11-4 辺境の村 後編

 このゲームでは、金貨一枚と名声一点の価値は同じ。だとすると、七金貨で名声が十三点と、四金貨で名声が十点のどちらも、名声が六点分増えるのは変わらない。だったら、使い道の多い金貨として手元に残っている方が良い。

 角くんに説明されて、わたしは納得して頷いた。それで、十二番の車を手に入れるために、紫のギルド小屋の『久遠氷と露滴葉の仕入れ』の取引を選んだ。

 わたしはもう紫のギルド小屋の取引は選べなくなるから、本当にここで大丈夫かと不安な気持ちはある。『隊商の拡張』ができるのは、紫のギルド小屋とオレンジのギルド小屋だけだから。けど、順番が一周して戻ってくるまでにオレンジのギルド小屋の『隊商の拡張』は埋まらないから大丈夫。角くんにそう言われて、頷いた。

 紫のギルド小屋に入って、中にいた人に『取引許可証』を一枚渡して『久遠氷と露滴葉の仕入れ』がしたいことを告げる。小屋にいた人が二人、それぞれに木箱を持って車まで運んでくれる。赤い旗が下がった車まで歩いて行って、その荷台に二箱の木箱が積まれた。

 青い氷のマークが書かれた木箱と、緑の葉っぱのマークが書かれた木箱。わたしの初めての商品だ。少しだけ、誇らしい気持ちになる。


 角くんはさっき自分で「長考しない」と宣言した通り、わたしの取引が終わったら迷うこともなくさっとオレンジのギルド小屋に入っていった。角くんの黒い旗が下がった車に積み込まれたのは、久遠氷と飛空魚の木箱だった。角くんもどうやら『隊商の拡張』をするつもりらしい。

 兄さんは「まあ、今回は無理だよな、拡張」なんて言いながら、赤いギルド小屋に入っていった。兄さんの車に積み込まれたのは、露滴葉が二箱と飛空魚が一箱。


 次の順番で、さっき積んだばかりの木箱をまた運んでもらって、財布から金貨四枚を支払って、わたしは車を一台手に入れた。『商人ギルド登録証』というのを渡して、何やら確認をされて、新しく別の書類にサインをして、そうしたら戻ってきた『商人ギルド登録証』と共に『取引許可証』が一枚増えた。運べる木箱の数も増えた。

 車が増えて、大きくなったと実感できた。それは嬉しい気持ちになるものだった。

 角くんも同じように『隊商の拡張』をしていた。新しい車に寄りかかってアルマナックを眺めている角くんに近づいて、そっと隣に立つ。角くんがアルマナックから顔を上げて、微笑んで首を傾けた。

 わたしはさっき新しく手に入れた『取引許可証』を持ち上げてみせる。


「この、新しくもらった方の『取引許可証』って、もうすぐに使えるの?」


 わたしの質問に、角くんはアルマナックを閉じて頷いた。


「ああ、うん。もうこの『辺境の村』ですぐに使えるよ。だから、この駐留地で、大須さんと俺は四回行動できる。いかさんだけ三回のまま」

「そうなんだ……じゃあ、やっぱり行動回数が増えるのって、すごいんだね」

「そう、手数が増えるって単純だけど強いんだよ。少ない人よりも、それだけたくさん行動できるってことだから」


 頷いて、わたしは自分の『取引許可証』を見た。次の行動はまだ決まってない。角くんが、わたしが持っている『取引許可証』を覗き込む。


「増やせるのは、最大で六までだからね」

「六……今は四回行動できるようになったから、後二回増やせるってこと?」

「そう。状況次第ではあるけど、早めに最大まで増やしておいた方が有利なのは確か。そのためには、金貨と商品が必要。どの商品が必要かは、次の駐留地に行ってみないとわからないけどね」


 お金がないと『隊商の拡張』はできない。わたしの残りの所持金は金貨六枚だ。次の駐留地に並んだ車が金貨七枚以上だともう購入できないから、どこかでお金を手に入れる必要がある。

