3 町長はどこにいる?

「10年前……の事件?」

 ベルナルドは怪訝な顔を浮かべ、ヴィクトルはグッと目を細ませた。

「はい。10年前にサウザス駅で、少女が生きたまま吊るされて発見されました。ちょうど同じ時間帯に……」

 ショーンが必死で説明するも、まだピンと来ていない監察医に、ヴィクトルが補足しようと口を開いた。

「……あぁ、何かと思えばあの事件か。そうだな、似たような状況だった」

 合点がいった蟻食族の尻尾が、モソッと無菌服の下で持ちあがった。洞穴熊族の病院長は、出かけた口を引っこめ、一歩下がった。


「——何かご存知ですか?」

「知らん。君のご両親が、警察すら入れずに、被害者を治療していたからな。人命救助の点では立派だったが……事件の究明は大きく遅れた」

「ええッ!……そんな」

 そういうこともあるのか。

「私からは、関連性は今のところ解らん。詳しいことは警察に聞きたまえ。当時の資料を調べた方が早い」

 ベルナルドが、舌をチロチロ舐めつつ出した答えに、ショーンはガックリと肩を落とした。

「……あの子が記憶を失っているのが誤算だったんだ。ショーン。犯人はおろか、本名すら思い出せないとは思わなかった」

 ヴィクトルが慰めの言葉をかけた。

(ああ、そうか……みんな紅葉の意識が戻れば、身元くらいは判明すると思ってたんだ)

 当時をうっすら思い出すと、確かにそのことで揉めてた記憶がある。



「そうか、10年前のあの事件は、犯人が見つかってなかったか。同一犯か、模倣犯か、それとも偶然か……まあ尻尾の主が見つかれば何か分かるだろう」

「オーガスタス・リッチモンド……彼はまだ生きていると思うか?」

 町長の大きなダミ笑いを思い出し、ヴィクトルとショーンは顔をしかめた。

 ベルナルドは自分の大きな鉤爪で、ひっくり返された尻尾の、金色の鱗をそっと触った。

「可能性はある。底部に残る強い抵抗の痕、彼は生きたまま切断されたようだ。出血状況から見ても “尻尾” のみ、切られた可能性が高い」

「……まだ彼は生きていると?」

「生存している可能性は十分にある。ワニの血液は強い抗菌作用もあるし、傷にはべらぼうに強い──むろん、犯人次第だが」

「ちょ、町長は、どこにいるんでしょうか⁉︎」

 たまらなくなってショーンが叫んだ。

 部外者の無知な質問が、虚しく部屋に木霊する。


「知らんよ。君が調べられないのかね? アルバなのだろう」

 監察医ベルナルドから逆に問われた。

 不意をつかれた若き帝国魔術師は、舌を握られたように押し黙り、グッと深く俯いた。

「…………ぼくは」

(町長の居場所を調べる……果たしてできるだろうか。なんの専門知識も経験もない、平穏な田舎町サウザスで、ひたすら町民のケガを治すだけの、この僕が…………)

 ショーンをよく知る病院長ヴィクトルは、ジッと床を見つめる彼を哀れみ、

「警察が帝国調査隊を呼んでいる。到着次第、彼が調べるはずだ」

 と、優しく庇ってくれた。



 その後、2人の医師は一瞥もくれず、検視作業に没頭した。

「犯人は尻尾の断面に、鉄の鉤針フックを食い込ませ、駅に吊し上げた……」

「このフックは、どこのものか判明してるのかね? 刑事くん」

「ええ。大型の肉や魚の吊るしに使われるフックです。市場ならどこにでもあります」

「フン、食用か、悪趣味な……」

 すでにショーンの意識は朦朧としていた。白いタイルで覆われた青白く光る検案室は、独特の消毒薬の匂いでクラクラする。周りにいる職員たちが、冷静にペンでカリカリ書きつける中、ショーンはぼんやり立って過ごした。


