11-6 雲の修道会 後編
取引はガイド役の兄さんから。兄さんは迷う様子もなく、建物の左手奥にある『隊商の拡張』の取引をする。
この駐留地で購入できる車は、金貨四枚と久遠氷と炎胡椒で名声が五点の二番。
それと、金貨六枚と飛空魚二箱で名声が七点の五番と六番の二台。
どの車も、荷箱を二箱積めるし『取引許可証』も一つ付いてくる。戦力が二増えるというのは、つまり道中一緒に来てくれる人が二人増えるということだろうか。
兄さんは六番の車を選んだ。そういえば、兄さんはここまでの道中で飛空魚を二箱手に入れていたんだった。ちょうど良かった、ということかもしれない。
そんなことを考えていて、飛空魚の金色の羽根がふわふわと舞っていた光景を思い出してしまった。直後ほど動揺はしていないけど、思い出すとまだ恥ずかしい。
兄さんの次はわたしの番だから、何をするか考えなくちゃ。迂闊に取引をしたら後が大変になりそうだから、ちゃんと先のことまで考えなくちゃいけないのに。
考えがうまくまとまらなくなってしまって、アルマナックのページを見て溜息をつく。
「今度は何を悩んでるの?」
隣に立った角くんが、わたしの手元を覗き込んでくる。視線を上げたら思いがけず近くに角くんの顔があって、ページを見る振りをしてわたしはまた俯いた。
「隣のスペースの取引ができないっていうのが……考えるのが難しくて」
「やりたいことは決まってる?」
角くんはいつも通りに穏やかな声でそう言った。
そう、いつもと同じ。それにこれはゲームの中のこと。心の中でそう唱えて、口を開く。まだ顔は上げられなかったけど。
「なんとなくだけど」
「うん」
角くんの相槌の声に促されて、ゆっくりと自分の考えを話す。
「行動回数を増やすのが良いんだよね。だから『隊商の拡張』をすると良いんだろうなって思ってる。それから、契約のことも考えた方が良いのかなって。本当は、お金も欲しいなって思ってたんだけど、それはさっき手に入ったから」
そこで、金色の羽根が角くんの髪に絡んでいたことを思い出して言葉を止めてしまった。慌てて継ぎ足す。
「今は大丈夫そう」
「そこまで考えてるなら、大丈夫じゃないかな」
角くんは不自然に思わなかっただろうか。それとも、気付いてて何も言わないでいてくれるのか。
何事もなかったかのように、角くんの指がページの上に置かれる。建物の左上の『隊商の拡張』のスペースは、さっき兄さんが取引したところ。そこから指を右に動かして、右の一番端っこ。そこが、もう一つの『隊商の拡張』のスペース。
「ここは、隣のスペースがこの『書簡』一つしかないから、そんなに困らないと思うよ。それに『隊商の拡張』はさっきいかさんが取引したところと、ここの二箇所だけだから……大須さんがここを選ばないなら、俺が先にここで取引しちゃうかもね」
それとも、角くんはもうすっかりいつもと同じなんだろうか。
そんなことを考えてから、慌てて頭をゲームの方に戻す。今は次の行動を決めなくちゃいけない。
「角くんもやっぱり『隊商の拡張』をしたい?」
「それは秘密。だからこれは可能性の話。俺もちょうど金貨が手に入ったし飛空魚も三箱持っているし、だから『隊商の拡張』はできちゃう。だから、するかもしれないし、しないかもしれない。その上で考えるのは大須さん」
角くんの言葉を聞きながら、やっぱり『隊商の拡張』をしようと考える。それで今度はどちらの車にするかで、また悩んでしまった。でも、こうやって悩んでいる方が、余計なことを思い出さなくて済む。
わたしが今持っている商品は、炎胡椒が一箱と久遠氷が二箱、それから飛空魚が二箱だ。これは大隊商隣人同盟との『契約書』の「久遠氷が二箱、炎胡椒と飛空魚が一箱ずつ」という依頼のために集めたもの。二番の車と五番の車、どちらを選んだとしても『契約の達成』はできなくなる。
「単純に安い方を選ばないのは、契約に必要な商品が関係してるとか?」
