8-7 メルボルン

 その次に行ったのは『THE WHITSUNDAYSホウィットサンデイ諸島』だ。一度行った場所だけど、これで『カンガルー』の三点が確定。『ブーメラン』もある。

 二度目だったけど、ホワイトヘブンビーチはやっぱり綺麗だった。カンガルーも何度見ても可愛い。『ブーメラン』はここまでも何度か体験してみたけど、何度投げてもうまくいかない。

 かどくんはこの何回かで上達してるみたいだった。こういうところでも上達しようとして、それを楽しんでしまうのは、なんだか角くんらしいなと思う。これも角くんにとっては、ボードゲームみたいなものなのかもしれない。


 そして、ビーチの近くにある喫茶店で一休みしながら次のチケットを確認する。回ってきたのは『P』と『U』と『W』だ。

 『P』は『MT GAMBIERマウント・ガンビア』──前のラウンドで最後に行って、あの青い湖を『観光』したところ。そして、この『野花』のブローチを買った場所。

 『U』と『W』はまだ行ったことがない。『MELBOURNEメルボルン』と『TWELVEトゥエルブ APOSTLESアポストルズ』。

 『MELBOURNEメルボルン』は、さっきの『ROYAL王立 EXHIBITION展示 BUILDING』があった場所だ。もしかしたらまたメルボルン動物園に行くのだろうか、マークは『ウォンバット』と『ハイキング』。市街地だからハイキングというよりも散策とか散歩という方がイメージに合ってる気がする。

 『TWELVEトゥエルブ APOSTLESアポストルズ』は『水泳』ができて、『貝殻』のお土産が手に入る。

 今、手元にあるお土産は『貝殻』と『葉っぱ』で合わせて四だ。もしここで『貝殻』を手に入れたら合わせて七、点数は十四点。でも、チケットはまだ後二枚ある。また八点を超えるかもしれない。

 でも、ここで『ウォンバット』を見に行ったとして、後二枚の間にまた『ウォンバット』を見る機会があるだろうか。

 地図の脇に描き出されている、他の人が使ったチケットを眺める。その中に、すでに『ウォンバット』が一枚ある。『ウォンバット』は全部で四枚だから、後二枚。


「次のチケットがわかったら良いのに」


 決められなくて思わずそう呟いたら、角くんが「んー」と考えるような声を出した。


「わかる、かも」

「え、わかるの?」


 角くんは、テーブルに並んだチケットを指差した。


「今、三ラウンド目の五枚目のチケットだよね。てことは、これって大須だいすさんが最初に受け取って一枚目を選んだ残りのチケットってこと」


 わたしは瞬きをして、角くんの顔と指先を交互に見た。角くんは指を持ち上げて、人差し指と中指を立ててみせた。


「ていうことは、次に回ってくるチケットは、大須さんが二枚目に選んだチケットの残りってこと。二枚目、何選んだか覚えてる?」


 わたしは、写真を貼り付けたノートを開く。そしてすぐに思い出した。


「『カモノハシ』だ。コンプリートできるチケットが二枚あって、それで悩んで」

「そのときの、他のチケットの内容って覚えてる? もし覚えていれば、他のプレイヤーが使ったチケットと突き合わせて、どのチケットが残ってるかわかるよ」

「え、コンプリートどうしようって思ってたから、行き先までは……。カラフルだったのはなんとなく覚えてるけど」


 角くんが微笑んで頷く。


「そうそう、そういう覚え方でも大丈夫。他には何か覚えてない? コレクションが多かった少なかったとか、動物がいたとかいなかったとか」

「動物……あ、賑やかだなって思ったんだ」


 このゲームに登場する動物のマークが全部揃っているって、そう思ったことを思い出した。


「『賑やか』?」

「そう。動物のマークが全部揃ってて……五種類」


 角くんがまた、テーブルに置かれたチケットを指差す。そこには、『ウォンバット』のマーク。


「『ウォンバット』もあった?」

「あった」


 わたしが頷くと、角くんはにぃっと笑った。


「もし、そのチケットを誰も使ってなければ、次に回ってくる中にまだ『ウォンバット』が残ってることになるね」

「もしそうなら、ここで『ウォンバット』を取れば、次で五点ってこと?」

「うまくいけば、ね。あるいは『C』のチケットが残っていればコンプリート……まあこっちはさすがに取られてると思うけど」


 そう言って、角くんは今度は地図の脇を指差す。他の人が選んだチケットが並んでいるところだ。わたしは角くんの指先を追いかける。


大須だいすさんの次はこのプレイヤー、『エミュー』のチケット。それから、このプレイヤーは『カンガルー』……『C』のチケット。まあ、それは残らないよね。でも、今のところ『ウォンバット』は残ってる」

「じゃあ」

「でも」


 勢い込んで体を乗り出したわたしに向かって、角くんが人差し指をぴんと立てる。わたしが口を閉じると、角くんはその人差し指をまた地図に向けた。


「今はこのプレイヤーが、そのチケットを持っていて、その中から一枚選んでる。もしかしたら、そこで『ウォンバット』はなくなっちゃうかも」


 わたしはそのプレイヤーの地図の状態と、ここまでのチケットを見る。『ウォンバット』以外のチケットがよく思い出せない。肝心の『ウォンバット』だって、行き先がどこかなんて覚えていないのに。

