11-14 ドラゴンの都:中庭広場 中編
お金、あるいは名声が手に入る場所が多すぎる。どれを優先させるかで、わたしは悩んでしまった。兄さんは何か言いたそうにしていたけど、何も言わないでいてくれた。
「できる限りは相談に乗るけど……この状況だと誘導しちゃいそうで……」
アルマナックを開いているわたしの隣で、角くんは『大市場』の方を見てたかと思えばわたしのアルマナックを覗き込んだり、わたしの顔を覗き込んだり、なんだか落ち着きなく視線を動かして、最後には溜息をついた。
「ありがとう。角くんもプレイヤーなのに、ごめんね。できるだけ一人で頑張ってみるから」
「でも、何かあったら言ってくれて良いから。その……頑張って」
角くんに頷いてみせてから、改めてアルマナックを開く。わたしの荷台には今、露滴葉が五箱ある。他は炎胡椒が三箱と久遠氷が一箱。
露滴葉五箱を『大市場』で売れば金貨三十枚。炎胡椒三箱なら金貨二十四枚。『ドラゴンの像』を購入しても良いかもしれないけど、名声が十二点と考えると『大市場』を優先する方が良いような気がする。
「大須さん、忘れてるかもしれないけど『瓶詰めの稲妻』もあるからね」
角くんの言う通り、『瓶詰めの稲妻』の存在をわたしはすっかり忘れていた。『瓶詰めの稲妻』は、どの商品の代わりにもなるんだっけ。隣の角くんを見上げる。
「『瓶詰めの稲妻』って、『大市場』でも使えるの?」
「使えるよ。『ドラゴンの像』にも使えるし『契約の達成』にも使える」
そういえばここでは『契約の締結』もできるんだった。瞬きをして、またアルマナックのページを見る。
契約で手に入る名声は、契約によっても違うみたいだけど二十点から三十点くらい。そう考えたら『契約の達成』を目指すのは悪くないような気がした。
ページの上で指を動かして選択肢を辿る。『大市場』は確かに早い者勝ちで、先に取引した方がお金がたくさん手に入るけど、すぐに全部埋まるわけじゃない。『ドラゴンの像』も四つあってすぐに埋まるわけじゃない。足りない商品があれば『瓶詰めの稲妻』が使える。
でも、『契約の締結』は一人しかできない。
一人で自分の行動が決められたのが嬉しかった。角くんを見上げたら、きっと表情で伝わってしまったんだと思う。何も言ってないのに、角くんはほっとしたように笑った。
商人ギルドに赴いて『取引許可証』を差し出して『契約の締結』をしたいのだと伝えると、契約書を三枚渡された。ここから締結したい契約を一つ選ぶらしい。
名声が高いものが優先、それと確実に達成できないといけない。角くんに「ここまでくると報酬はほとんど意味がないからね」と言われていたので、達成時の報酬は見ないことにした。
そうやって、契約書を一枚ずつ見ていく。
一つ目は『飛空魚養殖雲同盟』からの依頼。商品が三つで済むから集めやすそうではあるけど、わたしが今一箱も持っていない飛空魚が二箱も必要だ。『瓶詰めの稲妻』は使えるけど、手に入る名声は二十点で少ないし、この契約じゃなくても良さそう。
二つ目は『大竜戦争退役名誉会』からの依頼。名声が二十七点と高めだ。商品は四つ必要だけど、露滴葉と久遠氷はある。でもこっちも飛空魚が二箱必要だ。これでも良いかもしれないと思いつつ、もう一枚を見てから決めようと紙をめくる。
そして三つ目は『竜都金箔銀行』からの依頼で、名声が三十点だった。その分、必要な商品は五つと多い。でも、露滴葉が三箱と久遠氷が二箱で、足りないのは久遠氷一箱だけだ。
見比べるまでもなかった。わたしは『竜都金箔銀行』からの依頼を受けることにして、『契約の締結』をした。
次は自分の番だというのに、角くんはわたしが商人ギルドから戻るのを待っていてくれた。わたしの顔を見て、随分とほっとした顔になって「お疲れ様」と言ってから『大市場』に向かった。
