10-6 もりで いちばんの タルトやさん
次の注文は『バナナのタルト』だった。材料はバナナが三つ。正直ブドウを期待していたんだけど、仕方ない。
最初に青いプレイヤーが『ミカンとイチゴのタルト』の注文を受ける。青はミカンが足りないけど、ミカンが実っている木は四本あるから、このラウンドで問題なく材料を揃えられそうだった。
次は緑が『ブドウとミカンとバナナのタルト』。緑は材料が全部揃っている。
「黄色のプレイヤーは、本当はどっちか狙いにいきたかったと思うんだけどね」
角くんの言葉に、黄色が持っている材料を確認する。イチゴとブドウとミカンが一つずつ。ミカンが後一つあれば『ミカンとイチゴのタルト』が焼けるし、バナナがあれば『ブドウとミカンとバナナのタルト』が焼ける。
森の地図を見れば、今回はバナナがたくさん実っていた。
「緑と青は、それを警戒して先に注文を受けたんだと思うよ。大須さんは、だからラッキーかもね。このタイミングで好きな材料を選べるから」
せっかく選べるなら、とわたしはフルーツを三つ収穫できる木を選ぶ。バナナが二つとタルト生地が一つ。『バナナのタルト』があるから、バナナを集めたら良いんじゃないかって思った。タルト生地は一つ持っているけど、三つのタルトを焼くなら、もう一つあっても良い。
「良いと思うよ」
いつもみたいに角くんが頷いてくれて、大きなリスのシールをそこに貼る。
その後は黄色のプレイヤーの番で、黄色の大きなシールはバナナが二つ実っている木に貼られた。それを見て、今度は黄色と狙いが被ってしまったことに気付いた。
バナナが実っている木は、後二本あった。バナナが二つの木と、バナナとミカンの木。
二回目の順番がまわる。青はイチゴとミカンの木に大きいリスのシールを貼った。青が『ミカンとイチゴのタルト』を焼くためにはミカンが足りないから、ミカンが収穫できるところを選んだんだと思う。
次に緑は、バナナ二つの木を選んだ。緑は、今の注文の材料がもう揃っている。だからもしかしたら緑も、次に『バナナのタルト』を狙っているのかもしれない。
わたしはそれでも、次にはバナナとミカンの木に小さいリスのシールを貼った。バナナ三つを揃えておけば、『バナナのタルト』を焼けるかもしれない。揃ってなければ焼けない。
実っているバナナがなくなって、黄色はイチゴを収穫することにしたみたいだった。
青のプレイヤーと緑のプレイヤーが二枚目のタルトを焼いた。これで、どちらかがもう一枚焼けばゲームが終わってしまう。
そんな状態で五ラウンド目が始まってしまった。スタートプレイヤーは黄色のプレイヤーに戻って、わたしは最後。黄色のプレイヤーは真っ先に、『バナナのタルト』に小さいリスのシールを貼った。
「そうか、そうだよね。みんなバナナ持ってるもんね」
わたしが呟くと、角くんがメニュー表を指差す。
「大須さん、バナナしか見てなかった? さっき新しくきた注文、ブドウだよ」
青いプレイヤーの大きいリスのシールが、ブドウとミカンとイチゴが実っている木にぺたりと貼られるのを横目に見てから、わたしはメニュー表を見る。
さっき青と緑がタルトを焼いて、新しい注文が二つ。一つ目は『ブドウとバナナのタルト』で二つ目は『ブドウとイチゴのタルト』だ。
わたしはテーブルの上に並べられたブドウを見る。ブドウは全部で四つある。それから、イチゴが一つと、バナナが三つ。タルト生地も二つある。
必要な材料を確認する。『ブドウとバナナのタルト』はブドウが二つとバナナが一つ。『ブドウとイチゴのタルト』はブドウが二つとイチゴが一つ。タルト生地はそれぞれ一つずつ。
「あれ、ひょっとして、材料足りてる……?」
角くんはふふっと笑って、わたしの顔を覗き込んできた。
「ブドウを使ったタルト、作れるね」
「え、でも……このラウンドで一枚焼いて、次のラウンドで一枚? それでも間に合う?」
「タルトは別に、大きいリスでも焼くことができるよ。材料を集める方が効率が良いから、普通はやらないだけで」
「あれ、じゃあ……」
大きいリスと小さいリスがいて、二枚分のタルトの材料がある。
「ひょっとして、このラウンドで二枚焼けるってこと?」
「そうだね。このラウンドなら、青と緑は材料が足りてないから、三枚目のタルトは焼けない。黄色は、この『バナナのタルト』が二枚目で、やっぱり三枚目は焼けない」
そんな話をしている間に、緑の大きいリスのシールが、ミカン二つの木にぺたりと貼られた。次はわたしの番。
他のプレイヤーが持っている材料をもう一度確認する。角くんが森の木を一本ずつ指差して、他のプレイヤーでは材料が足りないことをもう一度説明してくれた。
「じゃあ……注文を受けるね」
それでもまだ、なんだか怖い。小さいリスのシールを『ブドウとイチゴのタルト』に貼り付けるだけなのに、わたしはとても緊張していた。
二回目の順番が回ってくるまで、ずっと緊張しっぱなしだった。どれだけ説明されてわかってはいても、もしかしたらうまくいかないんじゃないかって、どこかで思っていた。
森の地図の上に増えてゆくリスのシールを見守る。わたしの番になっても、『ブドウとバナナのタルト』には誰もシールを貼っていなかった。
大きいリスのシールを貼る前にふと、角くんを見上げる。角くんが首を傾ける。
「次は、角くんも一緒にタルト作れるんだね」
「え……」
「さっき、見たいって言ってたでしょ、タルト作るところ」
しばらくぽかんとしていた角くんだけど、そのうちに楽しそうに笑った。
「そうだね。見たかったから嬉しいな」
