12-2 緑の草原に吹く風のような感じ

 わたしは衝立の裏に下がって、角くんが注文を決めるのを待つ。

 待っている間に、わたし用のメニューを眺めてどんな質問をしようかとあれこれ考えてみる。けれど、特徴は多いし、あまり良い質問は思い付かなかった。

 ちりん、とベルの音が鳴る。どうやら注文が決まったらしい。

 衝立から出て、まずはお辞儀。それから角くんの脇にそっと立つ。


「注文をお願いします」


 椅子に姿勢良く座った角くんは、そう言ってわたしを見上げてくる。わたしはメイドらしく「お伺いいたします」と返して角くんの言葉を待つ。

 角くんは、メニューから取り出したらしい一枚を裏向きに、自分の前に置いた。その上に手を乗せて、口を開く。


「今日はタルトがあるので、タルトに合うものを」


 角くんの言葉に瞬きを返す。タルトに合う──わたしまだ、タルトの姿を見てもいないのに。


「待って。わたし、角くんのタルト食べてないし、味もわからないし、何が合うかわからないんだけど」


 わたしの言葉に、角くんは困った顔をした。


「それは別に……イメージで良いから」

「でも」

「それに、普通のタルトだよ、どうってことない。カスタードクリームの上に、ブドウとかイチゴとかバナナとかミカンを乗せただけの」

「え、はやく食べたい」


 わたしの言葉に、角くんは吹き出してしまった。


「いや、あの、楽しみにしてもらえてるのは嬉しいけど……このゲームが終わるまで待って。すぐ終わるゲームだから」


 そうやって俯いて笑っていた角くんは、少しして落ち着いたのか、気を取り直したようにわたしを見上げてきた。


「さ、質問をどうぞ」

「待って、考えてるから」


 わたしは自分のメニューを開いて、眺める。何から絞り込んだら良いのか、やっぱりわからない。けど、タルトか、と考える。

 カスタードクリームとフルーツのタルト。甘くて、ちょっと酸っぱいのかな。それと合わせるなら──『さわやか』な感じとかどうだろう。まったりとしたカスタードクリームの甘さをさっぱりとしたお茶で流し込む。良いと思う。


「タルトに合うお茶ではあるけど、俺が飲みたいお茶を当てるんだよ」


 角くんの声にメニューから顔を上げる。頬杖をついて、やけに楽しそうにしている角くんが、悩んでいるわたしを見上げていた。

 そうか、角くんが何を「これがタルトに合いそう」って思うかは、角くんにしかわからないのか、とその表情を見て思う。角くんはなんとなく、なんでも「そういうのも良いよね」って受け入れてしまいそうな気がしてしまう。

 でも、『ローズヒップティー』みたいな『ハーブ』とか『ストロベリーティー』みたいな『フレーバード』よりも、『ダージリン』や『アッサム』みたいな『茶葉』の方が、なんだか角くんらしい気もする。あとは、『ロイヤルブレンド』みたいな『ブレンド』とか。

 でも、あんまりわかりやすいのもちょっと違う気がする。角くんは面白がって、ちょっと変わったものを選んだりするかもしれない。そういうのって、ちょっと角くんぽい。

 みんな勝手なイメージだとは思うけど。


「あの……大須さん」


 さっきまでにこにことしていた角くんが、少し頬を染めて目を伏せた。


「あんまり、その、じっと見られてると、恥ずかしい……」


 角くんの好みを考えながら、角くんをじっと見詰めてしまっていたらしい。わたしは慌ててメニューに視線を戻す。


「だ、だって! 角くんの飲みたいもの考えなくちゃって思って!」

「わかってるけど、その、質問してくれないと、ゲーム進まないから……ゆっくりでも大丈夫だけど」

「ごめん、ちゃんと考えてはいるから」

あせらせてたらごめん、その……ほんと、ちょっと、恥ずかしかっただけだから」


 そう言って、角くんは窓の外に目を向けた。その耳がほんのりと赤くなっているのが見えてしまった。




 ともかく、わたしが質問をしないとゲームが進まない。一つ目の質問を決めて、思い切って口を開いた。


「『さわやか』なお茶はどう?」


 角くんはちょっと考えから、申し訳なさそうにわたしを見上げる。


「質問はメイドらしくね」

「え、メイドらしいってどんな感じ?」

「……丁寧な感じ? いや、俺も詳しくはないけど。ゲームだと『執事』って設定なんだよ。それで、『いかがですか』とか『いかがでしょう』とかそういう感じでやりとりするんだ。多分、そういう会話を楽しむゲームでもあるから」


