game 11:アルマナック〜ドラゴン街道紀行録〜
11-1 ドラゴン街道 前編
その箱を最初に見たとき、アンティークな装丁の大きな本みたいだと思った。実際に本のようにデザインされたものらしい。
箱の表面は赤い表紙。ぐるりと濃い緑と金の装飾があって、四隅には金のドラゴンが羽を広げている。表紙の上の文字は金色で『ALMANAC』『アルマナック〜ドラゴン街道紀行録〜』と書かれていた。
箱の四つある側面のうち三箇所は、紙の束を横から見たような線が描かれている。どうやらそれは、本の天地や小口ということらしい。
であれば、側面の残りの一箇所は背表紙だろう。濃い緑色の背表紙に金のラインと金の文字。そこにも『アルマナック:ドラゴン街道紀行録』と書かれている。
そんな本のような見た目の箱の蓋を開けて、その中から出てきたのは本だった。箱と同じ、赤い表紙の本。
「これがゲームボードなんだよ。行き先を決めて、本を開くとそこがゲームボードになってて、そこに駒を置いて遊ぶんだ」
楽しそうな顔をした
「
兄さんが、小さなジップ付きのビニール袋に入った駒を出した。人の形の駒は四色ある。赤、青、黄色、黒。わたしは赤い駒を指差す。兄さんは何も言わずに、その小袋をわたしの前に置く。
「カドさんは黒が良いんでしたっけ」
「あ、選んで良いなら」
「俺は色にこだわりないんで、良いですよ」
それから出てきたのは、大きな──ポストカードより一回り小さいくらいの──カード。船のような形をしているけど足元には車輪が付いていて、その車輪で草を踏んでいる。
前の方には屋根──布で覆って屋根にしている──があって、その下には大きなクッションや本が積み重なっているのが見える。車の側面にはフライパンやヤカンらしきものがぶら下げられていて、布も車体もカラフルで賑やかで可愛らしい。
車の後ろ側には大きな荷箱が積まれている。全部で六箱。木の荷箱の四角い形に沿って、まるでここに何かを置いてくださいと言わんばかりの白い線が描かれていた。
「これが初期隊商カード。商品を六個積める。ワーカーは……」
兄さんの説明の声が遠くなる。代わりに聞こえてくるのは、強い風が通り抜ける音。車輪が回る音。回る車輪が草を踏んで
それでもう気付いたら、わたしはそのボードゲームの中だった。角くんと、兄さんも巻き込んで。
角くんから聞いた話だけど、角くんが兄さんと知り合ったのは、本当に偶然らしい。角くんはわたしの兄さんだと知らないまま、兄さんと仲良くなった。
二人が出入りしているボードゲーム会では、名札に書いてある本名かどうかわからない名前でお互いを呼び合う。角くんは名札にそのまま「カド」と、兄さんは「いか」と書いている。
その「いかさん」がわたしの兄だと、角くんが知ったのはつい最近のこと。
そんな偶然があるのかとも思うし、世間は狭いとも思うし、でもよく考えたら生活圏や行動範囲が被っていて同じ趣味を持っているならそういうことにもなるんだろうな、とも思う。趣味が特殊であればなおさらで、ボードゲームを対面で遊ぼうとすると、どうしてもどこかに集まらないといけないし、どこかでは一緒に遊ぶことになる。
そんなふうに聞けばそういうものかとも思うけど、名前を名乗らずに仲良くなったというのはやっぱりぴんときてない。でも、角くんが普段、大学生や社会人に混ざって遊んでいるというのは、なんとなくわかる気もする。
それで、兄さんは仲良くなった角くんを家に呼んでボードゲームを遊ぶようになった。わたしはそれに巻き込まれて一緒に遊ぶことになっている。巻き込まれてとは言ったけど、実際は角くんも兄さんも、わたしの体質──ボードゲームの世界に入り込んでしまうという面倒なそれを期待しているのだと思う。だから、わざわざわたしがいる時に家に集まる、きっと。
