署がある。

 この出版社の最大の特徴は、道角の玄関口にある【ガーゴイル】だ。怖い顔をした2頭の怪物石像が、ドアの両側を守っている。

 この石像は曰くつきで、サウザス流のお仕置きといえば、ガーゴイルの前に悪ガキを立たせ説教をすることだ。町民の4人にひとりは、幼少期にこのお仕置きを喰らった経験を持っている。(当然ショーンも持っている)


 そんな住民のトラウマを持つサウザス出版社では、おもに新聞と生活雑誌を発行している。

 3、4階に資料室と会議室、1階は受付と雑誌の出版部、建物奥の別棟では輪転機が回っており、2階にある新聞室では、毎朝サウザス新聞を発行していた。

 建物内部は、衝立で仕切られたデスクが並び、どの机にも紙と資料が大量に積まれ、インクの匂いが立ち込めている。

 現在、出版社の要である2階の新聞室は、デスクの数に比べて明らかに人が少なく、がらんとしていた。



「──あなた、もう3時間も寝てるでしょ。アーサー」

 モイラが呆れて答えた相手は、帽子を頭に乗せて喋らない。

 新聞記者、アーサー・フェルジナンド。

 彼はいつも平気でフラリと数日いなくなり、地面を嗅ぐように事件を突き止め、スクープとして持ってくる。非常に有能な男だが、個人主義かつ秘密主義で、モイラも彼には手を焼いている。

 サウザスの田舎じゃ宝の持ち腐れだと、数年前から社長ジョゼフは、彼にクレイト市への出向を勧めている。だが、東区の貧民街に住む、寝たきりのばあちゃんが墓に入るまで、アーサーは意地でもこの町にいるらしい。


《ビー ビー ビー!》

 新聞室のトランシーバーが鳴った。1階の受付からだ。

 受話器を取る気はサラサラない不動の2名に代わって、社長ジョゼフが代わりに出た。

「はい、え、モミジ? 知らんなあ、どなた?

 ────じゅ、10年前の駅の子か!」

 その瞬間、空気がピンと冷たく張り詰めた。

 モイラは、社長のジョゼフをギリッと見つめ、

 アーサーは、顔に乗せたハンチング帽をゆっくり外し……天井を見つめた。

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