10-4 もりの きには たくさんの フルーツ

 森の途中で角くんとは別行動。赤い看板のタルトやさんは、地図の左下にある。そこから森の中を進んで、角くんは地図の右下の方、わたしは地図の右上の方。

 角くんと別れて目的の木に辿り着いたところで、わたしと同じくらいの背丈のリスが、わたしが持っているのと同じような籠を抱えて、それで木の上から落ちてくるブドウをキャッチしているのを見た。

 籠の隙間から、緑のイージースカーフタイが見える。腰回りには緑のエプロンも付けていて、そうか、これが緑のプレイヤーだ。本当にリスなんだ、とその膨らんだ腰回りとふっくらとした尻尾を見て思う。

 緑のエプロンのリスは、その大きなブドウ──一房が体ほどもある──が入った籠を抱えたまま、ちらりとこちらを見た。きゅる、と鳴き声が響いて、警戒するように尻尾が揺れている。

 そしてすぐに、ぽかんとしたままのわたしを置いて、リスは立ち去ってしまった。二本足で。

 大きなリス──じゃなくて、そうか、本当に自分たちが小さくなってしまったんだなと思いながら、その大きな木を見上げる。そこには、輝くような色合いの大きなミカンが実っていた。

 ほとんど真下に立って見上げると、木の枝が揺れて、ミカンが籠の中に落ちてきた。重さと衝撃を覚悟していたけど、ぽふりという感じで落ちてきたみかんは、思ったよりもずっと軽かった。これならそのまま持って帰れそうだった。

 赤い看板まで戻る途中で、わたしよりも大きな籠を持った角くんに会う。角くんの籠の中には、やっぱり大きなブドウと、それからオレンジ色のまん丸い木の実が入っていた。タルト生地を採りに行ったはずだから、これがタルト生地なんだろうか。


「大須さんもお疲れ様」

「うん……フルーツ、みんな大きくてすごいね」


 二人で並んで大きなフルーツを運ぶのは、なんだか絵本みたいだ。絵本に出てくるお菓子って、みんな美味しそうだったよね、なんて小さい頃のことを思い出した。


「これ全部使って作るとしたら、すごく大きなタルトになりそうだよね。あ、でも、今は俺たちが小さいだけだから、それを考えたらそうでもないのかな」

「でも、この大きさで作らないといけないんでしょ。料理できるのかな」


 こうやって見ると、ブドウの一粒だって大きい。これを切るのは大変そうだなと思ってしまう。けれど角くんは、いつもみたいにのほほんと笑って、なんなら楽しそうだ。


「そこはまあ、ゲームだし、なんとかなるんじゃないかな」

「そうだと良いんだけど」


 心配をしても、どのみちまだ注文を受けるだけの材料は集まってない。タルトはまだ焼けない。まずはタルトの材料を集めないと、と思って、一ラウンド目は終わった。




 二ラウンド目、どのプレイヤーも材料があと一つ何かあれば注文を受けられるという状況だった。

 黄色はあとブドウがあれば『バナナとブドウのタルト』が焼ける。ブドウが実ってる木が四本もあるから、きっと黄色はこのラウンドで問題なくこの注文を受けるだろう、というのは角くんの受け売りだ。

 青はきっと『バナナとミカンのタルト』を狙っている。これにはあとバナナが一つ必要だけど、バナナが実っている木は一本しかない。

 緑は『ミカンとブドウのタルト』で、これにはあとミカンが一つ必要。ミカンが実っている木は二本ある。

 わたしの手元にあるフルーツもミカンとブドウなので、ミカンがあと一つあれば『ミカンとブドウのタルト』が焼ける。つまり、緑のプレイヤーと状況がまるっきり被っている。

 タルトは焼きたい。けど、緑のプレイヤーより先に注文を受けられるだろうか。


「大須さんはスタートプレイヤーなんだから、いけるとは思うけど」


 角くんの言う通り、コック帽のシールは赤い看板に移っていた。だけど、うまくいく自信はあまりない。

 八本ある木に実ったフルーツは、やっぱり偏っている。ブドウとタルト生地を実らせた木が三本もある。それ以外は、バナナとタルト生地が一本、ミカンとタルト生地が二本。それからようやく出てきたイチゴとタルト生地。ブドウ二つの木に増えたのもイチゴだった。

 そう、ここにシールを貼ればフルーツを三つ収穫できる。けどやっぱり、ブドウ二つも必要かと考えると、どうなんだろう。


「やりたいことをちょっと整理しようか」


 角くんが、メニュー表の『ミカンとブドウのタルト』を指差した。


「このタルトを焼くためには、あとミカンが一つ必要。で、緑のプレイヤーも全く同じ状況だよね」


 わたしは黙って頷いた。きっと不安が顔に出てたんだと思う。角くんはわたしを安心させるように、穏やかに笑って、話を続ける。


「順番に話すよ。『ミカンとブドウのタルト』を焼くとして、大須さんの選択肢は大きく二つある」

「え、そうなの?」


 わたしが瞬きを返すと、角くんはちょっと笑って、人差し指をぴんと立てた。


「一つ目は、先にミカンを確保するやり方。それで、二回目の手番で注文を受ける」

「そっちしか考えてなかった」

「この場合、確実にミカンは手に入る。けど、もし緑のプレイヤーがミカンの確保より先に『ミカンとブドウのタルト』の注文を受けてしまうと、タルトは焼けない」

「え、邪魔されないんじゃないの?」

「邪魔するためだけに作れもしない注文を受けるのは駄目だけどね。今回は緑もこのタルトを作ろうとしてるわけだし、材料が手に入る見込みもある。だったらこれは、早い者勝ちの競争の範囲だよ」

