10-2 たくさんの タルトを やきましょう
「インストって言っても、そんなに難しいことはないんだけどね」
そっと顔を上げて角くんと目が合う。角くんはちょっと気まずそうに目を逸らして、テーブルに広げておいたメニューのイラストを指差した。
わたしはほっとして、角くんの指先に視線を移す。色とりどりのフルーツで飾られた、花のようなタルト。
「このゲームのプレイヤーは、ゲームタイトルの通りにリスのタルトやさん。森で材料を集めて、タルトを焼いて、一番たくさんのタルトを焼いたプレイヤーが、森で一番人気のタルトやさんってことで勝ち」
「タルトをいっぱい焼けば良いってこと?」
「そういうこと。小さい子向けのゲームだけどね、ゲームとしてよくできてるんだ。それにルールブックも小さい子用に書かれていて、わかりやすくできてるんだよね。ゲーム用語的な言葉がなくても、きちんと説明できていてさ。とても丁寧に作ってあるゲームだよ」
そう言ってから、角くんは首筋に手を当てて、ちょっと眉を寄せた。
「まあ、俺はちょっとゲーム用語を使っちゃうけど」
そう前置きして、角くんのルール説明──いわゆる「インスト」というやつが始まった。
「リスの駒、色毎に二つあったの覚えてる?」
「大きいリスと小さいリスがいたよね」
「そう。そのリスが、森で材料を集めたり、タルトを焼いたりする。最初の人……スタートプレイヤーから順番に、そのリスの駒をどちらか一匹だけ、この森のどこかに置く。このゲームだと、多分このシールかな」
そう言って角くんは、赤いリスのシールを森の地図の上に置いた。言われてみれば確かに、並んだシールの形は見せてもらったリスの駒に似ていた。
「自分の手番になったら、このシールのどちらか片方をこのどれかの木に貼るんだと思う。それを全員が順番にやったら、二周目。また順番に残りのシールをどこかの木に貼る」
「その木のフルーツがもらえる感じ?」
「そうだね。でも、収穫はまだ後。まずは、シールを貼る時の注意事項。八本ある木を選ぶのは、基本的に早い者勝ち。他の人が選んだ木は選べない」
角くんの説明に頷いた。早い者勝ちというのは悩むことは多いけど、それ自体はそんなに難しいことじゃない。
「ただし、小さいリスどうしなら二匹まで置ける」
「他のプレイヤーが小さいリスを貼った場所には、自分の小さいリスも貼れるってこと?」
「そうそう」
ちょっと考えたけど、それもそんなに難しくはなさそうだった。もう一度「わかった」と頷いた。
「で、全員が二匹置いたら収穫。収穫も、スタートプレイヤーから順番に。自分の番になったら、二匹とも収穫をする。大きいリスは、その木のフルーツを全部収穫する。小さいリスは、どれか一つだけ選んで収穫」
リスの大きさで、収穫できるフルーツの数が違うのか。頭の中で情報を整理しながら声に出す。
「ええっと……最初にシールを一枚貼って、次にまたシールを一枚貼って、それが終わったら収穫でフルーツがもらえるってことだよね」
「ばっちり」
角くんは嬉しそうな顔をして、人差し指と親指でオーケーサインを作った。
「貼って貼って収穫、それで一ラウンド。ラウンドの終わりには、木にフルーツが補充される。世界観的には、新しく実るって言った方が良いのかな。木を一つずつ見ていって、空っぽの木には二つのフルーツが、そうじゃない木には一つのフルーツが新しく実る」
「フルーツが、必ず二つになるってこと?」
「二つ以上だね。三つになることもあるよ」
「三つのフルーツがある木に大きい方のリスを貼ったら、三つ収穫できちゃう?」
「できちゃうね。そこ、面白いところなんだよ」
そう言って、角くんがふふっと笑う。
「それで、次のラウンドが始まる前に、スタートプレイヤーが右隣に移る」
「右隣?」
この場合の隣って、どこなんだろう。よくわからなくて、隣の角くんを見上げる。角くんは穏やかに微笑んだまま、森の地図を指差した。
「この、森の地図の看板が席順なんだと思うんだよね。ほら、この黄色い看板のところに貼ってあるコック帽のシール、これがスタートプレイヤーマーカー」
角くんの指先を見たら、地図の左上に描かれた黄色い縁取りのタルトの看板、そこにコック帽のシールが貼ってあった。
「これが席順だとしたら、ラウンドでの順番は、このコック帽のマークから時計回り。黄色、青、緑、赤の順番だね。大須さんはきっと、リスのシールとかエプロンとか赤いから、プレイヤーカラーは赤で、一番最後」
これは駒の色に合わせてあるのかと、自分のスカーフタイをちょっと持ち上げた。角くんも同じ色ってことは、今回は角くんはプレイヤーじゃないみたいだ。
本当は角くんもプレイヤーとして遊びたいんだと思うけど、でもわたしとしては、ゲーム中に角くんが隣にいてくれるのは安心できる。だから、角くんには申し訳ないと思いつつ、ほっとしてしまったわたしを許して欲しい。
「右隣は、それとは逆だから、こっち。二ラウンド目のスタートプレイヤーは赤で、つまり大須さんってこと。……多分だけどね。ここまで、大丈夫そう?」
角くんに顔を覗き込まれて、わたしは頷きを返す。
「ルールはそんなに難しくないね、大丈夫そう」
「それは良かった。で、もう一つ肝心のルールなんだけど」
「まだ何かあるの?」
「タルトを焼かないと」
「あ、そうか」
確かに、今のままだと材料を集めるだけでタルトが焼けない。角くんは、またメニュー表を指差した。
「このメニュー表が、注文みたいな感じ。この『ざいりょう』を持っていたらタルトが焼ける。タルトを焼く場合は、リスのシールを貼るときに森じゃなくてこっちのメニュー表に貼るんだと思う。それで、この注文を受け付けたって感じかな」
