10-3 おおきい リスと ちいさい リスが いました

 タルトの材料が実る木は、森に八本ある。そのうち、バナナとタルト生地が実っている木が三本もある。

 一番最初の黄色のプレイヤーが、そのうちの一本に大きいリスのシールを貼った。次の青がもう一本に大きいリスのシールを貼る。

 並んでいる注文は四つで、そのうちの二つがバナナを使うタルトだ。『バナナとブドウのタルト』と『バナナとミカンのタルト』。

 次の緑は、ミカンとタルト生地の木に大きいリスのシールを貼った。これはさっきの『バナナとミカンのタルト』に加えて、『ミカンとブドウのタルト』と『イチゴとミカンのタルト』とミカンを使うタルトが三つもあるから、良さそうな気がするというのはわたしでもわかる。

 シールがどこから出てくるのかわからないけど、見てる前で突然、森の地図にシールがぺたりと貼られる。後から触っても、紙に貼られているシールの感触しかない。

 そして最後にわたしの番なのだけれど、わたしはさっそく考え込んでしまっている。いわゆる、長考というやつだ。


 材料を集めるなら、どの注文を受けるのかを決めて集めた方が良さそうって思ったは良いものの、それがなかなか決まらないでいる。

 残っている木に実っているフルーツは、随分と偏っている。

 ミカンとブドウ、ミカンとブドウ、ブドウが二つ、バナナとタルト生地、ブドウとタルト生地、という具合だ。なんだか紫色ばっかりに見える。イチゴがないから『イチゴとミカンのタルト』は焼けなさそう、ということはわかるけど。


「バナナとタルト生地を選ぶと、黄色と青のプレイヤーと被っちゃうよね」


 メニューに並ぶタルトの絵と、森の地図を見比べて、やっぱり答えが出せなくて、わたしは隣の角くんを見上げた。


「んー、まあ……それでも、あえて採りにいくこともできると思うけど。先に注文を受けられるかはタイミング次第だから」

「それはそうかもだけど……そんなにうまく、バナナ集まるかな」

「引き次第かな。大須さんは次スタートプレイヤーだから、一つ出てきたら確実に採れるって状況ではあるし、タルトを焼ける見込みはあると思うよ」


 そうか、スタートプレイヤーなら好きに選べるのか。そう思って考えてみたけど、それで本当にうまくいくのかがわからない。


「でもやっぱり、ブドウとタルト生地の場所にする。タルトを焼くのにタルト生地は必要なんだし、バナナが被るのは嫌だから」


 わたしがその木を指差して角くんを見上げたら、角くんは少しだけ考えてから微笑んだ。


「良いと思うよ」


 そう言って頷いてくれたけど、もしかしたら角くんにはもっと良いやり方がわかってるのかもしれない。それでも角くんは何も言わないでいてくれるから、わたしは思い切って大きいリスのシールを自分で選んだブドウとタルト生地の木に貼り付けた。




 二周目で、黄色のプレイヤーはバナナとタルト生地の木に小さいリスのシールを貼った。青と緑は、二箇所あるミカンとブドウの木だ。残っているのは、ブドウが二つの木だけ。

 選びようがないことに気付いて、わたしは小さいリスのシールをそのブドウ二つの木に貼ろうとした。


「待って」


 角くんの声に動きを止めて、見上げる。角くんはそのブドウ二つの木を指差した。


「大須さん、ブドウが欲しいからここに貼るわけじゃないよね?」


 わたしは指先にリスのシールをくっつけたまま、首を傾ける。


「それはそうだけど。でも、他に空いてる場所がないから」

「小さいリスなら、二匹まで同じ木を選べるよ」

「え、でも……」


 わたしは瞬きをして、森の地図に目を向けた。黄色のバナナとタルト生地の木。青と緑のミカンとブドウの木。角くんの指先が、森の地図の上をさまよう。


「黄色はきっと、これでバナナを二本にするつもりだよね。だからきっと、ここはタルト生地が残る。青と緑はミカンとブドウ、どっちを採る可能性もあるから、ここはどっちが残るかわからないけど、ここのどっちかなら、ブドウじゃなくてミカンが残る可能性があるんだ」

「でも、ブドウが残るかもしれないんでしょ?」

「それだって、ブドウが二つのところに置いたときと結果は変わらないよね? だからつまり、最悪でも変わらないってこと」


 角くんの言葉がうまく飲み込めなくて、わたしはただ角くんの指先を見ていた。


「それと、もう一つ。収穫が終わったときに、フルーツが補充……新しく実るよね」

「そう言ってたね」

「フルーツはどの木にも最低一つは増えるから、フルーツが二つ残っている木があれば、次のラウンドはフルーツが三つの木ができる」

「フルーツ三つのところに大きいリスを貼ったら、三つとも収穫できるんだっけ」

「そう。それで、次のラウンドは大須さんがスタートプレイヤーだから、確実にそこが選べる」


 角くんの指先が、ブドウ二つの木をとんとんと叩いた。それでもわたしはまだ、なんだか納得のいかない気持ちがある。


「でも……もう一つフルーツが増えたとしても、ブドウ二つって使い道ないよね。注文でブドウそんなに使わないし」

「今はね。でも注文も、他のプレイヤーが受けてタルトを焼いたら入れ替わるんだよ」

「それはそうだけど……」

「それに、実際に次のラウンドになってみて、他の木が良いなってなったらそっちを選べば良いだけだし、これで損することは何もないんだ」

「そういうものなの?」


 角くんがそういうものだって言うなら、わたしは頷くしかない。でも、それがどういうことなのか、わたしにはやっぱりうまく理解できていなかった。

 指先に貼り付けたシールをどうしたら良いかわからないまま、わたしは角くんを見上げた。わたしと目が合うと、角くんはちょっと目を伏せて、地図を指差していた手で髪の毛を掻き上げた。


