12-4 赤い薔薇の気分
「『フレーバード』のお茶はいかがですか」
角くんの三つ目の質問に、わたしはすぐには答えずにちょっと考える。
角くんが何をどう考えているのかはわからない。もしかしたら、もうかなり絞り込めているのかもと思って、ちょっとどきどきする。
わたしが飲みたいのは『フレーバード』の『ストロベリーティー』。でも、もっと悩ませたい気持ちもあるし、当ててもらいたい気持ちもある。
なんて答えようかと角くんを見上げていたら、角くんはそわそわと視線を揺らして、困ったように眉を寄せた。
「あの……大須さん、質問の答えは……?」
「あ、ごめん。なんて答えようかなって思って考えてて」
わたしは首を傾けて、角くんを見上げたまま質問の答えを口にした。
「香りが良いものは好き、かな」
角くんは執事らしからぬ動作でばたんとメニューを閉じて俯いた。そのままメニューを抱えて、お辞儀をする。
「ただいま……用意いたしますのでお待ちください」
そして、顔を伏せたまま逃げ出すように衝立の奥に引っ込んでしまった。
角くんがお茶を運んでくるまで、随分と待ったような気がする。
悩んでいるだけなのか、それとも何かあったのか、と心配になった頃、ようやくトレイを手にした角くんが姿を見せた。甘酸っぱいにおいに、もしかしたら正解かもしれない、と期待して背筋を伸ばす。
「お待たせ致しました」
角くんは不安そうな顔で、わたしの前にティーカップを置く。白いティーカップはまだ空っぽだ。
次は白いティーポット。角くんはそれを持ち上げて、傾けて、綺麗な色のお茶がティーカップめがけて注がれる。甘酸っぱいにおいが強くなる。ベリーのにおい。
カップに注がれたお茶は、綺麗に紫がかって見えた。
「『ブルーベリーティー』です。こちらでいかがでしょうか」
わたしは、伏せて置いてあったカードを持ち上げて、それを角くんに見せる。角くんはそれをちらりと見て、天井を向いて小さく呻いた。
「ちょっと違うけど、いただきます」
カップを持ち上げて、一口含む。ブルーベリーの甘酸っぱいにおい。
「……当てたかった」
「ストロベリーもブルーベリーも、両方ベリーだし。そんなに大きく外してないと思う。それに『ブルーベリーティー』も美味しいよ」
わたしの言葉がフォローになっているかはわからない。
「なら良いんだけど……」
そう言いながらも、角くんは悔しそうな顔でわたしの手元を見て、白手袋の指先で口元を覆う。小さな溜息が聞こえた。
「『色が綺麗』って言ってたから、『ミルク』を使わないお茶かと思ったんだよね」
「ああ」
わたしは自分の言葉を思い出して、両手でカップを持って一口飲んで唇を湿らせた。
「あれは、『ストロベリーティー』に『ミルク』を入れるって、イチゴミルクになるのかって気付いて。それで、イチゴミルクなら綺麗なピンク色になるのかなって想像して。そう思ったことをそのまま言っただけだったんだけど」
「イチゴミルク……ああ、そういう……」
角くんは片手で顔を覆って、また大きく息を吐いた。
「すごく悔しそう」
何気なく呟いたら、角くんは考え込んで黙ってしまった。『ブルーベリーティー』を一口飲んで、角くんが動き出すのを待つ。
「それは……まあ」
何秒後か、ようやく口を開いたかと思ったら、聞こえた言葉はそれだけだった。白い手袋の大きな手で、まだ顔を覆っている。そんな様子に、笑ってしまったわたしを許して欲しい。
笑い出したわたしに、角くんはもう何度目か、また息を吐いた。
「角くんには申し訳ないけど、嬉しいかも。ゲームで角くんを悔しがらせるなんて、わたしにはできないかと思ってたから」
「ん……いや、大須さんが楽しかったんなら……良かったです」
角くんの声は拗ねてるみたいに聞こえて、わたしはまた笑ってしまった。
気付けば第三資料室に戻っていた。見慣れた白いカーテン。その向こうには薔薇園じゃなくていつもの校舎があるはずだ。
