11-10 天空門 後編
全部の取引が終わって、『天空門』の入り口でもある長い吊り橋に向かう。
空に浮かぶ島を囲む雲。島と島を繋ぐ雲の橋。ここを訪れた時と同じように、周囲の雲が光って、雷の音が響く。あれを瓶詰めにして売っているんだな、なんて思う。その光景は、やっぱり綺麗だった。
角くんは、『天空門』に来る途中で仕入れた久遠氷を売ってお金を増やしていた。それから三枚目の契約も達成している。『瓶詰めの稲妻』だって買っていた。
三枚目の契約を達成して『瓶詰めの稲妻』を買ったのは、兄さんだってそうだ。
兄さんはさらに『隊商の拡張』もしていた。けれど、この『天空門』で並んでいた車は『取引許可証』が増えないものばかりだったので、兄さんの行動回数は増えていない。
わたしも『契約の達成』はできたけど、ようやく二枚目だ。
行動回数が六回あるのはわたしだけなのに、それを活かせていない気がする。できるならと思って『隊商の拡張』をしたけど、積み込む荷物もないのに荷台ばっかり増えた感じがして、無駄だったんじゃないかって気がしていた。
それに最後の方なんか、何をしたら良いかわからなくて、なんとなくで商品を仕入れただけだった。気付けば金貨が減っていて、だったら商品を売っておいた方が良かったのかもしれないとも思う。
もう今更だけど。
橋の手前に、隊商の車が並んでいる。最初はみんな一台ずつだったのに、台数はたくさん増えた。関わる人もたくさんだ。
その中に角くんの姿を見付けて、なんだかとても久し振りに会うような気分になる。角くんが振り向いて、目が合って、いつもみたいに笑う。
「大須さん、お疲れ様」
隣に並んだわたしを見て、角くんはちょっと不安そうな顔をした。
「全然話せなかったけど、大丈夫だった?」
その言葉に、すぐに頷くことができなかった。少しためらってから、角くんの顔を見上げて、角くんがあんまりにも不安そうな顔をしてるものだから、わたしは結局頷いた。
「大丈夫だよ。あんまりうまくいってる気はしないんだけど」
わたしの言葉に、角くんは困ったように口を閉じて、ちょうど光った雲の方を見た。釣られて、わたしもその雲から伸びる稲妻を見る。
その光が消えるのを見てから、角くんはまたわたしを見た。いつもみたいに穏やかに微笑んで。
「俺もいろいろ判断ミスとかあって……後から考えると順番ミスったなとか、そんなことばっかりだよ」
「わたしからだと、角くんも兄さんも、うまくいってるように見えるけど」
「まあ、人のプレイはそう見えるよね。自分がうまくいってない気がすると、特に。俺はいかさんの契約が羨ましいってずっと思ってる」
溜息交じりに、ぼやくように角くんは言った。普段あまり聞かない口振りだったので、わたしは瞬きをして角くんを見上げてしまった。角くんはちょっと唇を尖らせる。
「俺の契約、一つはダイス……サイコロの振り直しなんだよ」
「サイコロ……え、サイコロ振るところあるの?」
「そう思うよね。戦闘が起こるとダイスなんだよ。戦力にダイスを振った目を足して勝ったかどうか決める。他にも『遭遇』イベントとか、駐留地のルールによって振るところはあるにはあるけど、実際そんなにないんだよね、ダイス振る機会。いかさんの到着時に商品増えるやつ、やっぱり強いなと思って、俺もあれが良かった」
角くんの言葉が駄々をこねるみたいで、笑ってしまった。
わたしがうまくいかない時、悩んでいる時、角くんはいつも落ち着いているように見えた。その角くんでもこんなふうに思ったりするんだって気付いたら、なんだか少し気持ちが楽になった。
「兄さんのあれ、商品が増えるの、良いなって思って見てたけど」
「そう、強いんだよね。その分、名声は低めなんだけど……いかさんは早い段階で達成してたから、それ以上の価値があると思う。ゲーム終了までにあれで手に入れる商品が四つとか五つとかで、しかも契約二枚ともだよ。ずるいよ、ほんと羨ましい」
笑って、力が抜けたんだと思う。それで自分に余裕がなかったって気付くことができた。ゲームのルールがややこしかったりとか、相談できないから一人で頑張らなくちゃとか、もっとうまくやらなくちゃとか──角くんと顔を合わせるのもなんだか落ち着かなかったし。
それで一人で頑張ってはみたけど、わたしはうまくなんてできないから、ただ失敗したな、みたいな気持ちばっかり残ってしまっていた。
この長い吊り橋を渡った時、角くんに「楽しめてる?」って聞かれて、わたしはうまく答えられなかった。楽しまなくちゃと考えるのも、きっとわたしにとっては大変で疲れることなんだと思う。
「角くんは、楽しい?」
答えはわかっている。でも、思わず聞いてしまった。角くんはわたしを見下ろして、何回か瞬きをする。それから、ふわりと笑った。
「それはもちろん、楽しいよ。いかさんのあれは羨ましいけど、俺は俺の手持ちの中で最大限頑張ってるし。ミスもしてるけど、点数的には割といけてると思うんだよね。でも、それだけじゃなくてさ。自分の荷台に商品を積んで、そうやって増えてくこととか。それで売ったらお金が増えたり、車を増やして隊商が大きくなって、とか。単純にさ、なんかそういうこと一つ一つが楽しいよね」