角くんに悩みを言い当てられて、でも契約の内容は秘密だからどう反応して良いかわからない。
「それは……相談しても良いの?」
「あーそっか、契約の内容に関わることだし、答えなくても構わないけど。そうだな、じゃあヒントだけ。『隊商の拡張』で商品を手放した後、足りなくなる商品はいくつで、それはすぐに手に入るのか、仕入れ直すとして何回取引が必要になりそうか、考えると良いと思うよ」
角くんの言葉に、試しに二番の車を選んだ後のことを考えてみる。久遠氷を一箱と炎胡椒を一箱手放すことになる。そうすると、契約を達成するための商品が二つも足りなくなる。それに『雲の修道会』で久遠氷と炎胡椒を一度に仕入れることができるのは一箇所だけ。そこで取引ができなければ、久遠氷と炎胡椒を別の取引で仕入れることになる。
じゃあ、五番の車はどうだろう。飛空魚を二箱手放したとして、大隊商隣人同盟との契約には後飛空魚が一箱あれば良い。『雲の修道会』では飛空魚を仕入れることができるスペースは多い。五箇所もある。その中のどこか一つで取引ができれば『契約の達成』ができるってことだ。
「どうするか、決まった?」
角くんの言葉に頷いて、そっと隣を見上げる。角くんの顔がさっきよりも遠くなっていてほっとする。角くんもわたしを見下ろして、ほっとしたように微笑んだ。
「『隊商の拡張』に行ってくる」
わたしが自分の行動を宣言すると、角くんは小さく頷いた。けれどいつもみたいに「良いと思うよ」とは言ってくれない。それはきっと角くんもプレイヤーだからだと思う。
角くんはずっとわたしのサポートをしてくれているけど、ちゃんとプレイヤーとして楽しめているだろうか。
ゲームが始まってから、ずっとわたしのことを気にかけてくれている。飛空魚との『遭遇』のときだって、角くんはわたしを心配して来てくれたってことだ。今だってこうして自分のことは後回しでわたしの相談に乗ってくれている。
角くんに頼ったままで良いのかな、とちらりと考えて、わたしはアルマナックを閉じた。
わたしは『隊商の拡張』をして、金貨六枚と飛空魚を二箱支払って、新しい車を手に入れる。新しい『取引許可証』も増えた。
その次の順番では、飛空魚を二箱仕入れた。商品を三つ仕入れることができる場所にしようかと迷ったのだけれど、そういう取引は『契約の達成』の隣のスペースだったりして選びにくい。
それで、その次には『契約の達成』ができると思っていたのだけれど、角くんと兄さんが次々と『契約の達成』をしてしまった。『契約の達成』ができるスペースは二つしかないから、わたしはもう『雲の修道会』では『契約の達成』ができない。
何をすれば良いのかわからなくなって、端っこの方にあるスペースで『露滴葉と飛空魚の仕入れ』をした。次の取引の邪魔にならなさそうなところを選んだつもりだったけど、これは失敗だったと自分でも思った。
二つある契約に必要な商品はだいぶ偏っていて、一つは今目指している「久遠氷が二箱、炎胡椒と飛空魚が一箱ずつ」だし、もう一つは「炎胡椒が二箱、久遠氷と飛空魚が一箱ずつ」だ。露滴葉は使わない。
わたしの次に角くんが『書簡』を受け取って、その後に兄さんが『久遠氷と飛空魚と炎胡椒の仕入れ』の取引をした時にようやく、その取引の方が良かったんじゃないかって気付いたのだった。
今必要なのは、久遠氷か炎胡椒。飛空魚は二箱あるからもう不要だし、露滴葉も今は使い道がない。でもそうか、どこかで商品を売ってお金にしないといけないんだ。
この『雲の修道会』では、露滴葉を売却できるスペースはない。売却できるのは久遠氷で、それなら一箱金貨四枚になる。久遠氷は二箱持っているから売ってしまう? でも、ようやく契約が達成できそうなのに。
溜息をつく。やろうと思っていたことができなくなって混乱している気がした。
角くんがバッグの中に『書簡』をしまっているのを見て、わたしもその依頼を受けようかと少しだけ考える。でもすぐに駄目だと思ってしまう。