角くんは『大市場』で炎胡椒を五箱売った。一箱金貨八枚なので、金貨四十枚分の取引だ。やりとりするお金の額が大きくて、だんだんと鼓動が跳ねてくる。
「そっちなんだ」
近くにいた兄さんが、小さく呟いた。なんだろうと見上げると、兄さんは面倒そうに眉をしかめた。
「なんでもない。ただの独り言だ」
その態度が気になって、でもどう聞いて良いかわからないでいるうちに、角くんが戻ってきた。それで、兄さんの顔を見た瞬間「あっ」と声を上げて、両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。
「え、どうしたの?」
「いや……なんでもない……」
角くんの隣に駆け寄って、小さく丸まっている角くんを見下ろして聞けば、角くんは弱々しくそう答えた。全然なんでもなくなさそうな雰囲気だ。
「カドさん、どうします?」
「どうもこうも……いや、大丈夫です」
角くんは大きく溜息をつくと、立ち上がって両手のひらを上に向けて、兄さんに何か差し出す仕草をした。
「俺の手番は終了です。手番回します、どうぞ」
「まあ、ここで手加減するのも違うと思うんで」
「大丈夫ですよ。いかさんは、最大限どうぞ」
謎の会話をして、兄さんは『大市場』に向かった。わたしが角くんを見上げると、角くんはちょっと困ったように眉を寄せて、首を傾けた。
「何かあったの?」
「んー……説明すると、次の大須さんの行動に影響あると思うから、秘密」
角くんはそう言って、眉を寄せた困った表情のまま笑った。兄さんがさっき呟いていたのも、関係しているんだろうか。だったら兄さんは、角くんが戻ってくるよりも前に、この状況がわかっていたってことか。
兄さんは、角くんが別な取引をすると思っていたってこと? 角くんはそれで、自分の取引が失敗だったと思っている?
考えたけどわからなくて、角くんをじっと見上げていたら、角くんは居心地悪そうに視線を逸らしてしまった。
兄さんは、露滴葉を六箱売った。一箱金貨六枚だから三十六枚。さっきの角くんよりも金額は少ない。
それで、わたしの番。先に『契約の達成』をしてしまおうかと思っていたのだけれど、それは後回しでも良いってことに気付いた。今、達成できてない契約を持っているのはわたしだけで、わたし以外に『契約の達成』をすることができる人はいない。だったら、先に別なことをやった方が良い。
だから、契約に必要な露滴葉三箱と久遠氷は置いておいて、足りない久遠氷はどこかで手に入れて──あるいはそれが難しいなら『瓶詰めの稲妻』をここで使おう。
そうすると残りは、炎胡椒が三箱と露滴葉が二箱、それから『瓶詰めの稲妻』が二箱。
自分が持っている商品を数えながら、アルマナックのページを辿る。『ドラゴンの像』に必要な商品は様々で、もしかしたらここで『瓶詰めの稲妻』を使ってしまっても良いかもしれない。だったら『ドラゴンの像』は後回しでも大丈夫かな。先に『大市場』に行くのはどうだろう。
そこで気付いたのは、『大市場』の露滴葉の取引が、もう残り一回だということ。露滴葉二箱で金貨十枚だったら『ドラゴンの像』で商品二箱支払って名声十二点の方が得な気もするけど──でも、これも早い者勝ちなら先に取引しておいた方が良いような気がする。
そんなふうに考えている自分が少し不思議だった。多分だけど、わたしはこのゲームに少し慣れてきたんだと思う。慣れてくれば、そうやって自分の先の行動を組み立てるのも少し楽しい。
隣の角くんを見上げると、角くんはやけに心配そうにわたしの手元を見ていた。いつだったか角くんが「旅行の計画を考えるのが好き」って言ってたけど、なんだかそういうのに似ている気もした。
あれもやりたいしこれもやりたい。見たいものや欲しいものがいっぱいあって、でもその中からどれかを選ばないといけない。あっちが良かったとかこうすれば良かったとか、そういうこともあるけど、でもそうやって計画を立てると先が楽しみになる。
