11-9 天空門 前編

 次の目的地は『天空門』という駐留地らしい。名前だけだと、どんな所なのか想像がつかない。

 向かう途中で、旅の交易人と行き合って取引をする。そういう『遭遇』イベントらしい。角くんと兄さんは持っていた金貨を全部使って積荷を増やしていた。

 特に角くんは久遠氷を七箱で金貨七枚という値段で手に入れていた。そんなに買ってどうするのかと思ったけど、どうやら売却するつもりらしい。

 兄さんは炎胡椒。三箱で金貨六枚。

 わたしは──困ってしまった。残りの取引は、露滴葉か飛空魚だ。買っても売っても良いらしい。露滴葉なら一箱金貨三枚で、飛空魚なら一箱金貨四枚。

 ここまでゲームを進めてきて、金貨三枚はそんなにお得な買い物じゃないというのはなんとなく感じていた。かといって、今のわたしの積荷は飛空魚が二箱だけだ。これを一箱金貨四枚で売ると、今度は積荷が綺麗に空っぽになってしまう。

 ゲーム的に、取引しないというのは選べないらしい。仕方なく、露滴葉を一箱だけ買った。こういう時に、順番が最後だと大変なんだな、と実感した。




 そうやって辿り着いたのは、空に浮かんだ島だった。島に向かって、大きな長い吊り橋が揺れている。それに、島の周囲にはたくさんの雲が渦巻いていて、時折光ったかと思うと、雷の音が響く。

 現実感の薄い景色にぽかんとしている間に到着してしまう。車を降りて見回せば、島は雲の上に浮いているみたいだった。


「古い技術なんだってさ。魔法の力で雲を繋ぎ止めて、それで浮いているらしいよ」


 角くんがそう説明してくれた時、近くの雲が光ったかと思うと、ばりばりっと音がした。びっくりして体をすくめてしまった。


「びっくりした。大須さん、大丈夫?」


 伸びて消える稲妻を見てから、角くんがわたしの方を見た。わたしはそれに頷きを返す。


「わたしもちょっとびっくりしただけ、大丈夫」


 角くんはわたしの言葉に安心したような顔をして、また話し出す。


「その魔法の力で『稲妻の瓶詰め』っていうのを作っていて、それがここの特産品」


 稲妻を本当に瓶に詰めているのだろうか。それとも、そういう名前の何か?

 気にはなったのだけど、すぐに商人ギルドに向かうことになって、聞きそびれてしまった。

 いつものように商人ギルドで『登録証』を確認してもらって、アルマナックの新しいページに『天空門』の情報を描き出してもらう。そうか、この不思議なインクも魔法なのかもしれない、なんて思う。

 それぞれに『取引許可証』も受け取って、アルマナックの情報を見ながら、わたしは兄さんにここでのルールを聞く。


「まず一つ目が、取引できる条件のルールだ」


 わたしは頷く。取引の内容はいくつも並んでいるけど、他の駐留地と同じで、きっと自由には取引できないんだろう。ここまできて、そのくらいは想像できるようになった。


「『天空門』の島は、真ん中に断層があって、右側と左側に別れている。この断層の右と左で、取引の数が揃うように取引していかないといけない」

「どういうこと?」


 兄さんはちょっと考えた後に、ページを指差した。


「例えばこの島は、断層の右と左でそれぞれ三種類の取引ができる。例えば最初に、誰かがこの右にある『隊商の拡張』の取引をしたとする。この状態で、さらに右の取引を選ぶことはできない。先に左の取引を選んで、右と左の数を同じにしたら、また右の取引ができる」

「右で取引をして、左の取引をして、もう一度左は大丈夫? それとも、そこは順番に右を選ばないと駄目?」

「右と左の数が同じ状態なら、どっちを選んでも良い」


 ページの情報を見て、頭の中で兄さんの話を整理する。取引できる島は三つ。一番小さな島は、今兄さんが説明に使った島。一番大きな島は、左右それぞれで七つずつの取引。もう一つは、左右それぞれで四つずつ取引ができる島。


「それって、自分だけじゃなくて、誰でもってこと?」

「そうだな。さっきの『隊商の拡張』をやったのがカドさんだとして、そうしたら次の俺はこの島の右側には置けない。それで俺がこの左側で取引をすれば、瑠々は今度はどちらでも好きな方に置ける」