「リスのシールを貼るときは、森に行って材料を収穫するか、注文を受けてタルトを焼くかって感じか。わかった」
「注文も早い者勝ち。一つの注文を受け付けることができるのは、一匹のリスだけ。誰かが注文を受けてそのタルトを焼いたら、新しい注文が入る」
「このメニュー表のタルトがどんどん変わってくってことだよね。それもわかった」
「実際にタルトを焼くのは収穫のタイミング。その収穫で手に入れたフルーツを使って焼いても大丈夫」
角くんの説明に、わたしは首を傾ける。なんでわざわざそんな言い方をするのかと少し引っかかった。
「どういうこと? 収穫で手に入れたフルーツって、みんなそうだよね」
「あー……もうちょっと丁寧に言うと、そのラウンドで収穫したフルーツってこと。つまり、今はそのフルーツが手元になくても、そのラウンドで収穫できる見込みがあるなら注文を受け付けることができる」
わかる? と言いたげな角くんの視線に、わたしは首を振った。
「ごめん、なんだかぴんとこないかも」
「遊ぶとすぐわかると思うけど、言葉で説明するとややこしいんだよね。例えば、手元にバナナ二つとブドウ一つをすでに持ってるとするよね。そうすると、あとはタルト生地があれば、この『バナナとブドウのタルト』を焼くことができる。その状態でも、このラウンドにタルト生地が手に入る見込みがあるなら、この注文を受けることができる」
「一匹で注文を受けて、もう一匹でタルト生地を取りにいけば良いってこと?」
「そう。そうやって収穫したタルト生地をすぐに使ってタルトを焼くことができるってこと」
角くんに言われた状況を想像しながら、あれこれと考える。
「材料を持ってないのに注文を受け付けるって……タルトを焼く時になって、うっかり材料が足りないってことになったりしない?」
「欲張ると、まあ、そういうこともあるかもね。狙ってる注文が被って、先に注文を受けてから材料を集めようとしたら、材料の方を先に取られちゃったりとか」
「その場合、どうなるの?」
「まず、タルトは焼けない。注文はまた次のラウンドで誰でも受けられるようになる。特にペナルティはないけど、一手番は無駄になっちゃうね。でも、妨害のためだけに明らかに焼けないとわかっている注文を受けるのは、駄目だよ」
「妨害……え、そんなのもあるの?」
「それはできないって話。このゲームではね」
このゲームでは──ってことは、そういうのがあるゲームもあるってことか。そういうゲームだと、邪魔をされることも考えないといけないし、邪魔をしないといけないこともあるんだろうし、大変そう。
そんなことを考えていたら、角くんが心配そうな顔になった。その向こうで、角くんの尻尾がゆらゆらと不安そうに揺れている。
「何かわからないこと、ある?」
「大丈夫」
慌てて首を振ったわたしに、角くんは尻尾の揺れを止めて、ほっとしたような顔をして、話を続けた。
「最後にゲーム終了の話。みんなの収穫が終わったタイミングで、誰かがタルトを三枚以上焼き上げていたら、ゲーム終了。その時点で、タルトを一番たくさん焼いていた人の勝ち。もし同じ枚数の人がいたら、その中でイチゴをたくさん収穫した人。イチゴも同じならブドウ、ミカン、バナナって比べていく」
「タルトの数だけで決まるんじゃないんだね」
「割とみんな、同じタイミングで三枚焼けるんだよね。そうなると、イチゴの数で決まる」
「じゃあ、イチゴをたくさん集めておいた方が良いってこと?」
「注文の内容とか、タイミングによるかな。イチゴにこだわってタルトが焼けないんじゃ意味がないし。だから、まずはタルトを焼くのが優先。でも、ちょっと意識しておくと良いかもね」
そうか、と思ってメニューのタルトのイラストを見る。イチゴの数を気にしながらタルトの材料を集めるのは、わたしには難しい気がする。
角くんが顔を覗き込んできて、首を傾けた。
「インストはこれで終わり。大丈夫? ゲーム、始められそう?」
頭の中でルールを思い返しながら、頷いた。
「大丈夫。タルトを焼けるかどうかは間違えそうだけど、ルールはわかったと思う」
「まあそこは、俺もサポートするから」
「あ、でも、一つ気になってたことがあるんだけど」
ほっとしたように微笑んだ角くんが、その穏やかな表情のまま首を傾ける。その向こうで尻尾が緊張したようにゆらりと動いたのが見えた。
わたしは森の地図を指差した。左上の、バナナとタルト生地のシールが貼ってあるところ。
「これ、タルト生地も木に
わたしの質問に、角くんはぽかんとした顔をして、それから力が抜けたように尻尾の動きが止まって、微笑んだ。
「タルト生地、確かにそうだね。このゲームの世界だと、タルト生地もフルーツの一種なのかも。木に実って、それを焼くとタルトになるんじゃないかな」
「それって、実際のゲームでもそうなの?」
「そう。タルト生地の駒も木のタイルに置いて、それを収穫する」
「そうなんだ」
わたしは森の地図を見る。タルト生地がどんなふうに実ってるのか、ちっとも想像が付かない。でも、リスが木の実を採ってきて、それを焼いたらタルトが出来上がる光景を思い浮かべて、なんだかそれは可愛いなと思った。
「絵本みたい」
「可愛いゲームだよね」
いつも通りに穏やかに笑っている角くんの向こうで、尻尾がぴんとまっすぐになる。それがなんだか誇らしげに見えてしまって、わたしは笑ってしまった。
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