「大須さん、何やるか決まった?」
恐る恐るという声の調子で、角くんがわたしに聞いてくる。わたしはそれに大きく頷いた。
わたしは『大市場』で露滴葉を二箱売った。金貨十枚。角くんや兄さんに比べたら少ない金額だけど、今はこれで良いはず。
戻ると、角くんが片手で顔を覆ってうなだれていた。
「え、角くん、どうかしたの?」
「瑠々が気にすることじゃない。カドさんの番ですよ」
「わかってます……」
大きく溜息をついて、角くんは行ってしまった。その向かう先は『大市場』ではなくて、『ドラゴンの像』が並んでいる彫刻家スランドのギャラリーだった。
「さっきから、何?」
兄さんの方を見れば、兄さんはちょっとだけ考えてから口を開いた。
「カドさん、露滴葉八箱持ってるんだよ」
「露滴葉……?」
首を傾ける。
「俺と瑠々が『大市場』で露滴葉の取引をしたから」
「あ、角くんはもう、露滴葉が売れないってこと?」
「そういうことだな」
兄さんは軽い調子で頷いた。つまり角くんは、露滴葉を売るつもりだったけどできなくなったってことだ。
「え、待って。それって、わたしのせい?」
「瑠々のせいとも言えるし、俺のせいでもあるし、でも一番はカドさんが先に露滴葉を売らなかったせいだな」
「でも……」
「そういうゲームだよ、早い者勝ちなんだから」
早い者勝ち。それは確かにそう。今までだってそうだった。でも、自分の行動がこんなに直接に角くんの邪魔になっていたのだと気付いてしまって、わたしは動揺していた。わたしは、どうすれば良かったんだろう。
「気にしてるからもう一つ言っておくと、カドさんがヘコんでるのはプレミのせいだと思うぞ。プレミはあくまで自分のミス。瑠々がどう動いたかはあんまり関係ないから、気にするな」
「プレミって何?」
兄さんはちらとわたしを見て「ああ」と小さく呟いた。
「プレイミス。まあ、自分の失敗ってことだ」
「でも、さっきわたしが露滴葉を売らなかったら」
「カドさんのためにその取引をやめるのか? 瑠々がそれをするなら、カドさんは瑠々に勝たされたことになる。それでカドさんは楽しいと思うか?」
「え……」
何も言葉が出てこなかった。困って黙ってしまうと、兄さんがわざとらしく溜息をついた。
「瑠々がさっきのアクションの前にこれ聞いてたら、こうやって変に悩んだだろ。だからカドさんは何も言わなかったんだろうな」
「それは……そうだね。きっと、さっき聞いてたら自分の行動を決められなくなってたと思う。露滴葉を売るのも、売らないのも、きっと選べない」
「カドさんのミスはカドさんのものだ。それを瑠々が自分のせいだって取り上げるな。カドさんが露滴葉を売らなければ、他の人が先にそれをするかもしれない。それを考慮するなら、カドさんは先に露滴葉を売っておくべきだった。その可能性を見落としたのはカドさんだ」
「それって厳しくない?」
兄さんはわたしを見下ろして、にやにやと笑った。
「だから面白いんだろうが。カドさんだってプレミで落ち込みはしたけど、きっともう立て直しを考えて動いてる。だからもうこの話は終わりだ。瑠々は自分の点数を伸ばすことだけを考えて動け」
気にするなと言われて忘れられるものではないけど、それでもわたしは頷いた。
兄さんの言う通り、角くんの失敗に気を遣って自分の取引を選ぶのは、きっと良くないことなんだと思う。
角くんがこれまでわたしに悩ませて選ばせてくれていたように、角くんが悩んで選ぶことを角くんから取り上げてしまわないようにしないといけない。兄さんの言っていることを全部理解できた気はしないけど、きっとそういうことだと思った。
だからわたしは、どうやったら金貨と名声が手に入るかを目一杯考えるだけだ。ゲームは後ちょっとで終わってしまうけど、その最後まで。
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