わたしが『書簡』を届けることになったら、同じように『書簡』を届けたい角くんと競わないといけない。勝てる気がしないから、きっとわたしは報酬の金貨十二枚を受け取れないと思う。
そんなふうに散々悩んだ結果は、『露滴葉二箱と久遠氷一箱の仕入れ』。取引できるスペースが限られてきたた中で、せめて久遠氷を手に入れようと思ってのことだった。
角くんも同じように商品を仕入れて、みんな四回目の取引が終わって、最後にわたしだけ五回目の取引ができる。けれど、わたしの車はもう商品でいっぱいだった。
三台の車に載せることができる荷箱は全部で十一箱。そこに十箱の荷箱が載ってしまってる。
「荷台に載せられなかった商品は、ただ捨てるだけになるよ。荷箱の入れ替えは自由だから、先に載せていた商品を捨てて新しい商品を載せても良いけど。それに『炎胡椒一箱』だけを仕入れる場所もあるし、そこなら商品を捨てなくて済むね」
角くんがアルマナックのページを指差して教えてくれる。確かに契約に炎胡椒を使うから、「炎胡椒一箱」だけを仕入れるのは悪くないように見えるけど──悩んでふと、これまで選んでこなかった取引が目に入る。
まだ角くんに頼っても良いだろうか。そう思いながら角くんに聞いてみる。
「この『商店』って何ができるんだっけ?」
わたしの質問に、角くんは嫌な顔もせずにいつもみたいに答えてくれた。
「ここは『好きな商品を一箱手に入れる』『商品を一種類、金貨三枚で換金できる』『護衛を一人雇う』のどれかができる。『商品の売却』もできなくて捨てるくらいなら、ここで換金するのもありだね」
「『護衛』って何?」
「『護衛』は、文字通り護衛。戦力が二あるし、名声も一点分持ってる。でも、名声の効率としてはあまりよくはない、かも」
もしかしたら、不要な露滴葉を売ってしまえば良いのかもしれない。でも『護衛』という言葉を聞いて、わたしはなんだか急に道中が不安になってしまった。
「そういえば、戦力ってどのくらいあれば良いものなの? その、戦わないといけなくなったとしたら」
その不安が表情に出てしまったらしい。角くんは安心させるように微笑んだ。
「『ドラゴンの都』に近付くほど危険になる。目安としては、この次の『遭遇』イベントなら四か五くらいあれば大丈夫だったはず。大須さんは、今は戦力が四あるから、そんなに心配しなくても平気だと思うけど」
「最終的にはどのくらい?」
「確か、最大がドラゴンで十一……でも、出会うとは限らないし、大抵は何にも出会わなくて戦力が無駄になる方が多いんだよね」
角くんの口振りからすると、どうやら『護衛』はあまりおすすめできない選択なのかもしれない。
でも、荷台の余裕がなくなるのもなんとなく不安だし、かといって売ってしまうのも不安だった。だって、次の駐留地で『隊商の拡張』にどの商品が必要になるかわからない。
そう考えると『護衛』を雇うのは悪くないんじゃないだろうか、という気がしてしまった。
角くんは、わたしの選択にそれ以上は何も言わないでくれた。その困ったような顔をちらりと見て、やっぱりもっと一人で頑張らないと、と思った。
次のガイド役は角くんだった。角くんはこのまま山沿いを進むことに決めたらしい。そうやって進んだ先には『坑道』と呼ばれる駐留地があって、次の目的地はそこだ。
出発の前に、商人ギルドから人夫の人が派遣されてくる。角くんのところには二人、兄さんのところには三人、わたしのところには四人。わたしのところにはさらに『護衛』の人もきた。
人夫の人たちとは違って、軽装とはいえ胸当てだとかの鎧らしきものを身に付けている。戦うための人という雰囲気だ。それに、角くんよりもさらに背が高い。向き合うのは少し緊張したけど、穏やかに挨拶をしてくれて、ほっとする。
そして今度は角くんの隊商を先頭に、わたしたちは『雲の修道会』を出発した。
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