 お金はどうやって増やすんだっけ。そこまで考えて、わたしは溜息をつく。


「なんだか、やることが多くて。このゲーム、わたしには難しいかも」

「あまり難しく考えなくても大丈夫。一回一回でできることは少ないから、その時々でできることをやっていけば良いよ。俺もできるだけサポートはするし」

「角くんは、でも……」


 自分のことに集中したかったりしないのだろうか。わたしが考え込んで悩んでいる間、それを待っている間、何を思ってるんだろう。

 そう思って角くんを見上げたけど、優しげに微笑むのを見たら、何も言えなかった。


「何?」

「なんでもない。一人だとうまく考えられないと思うから、教えてもらえたら、助かる」

「それはもちろん。でも、それだけじゃなくてさ」


 何を考えたのか、角くんがふふっと笑う。


「せっかくだから、楽しい旅になると良いよね」


 角くんはそう言って顔を上げると、どこまでも続くように見える山並みを追いかけて遠くを見た。青い空の下に続く、山の稜線。鳥の影。遠くを流れる白い雲。

 そうか、この『辺境の村』でゲームは終わりじゃない。ここからもっと遠くまで、そうやって『ドラゴンの都』まで旅をするんだ。


「先のことを考えるのは難しいと思うけど、でもそういうのも楽しいと思うんだよね」


 角くんは本当に、なんでも楽しめてしまうんじゃないかって思う。わたしは少しだけ力を抜いて、角くんを見上げて頷いた。




 その後、兄さんがオレンジのギルド小屋で久遠氷を二箱仕入れた。青いギルド小屋だったら、久遠氷二箱と炎胡椒一箱が一度に仕入れられるのに。そう思っていたら、角くんが「多分『契約の達成』をするつもりなんだと思う」って言った。『契約の達成』は青いギルド小屋でしか取引ができないから、ということらしい。

 角くんの言った通り、兄さんは三回目の順番で青いギルド小屋に入って、『契約の達成』をした。久遠氷供給ギルドとの契約で、兄さんはこれ以降、新しい駐留地に到着した時に久遠氷を一箱受け取ることができるらしい。

 契約の報酬にはこういうものもあるのか。そう思って、自分の契約書を見る。正直、自分の契約の報酬がどのくらい役に立つものなのかがわからない。でも「他のいずれかの商人が商品の売却取引をおこなった際、依頼主は契約者へ金貨壱枚の支払いを行う」というのは、お金が増えるってことだろうから、きっと便利なんじゃないかと思っている。


 わたしと角くんは、残りの取引では商品を仕入れて終わった。




 水晶玉のような、不思議な方位磁石──ガイドマーカーを商人ギルドに返却する。それから、いくらでガイドマーカーを借りたいか、その金額を商人ギルドに渡す。こうやって、一番高い支払いをした人が、ガイドマーカーを借りることができる。

 それ以外の人のところには、金貨はそのまま戻ってくる。それだけじゃなくて、ガイドマーカーを借りることになった人のところにも、金貨は一部戻ってくる。実際に支払うのは、ギルドに支払った金額の中で一番安い値段分。なので、残りは戻ってくることになるらしい。

 わたしと角くんは『隊商の拡張』を行なっているから、手持ちのお金が減っている。角くんはもともと金貨十二枚のところを七枚支払っているから残りは五枚。対して兄さんは、元から持っていた十四枚がそのまま残っている。

 だから、金貨七枚を渡していた兄さんがガイド役になった。角くんはそれでも、商人ギルドに持っていた金貨五枚全部を渡していたから、兄さんのところに戻ってきたのは金貨二枚。


「さすがに、次では『隊商の拡張』しないと。ここでスタートプレイヤー取っておかないとヤバいだろ」


 そう言って、兄さんが次の行き先を選ぶ。

 地図を右に──山脈に沿って移動すると『雲の修道会』という駐留地。地図を下に──川を下れば『剃刀嘴かみそりくちばしの峡谷』だ。兄さんは地図を見て少しだけ考えてから、『雲の修道会』に行くことを選んだ。

 兄さんの手のひらの上で、水晶玉がぼんやりと光る。そして、進む道を照らした。




 出発のタイミングになって、商人ギルドから馬と人がやってきた。馬は車を引くため。人は荷物を運んだり、守ったりするのだという。


「隊商の車に『戦力』って項目があって、多分その表現じゃないかな」


 角くんの言葉に首を傾ける。


「『戦力』って……何かと戦うってこと?」

「旅だからね。旅の途中で『遭遇』イベントっていうのがあって、場合によってはそういう危険があるかもって感じかな。『戦力』関係ない平和なイベントの方が多いんだけどね」

