11-15 ドラゴンの都:中庭広場 後編

 角くんが戻ってきて、今度は兄さんが『大市場』に行く。そこで久遠氷を一箱金貨六枚で四箱。金貨二十四枚。

 久遠氷は契約の達成に必要だから、わたしは久遠氷を売ることができないし、だから気にしなくても良いはず。そう思って、次の自分の行動を考えていた。


「やっぱり『ドラゴンの都の鍵』はいかさんが取るよなあ」


 隣で角くんが小さく呟いた。その言葉に、そういえばそんなものもあったとようやく思い出す。


「『ドラゴンの都の鍵』って、確か『大市場』でたくさん取引した人がもらえるんだっけ」

「そうだね。正確には、取引した商品の種類が多かった人のもの。いかさんは、露滴葉と久遠氷の取引をして、炎胡椒と飛空魚も持っているから、四種類全部の取引ができる。でも、俺はもう露滴葉の取引はできないから、どう頑張っても三種類が限界で……だからどうやっても俺はいかさんに追い付けないんだよね」


 そうか、角くんが露滴葉を売れなくなったのは、そんなところにも関わってくるのか。わたしはなんて言えば良いのかわからなくなってしまって、俯いてアルマナックのページを見たまま、黙ってしまった。

 ふふっと笑う声が頭上から降ってくる。


「露滴葉を売れなかった時点でわかってたことだよ」

「でも……」


 見上げると、角くんは首を傾けた。


「いかさんと何か話した?」

「これは角くんのミスだから……わたしが気にすることじゃないって」

「うん、まあ、その通りだ」


 角くんはちょっと苦笑して、言葉を続ける。


「まあ、さっきのあれはミスったなとは思ってるんだけど、でもミスかどうかなんて、本当はゲームが終わるまでわからないんだよ。それに、ミスったところで、ゲームに勝てるならそれでも構わないんだ。『ドラゴンの都の鍵』はもう無理だけど、だったら別のことを考えたら良いだけの話」

「別のこと?」

「そう。これは『最初にゴールした人の勝ち』みたいなゲームじゃないから。別な方法で金貨か名声を手に入れたら良いだけ。どんな方法で手に入れても、金貨も名声も価値は変わらないんだからさ」


 角くんはわたしの顔を覗き込んで、にっこりと笑った。


「ミスしてから立て直すのも楽しいから大丈夫」

「でも……さっき割と落ち込んでたよね」

「それは……」


 角くんは頬を染めて、気まずそうに目を伏せた。


「まあ、落ち込むくらいはするけどね。でも、そうやってミスって落ち込んだりとかもさ、後から思い返せば楽しいんだよ。それは本当にそう思ってるからね」


 角くんの口振りに、笑ってしまった。きっと角くんのことだから、本気で楽しいって言ってるんだと思う。

 わたしが笑ったのを見て、角くんも安心したように笑った。




 次の取引をどうするかで悩む。残りの『取引許可証』は四枚で、一枚は『契約の達成』に使う。それから『大市場』で炎胡椒も売りたい。『ドラゴンの像』も一つくらいは欲しい。それで三枚。

 残りの一枚を何に使おうかと考えて、『契約の達成』に必要な商品を仕入れることにした。『久遠氷二箱と炎胡椒一箱の仕入れ』を選ぶ。久遠氷は一箱余るけど、『ドラゴンの像』でうまく使えるかもしれない。

 自分なりに考えられている手応えがあって、それがなんだか楽しかった。

 その後、角くんが二つ目の『ドラゴンの像』を、兄さんは黄色の『ドラゴンの像』を手に入れた。残り一つになってしまったので、わたしも慌てて『ドラゴンの像』を手に入れる。

 残っていたのは赤い色のドラゴンだった。必要な商品は炎胡椒と久遠氷で、それならちょうど手元にある。立派な『ドラゴンの像』を自分の車に運び込む。動かすと陽の光が散らばってきらきらと輝いた。

 その後は『大市場』で炎胡椒を売る。炎胡椒は三箱だけど、残っていた『瓶詰めの稲妻』も全部一緒に売ることにした。だってこの次はもう『契約の達成』をするだけで、それに必要な商品は全部揃っている。

 炎胡椒が三箱と『瓶詰めの稲妻』が三箱。一箱金貨七枚で、金貨四十二枚分だ。財布の中に二十金貨が増える。重みが増したのが嬉しくなってくる。『瓶詰めの稲妻』を買ったとき、三箱で金貨三枚だった。それが金貨二十一枚になったというのもすごい。

 その次は予定通り『契約の達成』をして、わたしの順番はもう全部終わりだ。

 角くんは『商店』に行って、持っていた露滴葉を全部売った。『商店』だと一箱金貨三枚にしかならない。あれだけ商品数があったのに、金貨三十枚にもならなかった。

 最後に兄さんが『大市場』で飛空魚を一箱売って、金貨六枚。

 それで、ゲーム終了だ。




 わたしの車にみんなで集まって、クッションにもたれかかって座る。わたしの荷台には『古の武器』が残っている。車には立派な『ドラゴンの像』もある。商品は空っぽ。『辺境の村』でゲームが始まった時も空っぽだった。でも、今は車の台数が違う。財布の中身は比べ物にならないくらいに重くなっている。