ゲームボード上で起こっていることを体験できてしまうわたしの体質は、どうやらボードゲーマーにとってはとても魅力的らしい。わたしは小さい頃から怖い思いしかしてなかったから──そしてその怖い思いのほとんどは兄さんのせいだ──自分の体質が嫌だったしゲーム全般避けてきたけど、最近は角くんと遊んでいて、怖いばかりじゃないというのもわかってきている。
それで結局、休みの日に角くんは家に遊びにきて、ボードゲームがいっぱい並んで積まれた兄さんの部屋で、わたしはボードゲームを遊んでいる。本当に、自分でも信じられないのだけれど。
大きな、こんもりと丸い山のような形の布張りの建物が並んでいた。その大きなテントのような建物は、色も模様もカラフルでどこか楽しげだ。その手前に、車──と呼んで良いかはわからないけど、あのカードに描かれていた船のような形の車輪の乗り物──が並んでいる。
そんな建物が寄り集まった集落は、いくつかの柵で区切られて、そうやって柵を辿ってその外側に目を向ければ、馬の群が草を食む広い草原があった。ざわざわと風が通り過ぎる。
隣を見上げれば、いつものように角くんがいてほっとする。角くんは、マントのような上着を羽織っていた。黒い地に白い糸で雨絣のような模様が入った厚手の布をたっぷりと使っていて、角くんの膝くらいまでを覆っている。シルエットはマントのようだけど、袖があるからマントじゃなくてコートのようなものなんだと思う。襟がまるでマフラーのようになっていて、それを首回りに巻きつけていた。
その向こうでは兄さんが、アンダーリムの眼鏡越しに車を眺めていた。兄さんも同じような形の上着を着ている。色は、空の色のような淡い青。そこに、白と銀の糸で雲のような模様が刺繍されていた。
自分も似たような格好だった。上着の内側には、肩掛けのバッグ。わたしの上着の色は、暗い赤。袖口や前の合わせのところに濃い緑色と金色の糸で不思議な模様が刺繍されている。角くんの上着と同じ大きさなのか、角くんが着ると膝丈なのに、わたしだとほとんど全身を覆われてしまう。袖を引っ張らないと手が出ない。
「乗れそうだから、とりあえず中で座って話しませんか。インスト、長くなるだろうから」
兄さんが、並んでいる車の一台を指差して、角くんとわたしに言う。わたしは口元を埋もれさせていた襟を引き下げて、角くんを見上げた。
「ルール説明が長いって……複雑なゲームなの?」
角くんはちょっと考えてから、同じように指先で襟を引き下げて話す。
「いや、ルール自体は簡単なんだけどね。ちょっと、説明することが多いから」
説明することが多いのは、簡単て言って良いのだろうか。そうは思ったけど、ともかく座って話した方が良さそうだというのはわかった。「行こうか」と言う角くんに頷いて、わたしと角くんは兄さんに続いて車に乗り込んだ。
靴を脱いでふかふかの敷物の上に座って、ふわふわの大きなクッションにもたれる。脱いだ靴は敷物がないところ、荷台のスペースに置いておく。
「勝手に乗り込んでも大丈夫なのかな」
わたしの言葉に、兄さんは隣の車を指差した。
「多分。プレイヤーカラーの旗が下がってるだろ」
隣の車の、先頭の一番高い部分には丸い灯りがある。その下から、黒い色の四角い布が垂れ下がって、風にひらひらと揺れていた。乗り込んだ車の先頭部分を見上げれば、青い四角い布が同じように垂れ下がっている。
「この服の色と同じ旗の車が、自分の車ってこと?」
「多分な」
プレイヤーカラーの青い上着を着た兄さんは、短くそう答えた。だったら、わたしの車はその向こうに並んでいるのか。
膝を付いて乗り込んできた角くんが、わたしの隣のクッションに落ち着いて、それでルール説明──インストが始まった。
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今回のゲームは全16話+ゲーム紹介です。
とても長いですが、お付き合いいただけたら嬉しいです。
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