12-3 とにかくフルーツタルトが食べたい

 ゲームが終わったかと思ったのだけど、気付いたらまださっきの「お茶会」の中だった。大きな窓から見事な薔薇のアーチが見える。どういうことかと思ったら、わたしの目の前に立っていた角くんがお辞儀をした。


「いらっしゃいませ」


 顔を上げて小さく首を傾けて微笑んだ角くんは──今度は執事姿だった。白いシャツにループタイ、グレーのベストとすらりとした燕尾のジャケット。


「え……ゲーム、終わりじゃないの?」

「今度は大須さんがお客様で、俺が執事ってことみたいだね」


 言いながら、角くんはわたしを席に案内する。わたしはさっきまでのメイド服じゃなくて、クラシカルな雰囲気の、カスタードクリームみたいな色のワンピースを着ていた。


「どうぞ」


 角くんが椅子を引くのに合わせて、そっと座る。目の前にメニューが広げられる。


「ルールはもう大丈夫だよね」

「大丈夫、だと思う。わたしはお客様役だから、飲みたいお茶を一つ選んで注文するんだよね。さっきの角くんみたいに。それで、角くんの質問に答える」


 なんだかぼんやりしたまま角くんを見上げると、角くんが頷いてくれた。


「そう、ばっちり。では、ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」


 そう言って、綺麗なお辞儀を披露すると、角くんは衝立の向こうに行ってしまった。

 一度ゲームが終わった気分になってしまったせいで、なんだかまだ状況がうまく飲み込めない。瞬きをしてメニューを眺める。

 そうだ、飲みたいお茶を選ばなくちゃ。

 でも、どうやって選んだら良いんだろう。本当に、気分で選んでも良いのかな。そんなふうに思いながら、メニューのページをめくる。

 そこに並んでいるのは『フレーバード』のお茶で、『アップルティー』『ピーチティー』『ブルーベリーティー』『ストロベリーティー』──そうだ、わたしはタルトが食べたいんだ、と思い出す。角くんが作ってきたフルーツタルト。

 イチゴが乗ってるって言っていたことを思い出して、『ストロベリーティー』のカードに手をかける。そして、動きを止める。

 あまりに単純だろうか。他のお茶も眺めてみる。『ハイビスカスティー』や『ローズヒップティー』も良いかもしれない。ジャムを舐めながら飲む『ロシアンティー』でも良いかも。

 メニューを一通り眺めて、それでもまだわたしはやっぱり、タルトが食べたかった。

 タルトに合うお茶じゃなくて、タルトが食べたい。ジャムじゃなくて果実が良い。他のフルーツも良いけど、リンゴも好きだけど、今はイチゴの乗ったタルトが食べたい。

 そんな気持ちで、わたしは『ストロベリーティー』を注文することにした。

 そのカードをメニューから取り出して、自分の前に伏せて置く。それから、テーブルの脇に置かれたベルをちりんと鳴らした。




 衝立の向こうから角くんがやってきて、綺麗にお辞儀をする。


「ご注文をどうぞ」


 促されて、わたしはそっと口を開く。


「タルトが食べたい気分」


 真面目な執事の顔をしていた角くんだったけど、吹き出して俯いてしまった。


「そんなに笑わなくても良いと思うけど」

「ごめん。そんなに楽しみにされてると思ってなくて……これ終わったら食べよう、だからもうちょっと待って」


 しばらく俯いたまま笑っていた角くんだけど、落ち着いて顔を上げると、首を傾けてわたしの顔を覗き込んできた。


「『タルトが食べたい気分』というのがご注文でしょうか?」

「ええと……はい、その気分にぴったりのお茶をお願いします」


 角くんは白手袋をした指先を口元に持っていって、そのまま黙り込む。きっと質問を考えているんだろうなと思って、わたしは角くんの次の言葉を待つ。何を聞かれるだろうかと思うと、少しどきどきする。


「では……『フルーティ』なお茶はいかがでしょうか」


 角くんの言葉に、わたしはお茶の特徴を見ていなかったことに気付いた。『ストロベリーティー』なんだから、きっと『フルーティ』だとは思うけど、これはゲームだからちゃんと確認しないといけないんじゃないかって気がした。