目の前の長机には、丸いカードが散らばっている。柔らかくてカラフルな可愛らしいお茶のイラスト。わたしの前には『ブルーベリーティー』のカードが置かれていた。そっと隣を見れば、角くんの前には『煎茶』のカード。
角くんが大きく溜息をついたものだから、わたしはまた笑ってしまった。
二人で「ありがとうございました」と挨拶をして、散らばった丸いカードを片付ける。片付いたらいよいよタルトが食べられる。
丸い銀色の缶にまとめたカードをしまって、角くんは手提げの小さな保冷バッグを開いた。中から出てきたのは、手のひらに乗るサイズのタルトがいくつか。イチゴとミカンがこんもりと盛られたもの。ブドウとバナナが花のようにぐるりと飾られたもの。ダイスカットされたイチゴとブドウが敷き詰められたもの。どれもナパージュが塗られて、艶々としている。
「さっきからずっとイチゴが食べたいって思ってた」
長机の上に並ぶタルトを眺めてそう言ったら、角くんがまた吹き出した。
「そんなに笑わなくても」
「ごめん、だけど、本当に食べたかったんだと思って」
「とっても楽しみにしてたんだからね」
「いや、うん、そう思ってもらえるのは嬉しいよ。でも、本当に材料乗っけるくらいしかしてないからね」
それから、最後に出てきたのはペットボトルが二本。
「甘いもの食べたらお茶が飲みたくなると思って買っておいた」
無糖の紅茶と、緑茶。見せられたそれに瞬きをして、そっと角くんを見上げる。今の角くんはもう、いつもの制服姿。だけど、執事のときみたいな顔をしていた。
「どちらのお茶がお好みですか?」
角くんの言葉に、わたしはちょっと考えてから応える。
「今日は、赤い薔薇の気分です」
「では、こちらのお茶はいかがでしょうか」
角くんは笑って、緑茶を引っ込めて紅茶のペットボトルを差し出してくる。
「これが飲みたかった」
そう言いながら紅茶のペットボトルを受け取って、わたしも笑ってしまった。こんなわけがわからない言葉が、角くんには伝わってしまう。それが面白かった。
「さっき、ゲームの中で」
「うん」
そんな面白い気持ちを伝えたくて話し始めたけど、言葉がなかなかまとまらない。角くんは静かに首を傾けて、わたしの言葉を待ってくれた。
「角くんを悩ませたり、悔しがらせることができて嬉しかったけど、でもきっと、当ててもらえるのも嬉しいだろうなって思った」
「うん……俺も当てたかったんだけど。ごめん、当てられなくて」
伝わるようにと思って話したけど、きっとわたしの言葉はいろいろと足りてなかった。角くんは緑茶のペットボトルを両手で握って、目を伏せる。わたしは慌てて言葉を続ける。
「あ、そういうことじゃなくて。なんて言えば良いのかな……ボードゲームって勝ち負けがあって、このゲームだって当てたら勝ちだよね」
「そうだね」
「だけど、当てられたから負けってわけじゃなくて、最初に聞いたときはそれってどういうことだろうって思ってたんだけど。でも、当ててもらえたらきっと、悔しいよりも嬉しくなる気がして。あ、角くんが悩んでるのを見るのも楽しかったのは確かにそうなんだけど」
角くんは何かを考えるみたいにちょっと黙った。ペットボトルの蓋を開けて、緑茶を一口飲んで、また蓋を閉める。それから顔を上げて、わたしを見て、いつもみたいに穏やかに微笑んだ。
「コミュニケーションを楽しむゲームだからね。伝わらなくてもどかしいとか、伝わると嬉しいって気持ちをルールにすると、こんな感じになるんじゃないかな。お客様役に勝ち負けがないのも、伝わって嬉しい気持ちをマイナスにしたくないからなんだと思う」
そう言ってから角くんは慌てたように「あ、俺が勝手にそう思ってるだけだけど」と付け加えた。それで、目が合って、なんだか二人で笑ってしまった。
角くんの言いたいことがわかる気がして、それは嬉しいものだった。
それで、その日のボドゲ部
お茶会ではあったけどちゃんとボードゲームでもあったので、これはやっぱりボドゲ部
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