「まあ、でも、作るのはほとんど道具だから、一緒に作るって言って良いのかわからないけど」
「それでも楽しみだよ。さっき大須さん、すごく楽しそうだったから」
角くんの言葉に、そんなに楽しそうにしてただろうかと思い返して、確かにびっくりした興奮ではしゃいでいたな、とは思った。でも、あれを目の前で見たら、きっと角くんだって興奮すると思う。
わたしも笑って、改めてメニューを見た。
「じゃあ、このタルトの注文を受けるね」
そして、大きいリスのシールを『ブドウとバナナのタルト』の上に貼り付けた。
そのラウンドの収穫の時間は、タルトを焼く時間。
タルト生地の木の実の殻を割って、中から柔らかなタルト生地を出す。めん棒にお願いして、生地を伸ばしてもらう。
角くんはいちいち「え、タルト生地ってそんな感じなの」「動くところは見てたけど、本当に動くんだね」と新鮮に驚いてくれていた。角くんの反応も面白くて、道具たちがくるくると目まぐるしく動くのも楽しくて、笑ってしまう。
タルト生地を焼いている間に、またカスタードクリームやナパージュを作って、果物を切る。
たくさんのブドウを沸騰したお湯にくぐらせて、そのあと冷たい水に入れる。切れ目から皮を引っ張ると、するりと皮が剥がれてくれる。ブドウは一粒一粒が大きいし、たくさんあって大変だったけど、なんだか皮がつるりと剥けるのが楽しくて、角くんと二人でずっと笑いながらやっていた。
焼きあがったタルト台に、たっぷりのカスタードクリーム。そこにダイスカットされたブドウとイチゴを敷き詰めてゆく。上から
そして今はもう一つの『ブドウとバナナのタルト』を作ってる途中だ。
その合間に、道具たちが余ったバナナやカスタードクリームを持ってきてくれて、今度こそ角くんも味見ができた。バナナのとろっとした甘さ、カスタードクリームのふわふわの甘さ、口に入れるとやっぱり笑ってしまう。
指についたカスタードクリームを舐めとって、隣を見上げたら角くんもちょうどわたしを見ていて、目が合って、なんだかそんなことも面白くなって笑ってしまった。
「すごい、甘いにおい」
角くんの言う通り、辺りには甘いにおいがたっぷり漂っている。タルト生地が焼けるにおい、カスタードクリームのバニラのにおい、フルーツの甘酸っぱいにおい。
「角くんもブドウのにおいだよ、今」
「それは……大須さんもだよ。甘いにおい」
「同じにおいだね。なんだか、ブドウも食べたくなっちゃった」
自分からこんなにブドウのにおいがしていて、それでブドウが食べたくなるなんて、と思ったらおかしくなってしまって、また笑ってしまった。
わたしがずっと笑っているからか、角くんはちょっと困ったような表情をした。
「そうだね、良いにおいで……食べたくなる」
そう言った角くんは、いつもみたいに穏やかに微笑んでいたけど困った表情のまま、その尻尾だって困っているようにゆらりと揺れていた。
三つのタルトが出来上がって、これでゲームは終わりのはず。どうなるんだろうと思っていたら、森から一匹のリスがやってきた。
緑のイージースカーフタイと同じ色のエプロンをつけた、わたしと同じくらいの背丈のリス。最初に会ったときは、あんなに警戒した様子だったけど、今はそんな雰囲気はない。切り株のテーブルの近くまできたので、角くんと顔を見合わせてテーブルから降りた。
そのリスは、わたしの前できゅうと声を出して、わたしの手を掴んで引っ張ろうとする。
「え、何? 呼ばれてるの? どうしよう」
状況がわからなくて、わたしはどうしたら良いかわからない。
困って振り返るより先に、角くんがわたしとリスの間に入り込んできた。わたしを引っ張るリスの前足に、角くんの手がやんわりと置かれる。
角くんの尻尾が、ゆらゆらと揺れていた。そういえば、収穫に行ってこのリスに出会った時、ちょうど今の角くんみたいな尻尾の揺れ方だったな、なんて思う。
角くんはちょっと困ったような顔で、穏やかな声でリスに話しかける。
「一緒に行くから、手は離して。引っ張られると、大須さんが怖くなっちゃうから」
どうやら、角くんはわたしが怖がってると思ったみたいだった。前にゲーム中、霧の中で急に引っ張られて怖くなってしまったことがあるから、それでかもしれない。今回は、そこまで怖かったわけじゃないけど──揺れる角くんの尻尾をそっと見上げたら、なんとなく「怖くない」とも言えなかった。
角くんの言葉が伝わったのか、リスはわたしの手を離す。そして、さっと歩き始めてしまった。何歩か進んだところで、こちらを待つように立ち止まって振り返る。
「大須さん、追いかけよう。大丈夫?」
「あ、えっと、大丈夫」
わたしの返事に角くんはにっこりと笑って、それから当たり前のようにわたしの手を握った。そのまま、リスを追いかけてゆっくりと歩き始める。その尻尾が落ち着きなく揺れているのが見えた。
「ゲーム、終わりじゃないの?」
リスを追いかけて森の中を進みながら、わたしはどこに行くのかと不思議だった。このゲームのことだから、きっと怖いことは起こらないとは思うけど、この先に何があるのかはわからない。
「ゲームは終わったから、得点計算があるんじゃないかな」
「得点って……タルトの数を数えるだけだよね」
「そうなんだけどね。でも、ともかく行ってみよう、呼ばれてるんだし」
それでわたしは角くんに手を引かれて、リスを追いかけて森の中を進む。なんだか、本当に絵本みたいだと思った。
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