「ごめん、色々と喋り過ぎた。今のは俺ならそう考えるってだけ。なんて言うのかな、次の自分の選択肢と可能性を広げておくっていうか。いや、それも余計か。気にしないで、忘れて」

「別に……わたしはあんまりゲーム慣れてないから、よくわからないだけで」

「そんなのは関係ないよ。どう選ぶかに正解なんてないし、次のラウンドのことなんか誰にもわからないんだから、好きにして良いんだ。それに、このゲームはもっと……気楽に楽しく遊んで良いゲームのはずだから。脇からごちゃごちゃ言っといて、お前が言うなって感じだろうけど」

「そういうわけじゃないけど……」


 ただシールを貼るだけなのに、しかも選択肢なんかほとんどないと思っていたのに、わたしはすっかりどうして良いかわからなくなってしまった。

 やっぱり角くんは、プレイヤーになってゲームを遊びたいんだろうなって思う。

 わたしは角くんにゲームを我慢させてる。だから角くんが楽しめるように──角くんが自分で考えて、ゲームを進めて──そうなるように、わたしが角くんに聞いて、角くんの言った通りにプレイすれば良いのかもしれない。その方がきっと、ゲームもうまくいくんだろうし。

 すっかり考え込んでしまったわたしの顔を、角くんが心配そうに覗き込んできた。


「ごめん……その」


 何か言いかけて、角くんは言いにくそうに言葉を切った。そのまま背中を伸ばして、黙ってしまう。その背中で落ち着きなく揺れている尻尾を見て、わたしは思い切って口を開いた。


「わたしこそごめん。あの……わたしにはよくわからなかったから、もう少しちゃんと聞いても良い?」


 角くんはちょっと目を見開いてわたしを見下ろすと、尻尾の毛をふわっと膨らませた。


「え……っと、でも、プレイヤーは大須さんで、俺は……」

「でも、角くんだってタルトやさんの格好してるし、角くんもプレイヤーなんだと思う。それに、ただ言われた通りにするなら確かにわたしが考えてないってことだけど、ちゃんと角くんの言うことを理解して、それで選んでるなら……ちゃんと考えてるってことになる、よね?」


 見上げれば、角くんがぴんと尻尾を伸ばした。そんな場合じゃないっていうのに、その尻尾はやっぱり可愛くて、わたしは思わず笑ってしまった。




 通常は大きいリス一匹で二つしか採れないフルーツを、一度に三つ採ることができるのは強い。手元にフルーツがたくさんあるっていうのは、それだけ注文に対応できる可能性があるっていうこと。

 わたしのいろんな質問はきっと角くんにとっては面倒なものだったと思うけど、角くんは何度もきちんと答えてくれた。そして最後に「これでうまくいかない可能性もあるからね」と言う。わたしはそれに頷いた。

 緑の小さいリスが貼られたミカンとブドウの木に、わたしもシールを貼る。ちゃんと、納得して選んだつもりだ。

 角くんはまだ何か言いたそうにしていたけど、それでも最後には、いつもみたいに「良いと思うよ」って言ってくれた。




 そして、いよいよ収穫だった。どうするのかと思ったら、どうやら角くんとわたしが収穫に行かないといけないみたいだった。


「多分、大須さんと俺が、リスの駒の代わりなんだと思う」

「リスの駒……大きい方と小さい方ってこと?」


 指先で、角くんと自分をかわりばんこに指差せば、角くんは「多分ね」と頷いた。


「それは、まあ……わたしは小さい方だとは思うけど」


 テーブルの脇に置いてあった籠の、小さい方を受け取って、そう呟いた。角くんは大きい方の籠を持ち上げて抱えると、困ったような顔をした。


「その、ほら……駒の大きさは相対的なものだから」


 角くんの、そのフォローになってるのかどうかよくわからない言葉に笑ってしまう。


「別に、そんなに気にしてるわけじゃないよ」


 クラスの中で背の低い方ではあるけど、そこまで極端に低いわけじゃない……と、思う。それにこれからだって伸びるかもしれないし。背の高さなんて、これまでそんなに気にしたことがないのは本当だ。

 そんなことを思いながら角くんを見上げる。角くんだって、すごく極端に高い方ってわけじゃないと思う。クラスにだって、角くんより背の高い人はいるくらいだ。それでも、わたしは角くんと話をするときに、いつもかなり見上げないといけない。


「あ、でも、こうやって角くんと話してると、もうちょっと背が高い方が話しやすかったのかなって思うかも」


 わたしの言葉に角くんは瞬きをして、それからふいと視線を逸らした。コメントしにくいことを言った自覚はあったから、この話はもうやめようと思った。だから口を開きかけたけど、声を出したのは角くんの方が先だった。


「別に、大須さんは今のままでも良いと思うけど。あ、いや、背が伸びたら伸びたで……良いと思うけど……」


 ぼそぼそとした角くんの言葉の意味がよくわからなくて、わたしは首を傾ける。

 もしかして慰めてくれてるんだろうか。慰めてくれてるならお礼くらい言った方が良いのかもしれない、と思ったけど、わたしが何か言う前に角くんは歩き出してしまった。


「ともかく、収穫に行こう」


 慌てて、わたしは籠をぎゅっと抱えて、角くんを追いかけた。

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