 でも、もう一つ思い出したことがあった。


「この人は『ウォンバット』を取らない気がする」

「どうして?」

「赤い地域……ええと『WESTERN AUTSTRALIA西オーストラリア州』がリーチだよね、この人。確か、赤いチケットだけ二枚あったし、『ウォンバット』は赤くなかった、と思うから。この人は赤いチケットを優先するんじゃないかって。行き先はよく覚えてないし、自信があるわけじゃないんだけど」


 自信はないけど、でももうわたしは次の行き先を決めていた。角くんをそっと見ると、角くんはにっこりと笑って頷いた。


「良いと思うよ」




 それで次の行き先は『MELBOURNEメルボルン』。またメルボルン動物園に行って、今度は『ウォンバット』を見る。『ウォンバット』というのは、ごろんとしていて、ちょっとふてぶてしい感じで、可愛い。広々としたスペースに何頭もいて、中にはひっくり返って寝ている子もいて、可愛い。

 それから市街地を『ハイキング』──散歩する。途中で見えた建物をかどくんが指差してゆく。


「あれはフリンダース・ストリート駅。あの時計台が有名らしいよ。こっちの尖った屋根は、多分セントポール大聖堂かな。それで、その向こうにヴィクトリア国立美術館の建物があって」


 その先に流れる川がヤラ川で、そこに架かった橋がプリンセス橋というのも、角くんが教えてくれた。

 橋を渡っている途中で、角くんが立ち止まって振り返る。


「ちょっと角度が違うけど、この辺りから見える景色がカードの絵になってるんだ」


 同じように振り返ると、駅の時計台と、大聖堂の尖った屋根と、その向こうのビルがいっぺんに見える。そしてさらにその向こうには、広い青空。




 次に回ってきた二枚のチケット。そのうちの一枚に『ウォンバット』のマークを見付けて、ほっと息を吐いた。

 行き先は『BLUE MOUNTAINSブルー・マウンテンズ』。マークは『ブーメラン』と『ウォンバット』だ。


 観光案内所の周囲は広場のようになっていて、その中に展望台があるらしい。


「岩が三つ並んでいて、スリー・シスターズって呼ばれていてね。なんで三姉妹なのかっていう昔話があって、いくつかバリエーションがあるらしいんだけど」


 展望台に向かいながら、かどくんがその昔話を教えてくれた。


「悪い奴が美人で評判の三姉妹をさらいにきたものだから、かわいそうに思った魔術師が岩に姿を変えて隠したんだ。三姉妹を見付けられなくて怒った悪い奴は、その魔術師を殺してしまった。それで三姉妹は戻れなくなってしまった」

「それひどい」

「他にも、三姉妹が悪魔を怒らせてしまったせいってのもある。それで父親は悪魔から隠れるために魔法の杖を使って三姉妹を岩に変えるんだ。父親は鳥に姿を変えて飛んで逃げるんだけど、途中で魔法の杖を落としてしまう。それで、父親も三姉妹も元の姿に戻れなくなってしまった。父親は今も魔法の杖を探して飛び回っているらしいよ」

「隠れるために岩になるのは同じなんだね」

「そう、三姉妹が岩になって戻れなくなるってところは同じなんだけど、みんなちょっとずつ設定が違って面白いんだ、調べると」


 展望台に登って、こっちと言われるままにその指先の示す方を見る。

 もこもことした緑が広がる中、ところどころ岩肌の色が見える景色。その中に、こんもりと盛り上がった岩がある。その先に台のように平らな岩が突き出ている。その平らな岩の上に、三つの細長い岩が、寄り添うように佇んでいた。

 まるで何かを待つように、向こうを見ている気がした。こうやって、ずっと、岩から戻れる日を待っているのかもしれない。


「確か、三姉妹の名前も伝わってたはずだけど……忘れちゃった」


 名前まであるのか、とその三姉妹の姿を見る。

 三姉妹の向こうはどこまでも、起伏のある緑が続いている。遠くの緑は、空の色と混ざり合って青い。




 三ラウンド目の最後の一枚は、『THE MCGメルボルン・クリケット・グラウンド』。名前の通りにクリケットの試合を見ることになった。


「クリケットって……名前は知ってるけど、全然知らないよ。大丈夫かな」

「ボール投げて打って走るらしいよ。俺も軽くしか調べてないから、あんまりよくわかってなくて」

「野球に似てるの? 野球も詳しくはないけど」

「クリケットは確か正面に向かって走るとか、そんな感じ」


 二人してそんな曖昧な状態で観戦したけれど、それでも楽しめた。思ったよりも激しいスポーツだった。みんなすごい勢いで走る。ボールに飛び付く。

 打者がアウトになる理由がわからなくて、かどくんと二人で「今のはなんで駄目だったの?」「ボールが足にぶつかると確か駄目で、あと確か後ろの棒も関係あって」「ほんとだ、後ろに棒が立ってるね」なんて話しながら、なんだか全然わからないのが面白くて笑っていた。

 本当に何もわからない。ルールは全然わからないし、どっちが勝ってるとかも全然。それでも、ボールを介したやりとりがあるのはわかったし、今のはきっとすごいプレイだったんだろうな、とかそういうこともちょっとわかった。




 たくさんの場所に行って、たくさんのものを見て、たくさん笑った。

 笑っているうちに、ゲームを遊んでいるのか旅行をしているのか、わからなくなってきた。それともそれは、どっちも同じことだっけ?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る