「あの、ごめん。ちょっと確認しても良い? 見ないとわからなくて」

「ああ……どうぞ。俺も見ないようにするけど、見えないように気を付けて」


 そう言って、角くんは後ろを向いた。

 わたしは手のひらで隠しながら、そっとカードを持ち上げて特徴を確認する。『ストロベリーティー』の特徴は『甘み』『酸味』『さわやか』『フルーティ』。それから『ミルク』と『アイス』のマークも付いていた。

 頭の中で、質問になんて答えようかと考えながらその情報を眺めて、わたしはまた元通りにカードを伏せる。


「もう確認できたよ。大丈夫」


 わたしの声に振り向いた角くんを見上げる。


「とにかくフルーツタルトが食べたい気分です」


 角くんは難しい顔をして、また考え込んでしまった。わたしはなんだか楽しくなって笑ってしまった。




「『ミルク』はいかがいたしますか」


 角くんからの二つ目の質問に、わたしはなんて答えようかと考える。『ストロベリーティー』には『ミルク』のマークも付いていたから、ミルクティーにしても美味しいのか──そう思って、イチゴミルクってことかと気付いた。

 確かにそれは間違いのない組み合わせだと思う。それに、イチゴの赤い色とミルクが混ざったらピンク色に見えて可愛いだろうか。そう思って頷いた。


「色が綺麗なのが素敵かなって思います」


 角くんは手元のメニューを開いて、何かを考えている。三つ目の質問はなかなか出てこない。

 お行儀が悪いと思いながらも、テーブルに肘をついて手の甲に顎を乗せて、その様子を見上げて待つ。

 こんなふうに長い時間考え込んでいる角くんは、珍しい気がする。角くんはいつも、悩んでいるわたしにさっと状況を整理してくれるのに。

 それとも、わたし以外の誰かと遊んでいるときの角くんは、このくらい悩むんだろうか。わたしが知らないだけで。角くんはいつも、どんなふうにボードゲームを遊んでいるんだろう。

 そんなことを考えていたら、角くんが目を上げた。けれど目が合って、角くんはすぐにまた目を伏せてしまった。恥ずかしそうな顔で。


「ごめん、長考しちゃってて」

「え、大丈夫だよ。いつもは、わたしが待ってもらう側だし。わたし、いつももっと長いよね、きっと」

「別に……俺は待つのも楽しいから」

「じゃあ、わたしも楽しいから大丈夫」


 角くんの顔が持ち上がる。びっくりしたような顔が、わたしを見下ろす。わたしは首を傾ける。


「大須さんが楽しいなら……良いけど」

「なんか、角くんがこうやって悩んでるの、新鮮で楽しいなって思って」


 角くんは何度か瞬きをすると、また顔を俯けてメニューを眺め始めた。耳が赤くなっているのが見えた。


「それは……まあ、悩むよ、俺だって。それに……当てたいし、やっぱり」


 角くんは小さな声でそう言って、もうこちらを見ることもせずにメニューのページをめくる。

 そんな姿を本当に新鮮な気持ちで眺める。いつもはわたしが悩む側だ。角くんにはいろいろと教えてもらって、その上でたくさん待ってもらっている。

 角くんがプレイヤーのときもあったけど、そのときだっておんなじだ。角くんは自分のプレイもあるのに、いつも通りにわたしにいろいろ教えてくれて、それでわたしが悩んでいる間、ずっと待っていてくれる。

 それに、わたしはゲームでは角くんに敵わない。角くんはボードゲームが好きできっといっぱい遊んでいるし、これまでゲームを避けて遊んでこなかったわたしが敵わないのは当たり前だって、今までずっと思っていたんだけど。

 でも、このゲームならわたしが角くんを悩ませることができる。さっきだって、わたしは角くんのお茶を当てることができた。角くんのヒントが優しかったからだとも思うけど、でも、それだけじゃない感じがあった。

 多分だけど、今までみたいに教えてもらうばっかりじゃなくて、待ってもらうばっかりでも、敵わないばっかりでもなくて──角くんに遊ばせてもらうんじゃなくて、ちゃんと対等に一緒に遊べている気がして、それが嬉しかったんだと思う。


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