「そうか……そうだね」


 森の地図の空白部分には、それぞれのプレイヤーが持っている材料のシールが貼られていた。緑の看板の近くに並んでいる、ミカンとブドウとタルト生地。


「もちろん、それは可能性の話。大須さんがミカンを確保することで、緑のプレイヤーが諦めて狙いを変える可能性だってある。あるいは、緑のプレイヤーが先に『ミカンとブドウのタルト』の注文を受けたとしてもミカンがなければ作れないわけだから、ミカンの実っている木を押さえてしまえばタルトは焼けなくなってしまうよね。ミカンが実ってる木は二本しかないから、大須さんだけで、それができてしまう」


 角くんの人差し指が、ミカンとタルト生地の木を順番に指差してゆく。

 それでわたしは、さっきの緑のスカーフタイのリスがわたしに向かって警戒した様子を見せていたのを思い出した。そうか、早い者勝ちってそういうことか、とぼんやり思う。


「で、二つ目のやり方」


 角くんは、人差し指に加えて中指もぴんと立てて見せた。


「材料の確保よりも先に『ミカンとブドウのタルト』の注文を受けてしまう」

「でも、それって……ミカンが採れないかもしれないよね?」


 さっきの話を思い出しながらそう言えば、角くんが頷いてくれた。


「そういうこと。まあ、黄色はブドウを確保したいだろうし、青もバナナを採りにいくとは思うけどね。だから、緑が二つあるミカンの片方を確保しても、もう一つに置ける見込みは高いよ。そんな状況だから、緑も狙いを変える可能性だってあるし」

「でも……」


 角くんの話は、全部可能性だ。うまくいくかもしれない可能性、いかないかもしれない可能性。その中から、可能性が高そうなところをうまく選べるだろうか。


「で、この二つは『ミカンとブドウのタルト』を焼きたいならって話。それを諦める選択肢も、あることはあるよ」

「諦めるって……でも、他のプレイヤーはみんな、このラウンドでタルトを焼いちゃうよね。出遅れちゃうんじゃない?」


 わたしの言葉に、角くんは人差し指と中指と薬指、三本の指を立てた。


「このゲームで勝つためには、タルトを三つ焼く必要があるよね。タルトを三つ焼くのに必要な材料は、タルト生地三つと、材料三つが三つ分で九つ。少なくとも、誰かがそれだけの材料を集めるまでは、ゲームは終わらないんだよ」

「ええっと……そうだけど……」


 角くんが何を言い出したのか、ちっともぴんとこなくて、わたしは瞬きを返すだけになる。


「つまり、最終的にタルトが三つ焼けていれば良いんだ。最初がちょっと出遅れたところで、三つ目さえ遅れなければ大丈夫。そして、それに必要なのは、数」

「数……?」

「注文の中に、全く同じタルトはないんだ。だから、このタルトが焼けて次の注文がきたときには、必要な材料はきっと変わってる。そのときに、さっとタルトが焼ける状態になっていれば、他のプレイヤーが材料を集めている間に先に注文を受けられるよね」

「注文に、対応できる可能性ってこと……?」


 角くんの言葉を思い返しながらそう言ったら、角くんはにぃっと笑った。


「そう。先にどんな材料が必要になるかは誰にもわからないんだから、数を揃えて可能性をあげるのは、ありだと俺は思ってる。つまり、それがこの三つ収穫できる木ってことだね」


 そう言って、角くんはブドウ二つとイチゴが実っている木を指差した。わたしは首を傾けて、少し考える。


「今はブドウを使った注文が少ないからブドウは必要ないけど、この先必要になるかもしれないってこと?」

「そう。これも可能性だけどね。でも、数を持ってるってことは、それだけタルト三つを焼ける可能性に近付いてるってことになるんだよ。数が足りなければ絶対に焼けないけど、数が足りてるなら焼けるかもしれないんだから」


 森の地図を見ながら、角くんの言葉を整理する。『ミカンとブドウのタルト』は、緑のプレイヤーとの早い者勝ち。それを諦めるなら出遅れてしまうけど──そこまで考えて、ふとイチゴの赤が目に入る。


「そうか、イチゴがあれば『イチゴとミカンのタルト』が作れるのか」


 角くんが楽しそうな顔で、メニュー表を指差した。


「そうだね。さっきのラウンドだと、イチゴは実ってなかったから作れない注文だったけど。今なら作れるかもしれない」

「イチゴ、二箇所しかないけど……二つとも採れると思う?」

「ミカンと同じで可能性は高いとは思うけどね。そればっかりはなんとも」


 角くんはもしかしたら、その辺りまで考えていたんだろうか。そう思って角くんを見上げる。目が合うと、角くんは首を傾けて、小さく「どうする?」と聞いてきた。


「角くん、三つ収穫してくれる?」


 可能性が高いのかどうかわからない。確実にタルトを焼くなら、ミカンを採りに行った方が良いような気もしている。でも、イチゴを集めるのは悪くないんじゃないかって思ってしまった。

 角くんは穏やかに頷いてくれる。その向こうで、尻尾がぴんと立っている。


「それは、もちろん」


 それでわたしはようやく、大きいリスのシールを地図に貼り付けた。

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