4 社畜な魔術師
──ダガ、ッダン!
「みんなー、引き続きお酒楽しんでいってね!」
演奏終了。
本日1回目の演奏を終えた紅葉が、足早にショーン達のテーブルにやってきた。彼女は太鼓隊の装いのまま、食事のお盆を手にしている。
黒の丸首シャツに、両肩にふわふわのファーがついた焦茶のチョッキ。紅色の牡丹唐草の模様が、ボタン周りと背中に編み込まれている。髪には、椿の花飾りを左右に咲かせ、ニコニコと友人たちの間に座った。
「お疲れリュカ、ショーン。わぁすごい、もう火傷治ってるんだ」
「僕のおかげだぞ。もっと敬え!」
次の公演まであと40分。毎晩こうして1回目の公演終わりに、彼らは共に夕飯を取っている。今日の紅葉の夕飯は、味噌焼きおにぎりと、茶碗いっぱいの蕪汁に、蓮の葉茶。質素に済ませるかと思いきや、リュカの皿から薄切り肉を、ヒョイヒョイ箸でくすねていた。
「はいはい、すごいすごい」
「あと昼間のお茶が濃かった!」
「えー煮出しすぎたかなあ。あ……砂時計を2回まわしちゃったかも」
「なんでだよっ」
サラサラとあしらう紅葉に、ますますショーンの機嫌が悪くなった。彼の長い猿の尻尾が、イライラして左右へ揺れる。
「いやぁ砂時計って上下同じ形じゃない? クルって回すと『あれ、どっちだっけ』ってなって。まーたクルって回しちゃうんだよねー」
「ならシールでも貼っとけ。『始』『終』って書いて。そうすれば間違えないだろ!」
「なるほど、それなら間違えないねっ。さすがアルバ様」
「アルバを気安く呼ぶなよっ!」
「——うるせえぞ、ショーン‼︎」
リュカが机を、バン! と叩いて一瞬、皿と椅子が浮き上がった。
怒鳴られたショーンは、『ぐぅ』と猿の尻尾の先を丸めて、口をつぐんだ。
「あぁもう……よくこんな側で、大声でキレられて平気だな、紅葉」
「まあ、怖くはないからね。ショーンだし」
「なっ……ちょっとは怖がれよ、アルバ様だぞ!」
「はいはいアルバ様、最近は特にイライラしてるよね。男の子の日?」
「違う!」
パシッ、とショーンも勢いよく机を叩いたものの、さすがに浮き上がりはしなかった。紅葉とショーンの体積を合わせたより、リュカは大きい。
「もー、いちいち机を叩かないでよ。そうだ太鼓を叩いてみたら? スッキリするよ。きっと」
「…………んん……ん」
それ自体は良いアイディアだった。
しかし彼の心のモヤモヤは、太鼓を叩いた所で晴れることは無いだろう。
ショーン自身も気づいてなかったが、彼がイライラし始めたのは、ちょうどアルバになって3年目の今月からだ。
魔術学校で毎日机に齧りつき、魔術と呪文を猛勉強した末、ようやく念願のアルバになれて、素晴らしい仕事と人生を送れるかと故郷に帰ってきたのに——周りからのチヤホヤだけは手に入れたものの、毎日毎日大して変わり映えもなく、魔術学校にいた頃より、はるかに退屈な日々を送っていた。
これが例えば、紅葉の太鼓隊のように、仕事が楽しくやり甲斐があれば、最上の人生だろう。
あるいは、リュカみたいに仕事熱心でなくとも、趣味が充実してるなら、それはまた楽しいものだ。
だが、ショーンが現在やっているアルバの仕事は、人に感謝はされど、さほど楽しくもやり甲斐もなく、毎日毎日休みなく似たような事の繰り返し。趣味といえばお茶を飲み、お菓子を食べること……これも、けして悪くはない……が、
魔術師人生が充実してキラキラしてる——とは、現状とても言い難い、3年目の3月初旬。2月までの寒い冬を越えて、徐々に暖かな季節に変わるなか、ショーンの心はどうにも冷たいままだった。
さて、今は太鼓隊の演奏終わりの3月6日、銀曜日。
酒場はどこも、おしゃべりに花が咲いている。
リュカは紅葉に、今日火傷した経緯を話し始めた。午前中、賄い料理で揚げ物を作ったときの悲劇らしい。
手持ち無沙汰のショーンは、大人しくサンシュユの実をコリコリ齧りながら聞いていた。現在は尻尾も落ちついて、フヨフヨと椅子の間を漂っている。
松黄茶もすっかり底をつき、ティーカップの底に花がクタリと垂れていた。
ショーンが2杯目を頼もうか、迷っていた時——
「──そういえば、あれからお部屋片付けた?」
「してない! 今忙しいんだよっ」
急に紅葉が逆鱗に触れてしまった。
猿の尻尾がビンッと毛羽立つ。一触即発の気配が漂う。
「なんだよ、そんな目で僕を見るな! 僕に説教するな!」
「……いいから毎晩ダラダラお茶飲んでないで、掃除してこいよ」
「しかも、深夜までクダ巻くし。お茶で」
しかし幼馴染の扱いは、冷えたスープよりも冷たかった。
「僕に説教するなあ────うわぁあああああ!」
ついに沸点を超えたショーンは頭を抱えて机に突っ伏し、スープポットにドボンッ! と顔を突っこんだ。
「……あーあ、何やってんだ」
「……きっと疲れてるんだよ……ずっと休みがないもんね」
顔を突っこんだまま『ア゙ア゙ア゙ア゙ッ』と叫び続ける親友の背中を、ふたりは交互に優しくさすった。
アルバになって3年目。
毎日毎日、下宿でケガ人の手当てをし、
夜は酒場で酔っ払いの喧騒を聴き、
浴びるようにお茶を飲む。
「…………気がくるいそう……。」
びちゃびちゃのクリームスープを顔から垂れ流し、
若きアルバ、ショーン・ターナーは、そろそろ精神に限界が来ていた。
絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816700427033841675
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます