11-2 ドラゴン街道 後編

「このゲームは商人になって、ドラゴン街道を『辺境の村』から『ドラゴンの都』まで旅するゲームだ。旅をしながら、商品を仕入れて売って、自分の隊商を大きくして、お金と名声を稼ぐ」


 わたしたちは、マントのような大きな上着の内側に肩掛けのバッグを持っていた。みんなでその中のものを取り出して目の前に並べたり重ねて置いたりする。その合間に、兄さんがそんな説明をしてくれた。


「大須さんのバッグにもある? これがドラゴン街道の地図だよ」


 角くんが、バッグから取り出した紙を見せてくれる。ごわごわとした紙質の大きな地図。わたしも自分のバッグの中から同じものを探し出して、広げてみる。

 地図の上部は山だ。そこから流れる川。湖もあって、そこからも川が流れ出している。地図の左下は多分砂漠。右側には森。川は上から下に、流れ着いた先は海。そして島。そんな絵の上に、あっちこっちへと絡むように入り乱れてたくさんの線が引かれている。


「地図の左上が今いる所で『辺境の村』。右下が『ドラゴンの都』」


 角くんの言葉に、この線はきっと道だと気付いた。丸いテントのような建物が並ぶ左上から、いっぱい分岐をしてあちこちを巡るけど、どのルートでも最後には右下に辿り着く。四角い建物が並んだ港町のような絵がきっと『ドラゴンの都』だ。

 わたしたちは商人なのか。それで、この車に乗ってこの場所を旅するんだ。後ろの荷台──今は空っぽのその場所に、商品を載せてこの景色の中をゆく。

 なんとなくイメージができて、わたしは兄さんの言葉に頷いた。


「自分の手番になったら、自分の手持ちの駒を一つ、行きたい場所に置く。置くと、その置いた場所のアクションが実行できる」

「どういうこと?」


 兄さんが、バッグの中から大きな本を取り出して、それをさっき取り出した地図の上に置く。兄さんの言葉がぴんとこなくて、わたしは角くんの方を見る。

 角くんも同じ本を取り出して、その本を手にしたまま、ちょっと困ったように兄さんとわたしを見比べた。兄さんが小さく頷いて、角くんはようやく口を開く。


「例えば、特定の商品を三つ仕入れることができるマスがある。そこに自分の駒を置いたら、その商品を獲得する。あるいは、特定の商品をいくらで売れるってマスに置いたら、その商品をその値段で売却できる」

「商品が欲しかったらその仕入れのマスに置いて、商品を売りたかったら商品を売るマスに置くってこと?」

「そういう理解で大丈夫。まあ、今回の場合、駒を置くんじゃなくて直接行くことになるんじゃないかって思うけど」

「多分、わかった」


 わたしが頷くと、角くんはほっとした顔になって、持っていた本を目の前に置いた。それで、兄さんが説明を再開する。


「基本的に、やることはそれだけ。スタートプレイヤー……このゲームだと『ガイド』って名前だけど、そこから順番に実行したいアクションのマスにワーカー駒を一つずつ置いて、手持ちの駒がなくなるまで繰り返す。他の駒が置かれたマスにはもう置けない」

「それって早い者勝ちってこと?」

「そうだな。だから、次の自分の手番まで実行したいアクションが残っていないかもしれないってことだ」


 早い者勝ちのゲームというのはよく見るから、なんとなくわかる。わたしが頷くと、兄さんは指を三本立てて言葉を続けた。


「駒は最初は三つだけだけど、隊商を拡張することで六つまで増やせる。今は多分この『取引許可証』っていうのが、ワーカー駒の代わりだな。三枚ある」


 兄さんはそう言って、紙の束を持ち上げて軽く揺らした。

 自分がバッグから出した中から、それらしき紙を探して見てみる。確かに『取引許可証』と書かれていた。


「こっちの『商人ギルド登録証』はこの車を使用できるようにするためのものだから、きっとこれが隊商カードの代わりだな。隊商の規模に応じて『取引許可証』を追加で発行すると書いてある」


 兄さんの説明を聞いても、それをどうやって使うのかがわからないので、わたしはただ瞬きをしてその紙の束を眺める。わたしの反応を気にもせずに、兄さんは説明の言葉を続ける。


「で、そうやって『ドラゴンの都』まで旅をする。スタート地点の『辺境の村』とゴールである『ドラゴンの都』を含めて、全部で六ヶ所の駐留地を巡ることになる。最後に『ドラゴンの都』での商売を終えて、その時点でお金と名声の合計が一番多いプレイヤーの勝利」

「お金っていうのは、商品を売ったりしたら手に入るんだよね」

おおむねそうだな」

「じゃあ、もう一つの名声っていうのは?」


 兄さんは少し眉を寄せると、首に巻き付けていた襟を解いた。


「商人としての名声で、他のゲームで言うところの勝利点だ」

「え、よくわからないんだけど」


 兄さんは苛立ったように、解いた襟の端っこをぐるりと振り回した。銀の糸がきらきらと輝く。


「あー……」


 ずっと黙っていた角くんが声を出して、それから兄さんの方をちらりと見た。兄さんは振り回していた襟を手放して、角くんに向けて上向きの手のひらを差し出した。何かを譲るような動作。

 それを見た角くんが、改めてわたしの方を向いた。


「お金を儲けるだけじゃなくて、立派な商人になることも必要なんだよ」

「立派な商人って、どういうこと?」

「例えば、隊商を大きくすること。今はこの車一台だけど、車を増やして大きな隊商を作ることができる。そうやって隊商が大きくなると、名声点がもらえる」

「車が増えると点数も増えるんだ」

「点数のためだけってわけじゃないけどね。車が増えたら運べる荷物が増えたり、ワーカー……今は『取引許可証』、つまり行動回数が増えるから」


 車が増えたらその分運べる荷物も増える。できることも増える。それが点数になるってことか。わたしは納得して頷いた。

 角くんも穏やかに頷いて、それから兄さんの方を見て上向きの手のひらを差し出した。さっき譲られたものを返すような仕草。


「他にも名声を得る方法はあるんだけど、最初に知っておいた方が良いのは『契約』だな。多分荷物の中に『契約書』が二枚入ってるはずだ」


 兄さんは、自分の前に重ねて置いてある紙を指先でとんとんと突いた。わたしは自分のバッグに入っていた紙の束を一枚一枚めくって、その『契約書』を二枚、見付け出した。


「中身は口に出すな。見せるのも駄目だ。契約の内容は達成するまでは非公開情報だから、自分でだけ確認しろ」


 わたしは慌てて、契約書の紙を立てて角くんや兄さんから見えないように持つ。


 ────────

 契約書


 契約者は依頼主の求めに応じ、以下の物品を調達し提供することを約束する。

 炎胡椒 ×弐箱

 久遠氷 ×壱箱

 飛空魚 ×壱箱

     計四箱


 この契約が達成された場合、契約の達成以降、依頼主は契約者が持つ全ての護衛に対して、武器(戦力壱相当)を提供することを約束する。


 この契約は、名声弐拾七相当とする。この契約の達成、未達成に関わらず、依頼主は商人ギルドにその結果を報告する義務を負う。


 依頼主:血と骨の武器同盟

 契約者:大須瑠々

 ────────


 契約者の欄に「大須瑠々」とわたしの名前が書かれている。身に覚えはないけど、そのサインは確かに自分の字だった。


「契約で決められた商品を集めたら達成できる。達成すると、契約ごとに決められた報酬がもらえる」


 契約書の文字を追いかけながら、兄さんの言葉を聞く。集める商品というのは、この「炎胡椒」とか「久遠氷」というものだと思う。報酬というのは、その下に書かれた「武器(戦力壱相当)を提供する」というものだろうか。


「さらに、達成した契約はゲーム終了時に名声点になる。ただし、ゲーム終了まで達成できなかった契約は、その名声の分だけマイナス点だ」

「二枚あるけど、両方とも最後までには達成しないといけないってこと?」

「そうだな。新しい契約を結ぶこともできるけど、それも同じように達成できなかったらマイナス点」


 もう一つの契約書もそっと見てみる。その報酬は「他のいずれかの商人が商品の売却取引をおこなった際、依頼主は契約者へ金貨壱枚の支払いを行う」というものだった。自分の取引じゃないのにお金をもらえるということだろうか。

 角くんに聞いてみたいけど、契約の内容を見せるなと言われているので、それはできない。


「あとは……それ」


 兄さんが、わたしが取り出した丸いものを指差した。

 その丸い水晶玉のようなものは、どうやらコンパス──方位磁石のようなものじゃないかと思う。手のひらに乗せるとぼんやりと光って、その内側に針が浮かんでゆらりと回る。

 角くんと兄さんのバッグには入っていなかったらしい。わたしだけが持っている。


「それが多分、ガイドマーカーな。それを持っているプレイヤーがガイド役、つまりスタートプレイヤーで、一番最初に駒を置く」

「わたしが持ってるってことは、わたしが最初ってこと?」

「この『辺境の村』だとな。後で、次の行き先を決める前にガイド役を決めることになる。ガイド役になるためには金貨が必要だから、その点は気にしておくと良い」

「ガイド役になるためにお金が必要なの?」

「そう、ガイド役が次の行き先を決めるし、そもそもスタートプレイヤー有利なんだよ、このゲーム。だから、その権利を金で買う」


 そこも競争なのか。商品を集めて、お金を増やして、車を増やして、契約を達成して……やることがたくさんあるけど、ちゃんと覚えていられるだろうか。

 不安になって、そっと角くんの方を見る。今回は角くんもプレイヤーだから、きっと相談はできない。わたしは一人でこのゲームを遊べるだろうか。

 角くんがわたしの視線に気付いて、優しげに微笑む。きっと、わたしはだいぶ不安そうな顔をしてたんだと思う。


「いろいろ考えることはあるけどね、自分の手番だとどこに行くか選ぶだけだから、そんなに難しいことはないよ。俺も、できる範囲でフォローはするから」


 角くんに笑い返して頷いて、それでもまだやっぱり不安だったので、表情を隠したくて首に巻き付けた襟に口元を埋めた。

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