「そんなことがあるなんて、聞いてないよ、わたし」


 最初の『商人ギルド登録証』には「人夫(戦力壱相当)一人」と書かれていた。兄さんのところには一人。わたしと角くんは『隊商の拡張』で買った車にも「人夫(戦力壱相当)一人」が付いてくることになっていて、二人の人夫さんがやってきた。


「そんなに怖いことはないと思うよ。ちょっとしたイベントだし。それに、道中に何が起こるかはランダムだから、最後まで戦闘は発生しないことも結構あるよ」


 わたしを慰めるように、角くんが言う。


「何と戦うの?」

「んー……盗賊とかモンスターとか? ドラゴン街道って名前の通りに、ドラゴンもいるけど」

「ドラゴンって、ひょっとしてすごく強いんじゃない?」

「大丈夫、ドラゴンが出てくることは滅多にないから」


 それの何が大丈夫なんだろうか。ドラゴンは出てくるかもしれないし、ドラゴン以外だっているかもしれないってことじゃないだろうか。

 この先の旅が急に怖くなって、角くんを見上げる。角くんが口を開いて何か言いかけた時、兄さんの声が響いた。


「出発するぞ」


 自分の車から体を乗り出して、こちらを見ていた。ガイド役の兄さんが先頭。次はわたしで、最後が角くん。


「そんなに悪いことばっかりじゃないから、大丈夫だよ」


 わたしが車に乗り込むのを見守って、最後に角くんは車の上のわたしを見上げて、そう言った。他にどうしようもないから、わたしは渋々と頷いた。

 一緒に旅をするなら、せめて同じ車で旅ができたら良いのに。怖いことが起こったらどうしよう。動き出した車の中でそんなことを思いながら、わたしは大きなクッションに寄りかかって、手近にあった小さなクッションを抱きかかえた。




 車がゆるやかに山を登ってゆく中で、鳥の羽音のようなものが聞こえてきた。強い風が吹いていたから、きっと葉が叩かれる音だろうと思っていたけれど、だんだん大きくなる音にみんな空を見上げる。空を飛ぶ生き物の群れだった。たくさんの羽音が重なって、煙のように揺らめきながらこちらにやってくる。

 馬の足が止まる。外で誰かが「飛空魚だ!」と叫ぶのが聞こえた。車の中にいた方が良いのか、出た方が良いのかもわからない。外を見ると、商人ギルドから派遣されてきた人夫の人たちが、何か言い合いながら駆けてゆくのが見えた。

 戦闘というのが始まるのだろうかと怯えていたら、角くんが乗り込んできた。自分の車を降りて、走ってきてくれたらしい。


「戦いじゃないから、大丈夫。でも」


 肩で息をする角くんが言い終わるよりも前に、何かが車の屋根に当たる。屋根の布が大きくはためいて、わたしは短く叫んで頭を覆った。

 鳥のようなそれが次々と車の上を通り過ぎ、時には車にぶつかり、なんなら車の中を通り抜けようとしてすぐ近くを羽ばたきが通ってゆく。何が起こっているのかわからなくて、怖くて動けない。

 そうやってすくんでいる間に、靴を脱ぎ捨てた角くんが隣にやってきた。そのままわたしは体を押されて、クッションに沈み込む。角くんの着ていた黒い上着に視界が覆われる。

 体温が、近い。角くんの呼吸の音が、すぐ近くで聞こえる。


 やがて静かになって、視界に光が差し込んでくる。視界の端っこで、はらはらと金色の羽根が舞っている。わたしの上で体を起こした角くんの黒い髪に、その金色の羽根が絡んでいた。

 わたしを見下ろす角くんの頭から、体から、金色の羽根が舞い落ちる。

 目が合って、距離の近さに息を呑む。自分が角くんの上着にしがみついていたことに気付いて、手を離す。それ以上、角くんのことを見ていられなくて、わたしは体を横に向けてクッションに顔を埋めた。何も言えないまま、クッションにしがみついてぎゅっと丸くなる。

 角くんはすぐにわたしの上からどいてくれたけど、わたしはしばらくそのまま顔を上げられなかった。

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