「わかった……と、思う」


 説明だけでもややこしいけど、でも理解はできた気がする。わたしはなんとか頷いた。


「もう一つは、ここの特産品」

「『稲妻の瓶詰め』?」

「カドさん、話しました?」

「いえ、名前だけ」

「何に使うのかは知らないよ」


 角くんとわたしの言葉に、兄さんは頷いた。そのままページの上で指を動かす。


「この、大きな島の右側で二箇所。この島の右側で一箇所。取引できるのは全部で三箇所だな。三箱セットで金貨三枚で購入できる」

「三箱?」

「そう、三箱。それで普通の商品の一箱分……要するに、積荷のスペースを一箱分しか使わない」

「一箱分のスペースに三箱載せられるってこと?」

「そう。さらには、『稲妻の瓶詰め』はどの商品の代わりにもなる」


 わたしは首を傾ける。どういうことだろうか。わたしがわかってないのが兄さんにも伝わったのか、兄さんは説明を続けた。


「この先、例えば『炎胡椒』が必要なタイミングで『炎胡椒』を持ってなくても『稲妻の瓶詰め』があれば、それを代わりに使うことができる」

「『稲妻の瓶詰め』は、一箱で良いの?」

「そうだ、『稲妻の瓶詰め』一箱で、他の商品一箱分の価値。それを三箱、一箱分のスペースに載せられる。それが金貨たったの三枚だぞ」


 わたしは正直、まだあまりぴんときていなかった。どの商品の代わりにもなるっていうのは、確かに便利そうだなとは思うけど。


「買っておいた方が良いよ。『ドラゴンの都』でそれを持ってるかどうかで、最終的な点数が変わるくらい大事」


 角くんに言われて、そんなものかと頷いた。話を聞くだけだと、なんだかよくわからないままだ。


「これも先にアドバイスだけしておくけど、もし『稲妻の瓶詰め』を買ったら『ドラゴンの都』まで使わずに持っておいた方が良いよ」

「使わないで持っておくの?」

「その方が、価値が高くなるから」


 その言葉もあまりぴんと来なくて、結局頷くしかできなかったのだけど、兄さんがなんだか呆れたような声を出した。


「カドさん、アドバイスしすぎじゃないですか」

「だって、わからないで差がついちゃうのは良くないじゃないですか。それに……別行動になったらその場でサポートができなくなるし」


 角くんが、不安そうな視線をわたしに向けてくる。さっき『坑道』で、ほとんど一緒にいられなかったから、そのことを気にしてくれているのかもしれない。


「ありがとう。でも、『坑道』でも一人で考えられたし、多分大丈夫、だと思う。頑張ってみる……その、自信はあまりないけど」


 言いながら、どんどん声が小さくなってしまった。それとともに顔も俯いていってしまう。慌てたような角くんの声が降ってきた。


「あ、いや、ええっと……大須さんは、頑張ってると思うよ。でも、その……」


 そっと見上げたら、角くんが顔を覗き込んできた。思いがけず真面目な表情で、不安そうな視線で。


「大須さん、ちゃんと楽しめてる?」


 その言葉に、わたしは頷くことができなかった。何か言わなくちゃと思って、顔を俯けて考えていたけど、良い言葉は出てこなくて、ようやく小さな声で「大丈夫」とだけ言うことができた。

 角くんは、それ以上何も言わなかった。




 順番は角くんから。角くんは悩みもせずに『契約の締結』の取引をした。『稲妻の瓶詰め』は三箇所あるけど『契約の締結』は一箇所しかないかららしい。

 全員、まだ達成していない『契約書』を持っている。大丈夫だろうかと不安になって確認したら、『契約の達成』は三箇所あった。達成しそびれることはなさそうだと安心する。

 次の兄さんは『炎胡椒の売却』の取引。一箱金貨六枚で、二箱を売る。二箱残しているのは『契約の達成』に必要なのかもしれない。

 そして、兄さんが『売却』をしたことで、わたしのところにも金貨一枚が届けられた。さっき『坑道』で達成した大隊商隣人同盟との契約の報酬だった。自分では何もしていないし、一枚だけではあるのだけど、増えるのは嬉しい。


 そしてわたしの番。ちょっと考えて『稲妻の瓶詰め』を買いに行った。角くんも兄さんもあそこまで言っていたんだから、きっと必要なはず。

 そう思って島を渡る。島と島を繋ぐのは、雲だった。最初は本当に渡れるのかと怖かったけど、落ちないとわかれば少し楽しい。『天空門』で取引に制限があるのも、この雲を繫ぎ止める魔法を維持するためなのだと聞いた。

 そして訪れた場所では、雲の中を走る稲妻を捕まえて瓶に詰めている人たちがいた。その技術も、この『天空門』にずっと昔から伝わる魔法なのだという。

 明滅する雲の隙間からこちらへ伸びてくる光の尻尾に向かって、開いた手を差し伸べている人がいる。その手の上に吸い込まれるように走った稲妻は、手のひらの上でくるりと丸くなった。見えない何かに閉じ込められたように。

 手のひらの上から抜け出そうともがいて暴れる稲妻。その人は反対の手でなだめるように撫でる。ふうっと息を吹きかけて、稲妻が大人しくなったところで、口の細いガラス瓶の中にするりと流し込んで、そのまま蓋をしてしまった。

 緑色のガラス瓶の中で、稲妻が走って、消えて、また弾けてを繰り返している。その度に、ガラス瓶が明るく光り、また暗くなって、と明滅する様子も綺麗だった。

 こんな不思議で綺麗な光景、ずっと見ていられる。

 そうやって出来上がった『稲妻の瓶詰め』が丁寧に箱詰めされる様子を眺めてから、わたしは『取引許可証』と金貨三枚を出して、それが欲しいのだと伝えた。取引は無事に終わって、『稲妻の瓶詰め』が三箱、わたしの車に運ばれた。

 不思議なものを見た興奮で、落ち着かない。この気持ちを誰かに共有したい。今ここに角くんがいたら一緒にはしゃげたのに、と思う。角くんは大きい島の方に行っている。


 どこかですれ違えるかな。すれ違ったら話そう。そう思っていたのに、『天空門』での取引が全部終わるまで、角くんとすれ違いすらしなかった。兄さんとも。

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