 そんなものかとわたしは頷いて、精一杯メイドらしいイメージを頭の中に思い浮かべて、姿勢を良くして改めて口を開いた。


「ええっと……『さわやか』なお茶はいかがでしょうか」

「そうだな。緑の草原に吹く風のような感じ、でお願いします」


 大真面目な顔で角くんがそんなことを言い出すものだから、せっかくわたしはメイドらしくしていたのに、我慢できずに笑ってしまった。


「なにそれ」

「俺的にはかなりのヒントのつもりだったんだけど」


 そう言って、角くんはちょっと唇を尖らせた。ともかく、多分だけど『さわやか』なお茶なんだとは思った。

 それで、二つ目の質問。


「『茶葉』……『茶葉』で選ぶのはいかがですか?」

「なるほど」


 角くんは楽しそうな笑顔で、わたしを見上げる。


「それぞれのお茶の味が楽しめるのは良いですよね」


 わたしは瞬きをして、角くんの表情を見る。これは──肯定かな。

 これで、質問はあと一つ。『茶葉』で『さわやか』なお茶は『ウバ』と『ニルギリ』、『ルイボス』や『煎茶』なんかもあるのか。その中でタルトに合いそうなものは──と考えたけど、思い付かない。

 角くんのイメージに『煎茶』は合いそうな気がする。でも、タルトに合いそうだろうか。合わないってことはないと思うけど。それに、他のどれだってタルトには合いそうな気がする。

 角くんが落ち着かなさそうに視線を揺らしてまた目を伏せたから、わたしはまた角くんをじっと見てしまっていたことに気付く。でも、角くんの表情を見ていた方が、角くんの考えていることがわかる気がする。

 わたしは角くんの顔を覗き込んで、三つ目の質問をする。


「『ミルク』はお使いになりますか?」


 角くんはちらりとわたしを見て、またすぐに目を伏せる。


「あの……そのままの、素直な感じがとても……素敵だなって思ってます」


 この返答は『ミルク』を使わないってことだよね。そうなると、選択肢は『ルイボス』か『煎茶』のどちらか。

 質問の答えを思い返して、どっちだろうと考える。

 そういえば一つ目の質問で、角くんはわざわざ変な答え方をしていた。「緑の草原に吹く風」って──単に『さわやか』を言い換えただけかと思っていたけど、もしかして『煎茶』の緑ってことなのかもしれない。だって、角くんはあれが「かなりのヒント」だって言っていた。


「あの……大須さん、どう……?」


 そわそわと、角くんが視線を動かす。わたしはまた角くんの顔をじっと見詰めてしまっていた。慌てて一歩さがると、メイドらしくを意識して姿勢を良くした。


「ただいまお持ちします。お待ちください」


 お辞儀をして、そして衝立の向こうに戻る。

 出すお茶は決めたけど、お茶の用意って何をしたら良いんだろうか。わたしの手元にはメニューしかない。

 とりあえずメニューを開いて、その中から『煎茶』のカードを見付けて取り出してみる。そうしたら、いつの間にかメニューがトレイになっていた。慌てて『煎茶』のカードをトレイの上に乗せて、両手でトレイを持ち直す。

 トレイの上に、魔法のようにグラスが現れた。からんからんと氷が落ちて、どこからか綺麗な緑色のお茶が注がれる。この煎茶はアイスティーなのか、とぼんやり思っているうちに、お茶が用意できてしまった。

 それでわたしは、できるだけ姿勢良くして、角くんのテーブルまでお茶を運んだ。




 椅子に座って姿勢良く窓の外を見ていた角くんの隣にそっと立つ。

 まずは、コースターを置く。その上にグラス。一歩さがって角くんの顔を覗き込んだ。


「『煎茶』です。こちらのお茶はいかがでしょうか?」


 角くんはわたしを見上げてにぃっと笑うと、目の前に伏せていた丸いカードを持ち上げて見せてくれた。それは『煎茶』のカード。


「いただきます。これが飲みたかったんです」


 そう言って、角くんはグラスを持ち上げて、ストローを咥えて一口飲んだ。


「これ、正解ってこと?」

「そうだね。今回は大須さんの勝ち。当ててもらえて嬉しい」

「角くんのヒントがわかりやすくて……わかりやすくしてくれたんだよね? それでも、当たるの嬉しいかも」


 角くんはもう一口お茶を飲んで、それからまたわたしを見上げた。


「それは良かった。お疲れ様」


 そう言って、角くんが穏やかに微笑む。背景に薔薇園の窓を背負いながら。




 それでゲームは終わりかと思ったのだけれど、次に気付いたときもまだ、大きな窓から見事な薔薇園が見えていた。

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