 うん、頑張ったと思う。


「まずは……そうだな、契約書の名声から」


 兄さんがそう言って、自分のバッグから契約書の束を取り出す。わたしと角くんも同じように取り出して、その名声を数える。契約書はみんな三枚ずつ持っていた。

 わたしの契約の名声は『血と骨の武器同盟』の二十七点、『大隊商隣人同盟』の二十三点、そして最後に達成した『竜都金箔銀行』の三十点で、合わせて八十点だった。

 角くんの契約の名声は八十五点、兄さんは思ったより少なくて七十五点。


 次は隊商──車の名声。『商人ギルド登録証』を確認して、これはわたしが一番多くて四十五点あった。次は角くんの三十七点、兄さんは三十三点。


 それ以外の名声も数えてゆく。『護衛』を雇っていたのはわたしだけで、わたしはこれで名声が二点。ただ、『古の武器』で『護衛』の名声が一点ずつ増えて、それが二つあるから全部で四点増える。だから合計で『護衛』の名声は六点だ。


 それから『ドラゴンの像』。角くんが二つ手に入れたから二十四点。わたしと兄さんは十二点。『ドラゴンの都の鍵』は兄さんが手に入れて、これで十点。

 兄さんに見せてもらったけれど、ドラゴンの姿を象った金色の大きな鍵だった。ドラゴンの背中のところに、緑色の大きな宝石が嵌め込まれていて、兄さんの手の上できらきらと輝いていた。兄さんが自慢げな顔をするのもわかる。


 名声の結果は、角くんが一番多くて百四十六点。わたしは百四十三点でその次だった。兄さんは百三十点。


 それから、みんなで財布の中身を出して数える。兄さんと角くんの財布から、見知らぬ形のお金が出てきたのを見て、わたしは身を乗り出してしまった。

 台形の形のそれは、お金というよりは大きな金の塊のように見えた。表面に、体を丸くしたドラゴンが描き出されている。背中の鱗、くるりと優美に丸まった尻尾。くるくると口から吐き出されているのは、きっと炎だ。


「それもお金なの?」

「ああ、これは五十金貨だよ。この方が数えるのに楽だから、途中でまとめておいたんだ」


 なんてことないように角くんが言う。


「五十金貨があるなんて知らなかった。すごい綺麗、良いなあ」

「別に、五十金貨二枚も二十金貨五枚も価値は変わらないぞ」


 その五十金貨を取り出しながら、兄さんが眉を寄せてそう言った。


「それはそうだけど、でも……せっかくなら一度くらい持ってみたい」

「両替しようか? 二枚持ってるから」


 角くんがそう言って差し出してくるのに甘えて、わたしは二十金貨を二枚と五金貨を二枚、角くんに渡した。角くんが五十金貨を一枚わたしの手に乗せてくれる。

 最初に感じたのは、ひんやりと手の温度を奪う冷たさ。それから、重さ。思わず溜息が漏れる。


「早く数えろ」

「わかってる」


 兄さんに急かされて、わたしは残りの金貨を種類毎に分けて数え始めた。

 角くんも兄さんも、最後に数えることを見越して財布の中身を二十金貨や五十金貨に変えておくようにしていたらしい。わたしはそんなことを何も考えていなかったものだから、小銭ばかりになっていた。

 五十金貨が一枚と、二十金貨が二枚。五金貨が五枚、一金貨は七枚あった。全部合わせると──百二十二枚分。


 最初は金貨十枚だったのに、百枚を超えていることが信じられなかった。五十金貨の重みも嬉しい。

 興奮して顔を上げたら、角くんは五十金貨一枚と二十金貨五枚、これだけで百五十。残りは五金貨二枚と一金貨三枚。合計で金貨百六十三枚分だった。その差が二十金貨二枚分と知って、自分が全然届いていないことに気付いた。

 兄さんは五十金貨を三枚持っていた。それに二十金貨一枚と五金貨が三枚。百八十五枚分。わたしとの差は五十金貨一枚以上。


 その差が、ほとんどそのまま最後の得点の差になった。

 名声と金貨の合計が多かったのは兄さんで、つまりは兄さんがこのゲームの勝者だった。兄さんの合計は三百十五点。わたしの合計は二百六十五点。その差は五十金貨一枚分。

 角くんは三百九点だった。兄さんとの差は六点で、この結果を角くんはとても悔しがって「ああ」とか「うう」とか呻いていた。


「結果的に、これの差だな」


 にやにやと笑った兄さんがそう言って『ドラゴンの都の鍵』を持ち上げて頭上にかざす。気付けば夕暮れになっていて、横合いから差し込む赤い光が、ドラゴンの鍵を照らして眩く輝いた。

 その光のゆく先を眺めれば、カラフルな街並みの中に、様々な取引を求めて行き交う人々の姿が見えた。『ドラゴンの都』は海沿いにあるから、通り過ぎる風は潮風だ。草原もない。

 けれど、わたしはその潮風で、『辺境の村』を吹き抜けて草原を揺らす風のにおいを思い出した。

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