角くんの言葉に、わたしは自分の隊商を見る。最初は一台だった車は、気付けばもう五台になっている。そこに積まれた商品の木箱、二つもいらないと思った『古の武器』、それからここで手に入れた『瓶詰めの稲妻』。それだけ積まれても、荷台にはまだたくさんの余裕がある。
そうか、確かにこうやって隊商が大きくなるのは嬉しかった。そこに荷物が積まれて木箱が増えるのも、それを売れば今度はお金が増えるのも、嬉しかった。うまくいってなくても、その嬉しかったことがなくなるわけじゃない。だからもっと単純に、楽しいって言ってしまっても良いのかもしれない。
「それに今は、大須さんのおかげでこの不思議な景色も見れるわけだし……あ」
角くんが急に何かを思い付いたように、わたしの顔を覗き込んできた。
「『瓶詰めの稲妻』作ってるところ、見た?」
「あ」
稲妻を捕まえるあの光景を思い出して、わたしは角くんを見上げて、興奮が蘇るままに言葉を発した。
「見た! すごかった! すごい、綺麗で!」
「だよね! あれすごかったよね!」
その時、ちょうど近くの雲が光って、ばりばりっという音と共に稲妻が走っていった。その音のすごさに思わず目の前の角くんの上着を両手で掴んでしまった。二人で息を呑んで、その光を見詰める。それから、二人で笑い出した。
稲妻を手のひらに捕まえるあの光景も、こうやって一緒に見て笑いたかったな、と思い出す。
「あれ見た時、角くんが隣にいてくれたら良いのにって思ってた」
「え……」
角くんの言葉が、そのまま途切れてしまった。見上げると、角くんは視線を逸らして──
その視線を追いかけたら、そこに兄さんが立っていた。眼鏡の向こうの目を
兄さんが何か言う前に、角くんは次の行き先だけを告げて自分の車に乗り込んでしまった。次も角くんがガイド役だ。きっと角くんは『書簡』を届けることができるんだと思う。
兄さんはそれでも何か言いたそうにしていたけど、わたしを見下ろして変な顔をしていただけだった。何も言わないので、わたしもそのまま自分の車に乗り込んだ。
次の目的地は『魔術師の虚ろ』という駐留地だそうだ。名前だけではどんなところかわからない。面白いところだと良いな、と思いながら車に揺られて、長い吊り橋を渡る。
揺れる吊り橋の上から振り向けば、『天空門』は雲の塊みたいだ。あちこちで、光ったかと思えば稲妻が走るのが見える。荷台に積んでいる『瓶詰めの稲妻』の方を見て、不思議な所だったな、と思い返す。
次に向かう『魔術師の虚ろ』も山脈沿いにあるらしい。思えばずっと、山裾を辿って移動している。『魔術師の虚ろ』を過ぎたら、その次はもう『ドラゴンの都』だ。
隊商は山裾に広がる森の中に入った。生い茂る木々のせいで視界が悪い。それでも最初は鳥の鳴き声なんかが聞こえていたのだけど、ふと気付いたら変に静かになっていた。風の音で揺れる葉擦れの音にざわざわと囲まれる中、車輪の回る音や馬の
不意に、隊商の動きが止まった。前方で、叫び声のようなものが聞こえる。何があったのかと、体を固くした。隊商の先頭──角くんは大丈夫だろうか、それともゲームならそんなに酷いことにならないんだろうか。
護衛の人がやってきて「樹木這いずり」だと言った。車に積んだ荷物を狙うから車にいる方が危ないと、車の外に連れ出される。慌てて外に出て、道の端にいるように言われる。
護衛の人は、『血と骨の武器同盟』との契約で受け取った盾と『古の武器』を持って、頭上を警戒していた。その様子を見て、これが戦闘なんだと気付いた。
そして、同時に自分が何か握っていることにも気付いた。手のひらを開くと、そこにはサイコロがあった。普通のサイコロと違って、バツ印や『0』の出目がある。
そういえば、角くんが戦闘はサイコロを振るって言っていた気がする。今ここで、わたしがサイコロを振ったら、戦闘の結果が出るのかもしれない。そうは思ったのだけど、怖くて動けなかった。
頭上で大きな葉擦れの音がしたかと思うと、木の枝がしなって、そこからさっきまでわたしが乗っていた車の荷台に、黒っぽい影が飛び付いた。わたしと同じくらいの大きさの、蟻のような姿の生き物だ。
護衛の人が荷台に上がって、それに斬りかかる。護衛の人の刃を
表情のわからない、真っ黒い目をまっすぐに見てしまった。
サイコロを振らなくちゃ──サイコロを地面に投げつけるように、大きく手を
目の前のその生き物が、突然崩れ落ちる。その向こうにいたのは護衛の人。護衛の人は崩れ落ちる生き物から『古の武器』を抜く。そしてその生き物が持っていた木箱を体で受け止めて、地面に置き直した。
護衛の人に大丈夫かと声をかけられる。なんとか頷いて、わたしは差し出されたその手を取った。立ち上がろうとして、自分が震えていることに気付く。
足に力が入らなくて倒れそうになるのを、護衛の人がさっきの木箱のように体で受け止めて支えてくれた。頬に硬い鎧が当たる。
「大須さん!」
角くんの声に振り向く。きっとわたしを心配して駆け付けてくれた。その姿を見て、わたしはようやく緊張を解くことができた。
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