3 太鼓隊を聴きながら

 ダンダンダン、ダンダッダッ。

 紅葉は体をリズムよく揺らし、舞台で太鼓を連打している。

「あー、これだよ、これ」

 ショーンはアスパラガスとインゲン豆のホワイトスープを掬いつつ、松黄茶をトポトポ注いだ。鮮やかな橙色をした杏柄のティーカップに、淡い薄黄色のお茶の色合いがよく映える。

「美味いわぁ〜」

「おい、そこの草食動物。肉いるか?」

 リュカの今日の食事は、クルミとサンシュユをまぶした肉ローストに、くたくたに茹でたキャベツと人参、ルオーヌ州の蜂蜜酒だ。彼は、太い腕に似つかわしくないほど、器用に銀のナイフとフォークを操り、ピンク色のロースト肉を、美しく薄切りしている。ショーンは片目を軽く閉じ、肉を引き気味に眺めて、こう答えた。

「ひと切れだけ」

 ショーンのアイデンティティたる「羊猿ようえん族」は、食については羊の特性が強い民族である。肉はほとんど食べないが、少しだけ口直しにいただくことはある。リュカは薄切り肉を、これまたナイフで丁寧に包んで三角に巻き、ティーソーサーの縁にそっと置いた。

「どうも」

 ショーンは、カップ全体にふわりと広がる松黄茶の花を、木のスプーンでくるくる回しつつ返事した。太鼓隊の演奏は次の曲へと向かっており、水の神に捧げる、しっとりした波のバラードに移り変わった。



「今日は妙に客が多いな。そうか……明日は鉱山休みか」

「明日は火曜日だからな。んー市場に買い物でも行くか」

 毎日アルバとして働くショーンと違い、鍛冶屋で働くリュカには、毎週休みが存在する。毎週火曜日は、火の神様に休んでいただくために、鉱山や鍛冶場は原則休みだ。

 鉱夫たちが集まる酒場の、銀曜夜は、どこかそぞろめいている。

「いま珍しい香辛料が入ってるんだ。クレイト市の商人が、大陸中から集めた新商品を持ってきたって」

「へぇー」

「今のうちにたくさん買っておこうかな。次いつ来るか分かんないし」

「いいんじゃないか」

「あと花山椒だろ、青山椒だろ。カルダモンにミロバランに、ナッツ類もいくつか欲しいな」

「何を作る気だよ」

「肉料理が作りたいなあ。そのまま食べてても、スープにしても美味しいような」

 リュカがピンクの頬を紅潮させ、瞳をキラキラさせて語った。

 彼は、料理が好きなのだ。

 幼少期には、野草をちぎって丸めた餅やトウガラシを練りこんだケーキを、せっせと作り、ショーンにむりやり食べさせていた。味はどれも刺激的で、たいへん ”テリブリィー” な味がした。ショーンがアルバの資格を得るため、帝都の魔術学校へと入学した際、彼の料理を口にしなくて済んで、心寂しく……非常にせいせいした。

 ショーンの不在期間中は、紅葉が犠牲になったようだ。



「そうだ。本屋もチェックしよう。こないだ卵レシピの本見たんだよ」

「料理本か?」

「うん、新聞広告で。卵料理だけで何百ページもあるんだ、凄いだろ。まだ発売されてないけど」

「へー」

「ちょっとだけ中身も載ってて、ベアルネーズソースってのがあるらしいな」

「なんだそれ、卵で作るのか」

「そうそう。卵とバターとワインにビネガー、それに少量のタラゴンとエシャロットとチャービルを混ぜて」

「………なに?」

 呪文のような具材を唱え、料理について熱く語りながら、リュカは、分厚いローストをすべて綺麗に切り終えていた。大きな塊だったロースト肉が、皿の上で、等間隔にスライスされて美しく並んでいる。

 上京して5年の間、ショーンは魔術学校でみっちり勉強し、無事にアルバの資格を得て戻ってきた。初々しいアルバ様を、帰郷そうそう待っていたのは、親友が手塩をこめたフルコースの晩餐だった。

『リュカ。これは……なんだ?』

『まあ食え食え。うまいぞ、まずはオードブルだ!』

 サーモンのゼリー寄せを勧められ、ブルブルと震える手で、口に運んだ。──すると、どうだろう。含んだ瞬間、まろやかで酸っぱく、爽やかな風味が舌に広がっていた。そのあと口にした料理はどれも美味しく、ラタ・タッタのレシピより優れていると感じた皿も、中にはあった。

 長年、勉強していたのは、ショーンだけじゃなかったのだ。

「……で、最後に塩胡椒で味を調える、と」

「まあ味はわからんけど、旨そうだな」

「だろ? 実際に作ってみたいな〜、香辛料が揃わないとな」

「市場で売ってるといいな」

「ああ」

 腕の立つ鍛冶職人が多く住むここサウザスで、最も名高いと評判の『鍛冶屋トール』の、現当主の息子リュカ。

 彼は現在、鍛冶より料理に夢中だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る