 小1時間後。

 検分を終えたオーガスタスの尻尾は、検案室奥の冷凍箱に保存された。

 監察医ベルナルドも、病院長ヴィクトルも、それぞれの持ち場へ帰ったが、ショーンはまだ取り調べがあるからと、警察署に取り残された。

「…………お腹すいた。」

 時刻は午後1時半。朝から何も口にしてなかったショーンは、警察署に用意してもらった味のないオートミールを、無我夢中でかき込んだ。





「起きて、さあ起きてください、警察の方が呼んでますよ!」

「——ハッ」

 あれから机に突っ伏した後、緊張と不安のまま眠りこんでしまった紅葉は、お昼をとうに過ぎた3時半に、灰ライラック色の給仕の子に起こされた。

 警官たちの待つ小部屋に通され、想定通り、10年前の事件について質問されたが……何も知らないと正直に伝えた。

 その後の形式的な質問ももちろん、大したことは答えられず……

 種々の手続きを経て、夕方の時刻に解放された。

「あの……ショーン・ターナーは、もう帰りましたか?」

「いえ。アルバ様にはまだ協力していただいております」

「いつ帰れます?」

「それは、お答えできません」

「そうですか……」

 紅葉は肩を落とし、ひとりで帰ることにした。


 現職の町長には、警察署の要人警護官が絶えずついている──それなのに姿を消した。

 こうなるとサウザス警察も怪しいため、この事件は、州から特別に警察隊が派遣されていた。先ほど紅葉に応対したのも、ラヴァ州警察の刑事だった。

 いつもは町民で溢れかえる役場の玄関ホールは、今日は施錠され、かわりに州警察が大勢うろつき、役場職員たちの聞き取り調査を行っていた。急遽こしらえた四角い布テント内に、一人ずつ呼び出されていく。

 サウザス警官の地味なメープル色と違って、ラヴァ州警察の制服は、上下とも濃い桃色のコーラルレッドだ。目立つしすぐに判別できる。

 役場の大理石のホールに溢れる、見慣れぬ鮮やかな桃色の大群に、紅葉は目がチカチカとして眩暈が起きそうになった。



「あれぇ、紅葉じゃない。まだいたのォ?」

 チョークをレンガに引っかけ擦ったような、軽薄な声が後ろから聞こえた。

 それは紅葉もよく知る人物──

「……マドカ、出勤してたんだ……」

 酒場ラタ・タッタに下宿している、灰耳梟はいみみづく族のマドカ・サイモンだった。

 役場の警備服を着こんだ彼女は、キョロッとした大きな瞳で紅葉を見て、首を90度に傾げた。深緑色のツナギの胸ボタンは、なぜか大きく開いている。

「聞いたわよぉ。今朝ショーンと一緒にしょっぴかれたって。何やったの、万引き?」

「んなわけないでしょ。町長の件でちょっと聞かれただけ。マドカは何か知ってる?」

「う〜ん。役場で消えたんなら、同僚は何か知ってるかもねー。私は非番だったから知らないけど」

 夜行性のマドカは、役場の夜警として働いている。彼女は夕方頃に出勤し、深夜は真面目に勤務して、帰りに安居酒屋で酒を引っかけ、翌朝、紅葉が起きだす時刻に下宿へ帰ってくる。(もしくはそのまま居酒屋で寝ている)

 ちなみに病院長のドラ息子、アントンとも同僚だ。


「ま、警備員はみぃんな、まだ拘束されてんじゃない?」

「そうなんだ、心配だね……」

「そお? ぜんぜん」

 夜行性の民族は、昼行性の民族よりも大概マイペースに生きている。マドカが首を傾げるたびに、ミミヅク特有の耳のような2本の羽角が、とぼけたようにフヨフヨそよいだ。

「……ねえ、マドカ。町長さんって、ほんとに役場でいなくなったの?」

「さあッねえ〜。私も新聞に出てる事しか知らないのよ」

「あ、新聞……っ」

「まだ見てないの? 号外とかも出てるから、ラタ・タッタに帰ったら読んだら……あーハイハイ。今いきまぁーす」

 ラヴァ州警官に追い立てられて、マドカは事情聴取へ行ってしまった。


 ……このサウザスで、とてつもなくヤバい事が起きている。

 紅葉は役場を出た後、せき立てられるように中央通りを走り、急いで酒場へ帰った。

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