8-6 ニトミルク国立公園

 二ラウンド目の点数は、やっぱり一ラウンド目に比べて──他のプレイヤーに比べても、少なかった。州のコンプリートはできたけど、他のプレイヤーの中には二箇所コンプリートしてる人もいた。

 空港の喫茶店で向かい合って座るのも、これで三度目だ。テーブルの上に地図を広げて、三ラウンド目のチケットを七枚並べる。


「大丈夫、まだ二ラウンド残ってるから。ここからじゅうぶん点数伸ばせるよ。コンプリートできるところを優先して、動物ならカモノハシとかコアラとか得点が高いのが狙えると良いよね。あとは……今度こそアクティビティが被らないと良いんだけど」


 かどくんの言葉に頷いて、わたしは並べたチケットを見比べる。

 アクティビティを優先するなら『ブーメラン』の『URULUウルル』か『ハイキング』の『HUNTERハンター VALLEYバレー』『MELBOURNEメルボルン』、州のコンプリートを狙えるのは『HUNTERハンター VALLEYバレー』か『THE PINNACLESピナクルズ』。『HUNTERハンター VALLEYバレー』のある『NEW SOUTH WALESニューサウスウェールズ州』は一箇所しか行けてないけど、『THE PINNACLESピナクルズ』のある『WESTERN AUTSTRALIA西オーストラリア州』はもう二箇所行けている。


「『HUNTERハンター VALLEYバレー』か『THE PINNACLESピナクルズ』のどっちかで迷ってるんだけど」


 言いながら、自信がなくて角くんの表情を伺ってしまう。角くんはわたしの視線に気付いて、でも何も言わない。

 角くんが黙ったままなので、わたしは思い切って一枚のチケットを指差す。


「『THE PINNACLESピナクルズ』の方にしようかと思ってる」

「どうしてか聞いても良い?」

「『観光』のアクティビティは無駄になっちゃうけど、でもこれで『WESTERN AUTSTRALIA西オーストラリア州』がリーチになるから。それに、こっちは数字が『1』だから、キャッチで最大六点になるかもしれないよね。『HUNTERハンター VALLEYバレー』の『5』だと、最大でも四点だし」


 角くんが、大きな地図の脇に描かれた他のプレイヤーの状況を指差した。


「コンプリートで点数が入るのって、残り三箇所だよね。このプレイヤー、三箇所ともリーチなんだよ」


 わたしはそれまで、他のプレイヤーのことをあまり気にしていなかった。だから、角くんにそう言われて初めて、それに気付いた。


「それで、そのうちの二箇所で、大須だいすさんと行き先が被ってる」


 そのプレイヤーの地図では、『NORTHERN TERRITORYノーザンテリトリー準州』の『G』と、『WESTERN AUTSTRALIA西オーストラリア州』の『C』がまだ埋まっていなかった。

 わたしの地図では、『NORTHERN TERRITORYノーザンテリトリー準州』の『G』と、『WESTERN AUTSTRALIA西オーストラリア州』の『B』と『C』が埋まっていない。そして、『THE PINNACLESピナクルズ』は『B』。


「残りの行き先は、多分このプレイヤーと取り合いになる。もしかしたらもう、誰かのスローカードになってるかもしれない。それでも、こっちを選ぶ?」


 わたしはもう一度考える。『WESTERN AUTSTRALIA西オーストラリア州』のコンプリートを諦めて、『HUNTERハンター VALLEYバレー』を選んだ方が良いのかもしれない。それで、『NORTHERN TERRITORYノーザンテリトリー準州』だけコンプリートすれば良い?

 そこまで考えて、首を振った。だって、そっちが駄目な可能性だってある。


「一つしか可能性がないより、二つあった方が良いと思う。もしかしたら両方駄目かもしれないけど、両方大丈夫かもしれないし、片方駄目でももう片方は大丈夫ってこともあるかもしれないし。だから、ここにする」


 本当は、そんなに自信があるわけじゃない。でも、角くんは微笑んで「良いと思うよ」って言ってくれたから、わたしは頷いて『THE PINNACLESピナクルズ』のチケットを手に取った。




 『THE PINNACLESピナクルズ』は砂漠だった。茶色い砂の地面が広がって、その中にぼこぼこと地面と同じ色の尖った岩が突っ立っている。不思議な光景だ。点数にならなくても『観光』は面白い。

 それから、寄り道をして『カンガルー』も見た。


 そして、近くの休憩所に座って、ガイドさんから次のチケットを受け取った。

 六枚のチケットはカラフルで、やけに賑やかだった。行き先がオーストラリアのあちこちに散らばっている──赤い色だけ二枚あったけど。

 動物のマークが多いのも賑やかに見える理由かもしれない。ざっと見たら『カンガルー』『エミュー』『ウォンバット』『コアラ』『カモノハシ』と、三点から九点までオールスターだ。

 その行き先を地図と照らし合わせながら一つ一つ確認して、眉を寄せてしまった。その中には、アルファベットの『C』と『G』があって──つまり、コンプリートに必要なチケットが二枚ともそこにあった。


「これ、わたしが選ばなかった方は、きっと取られちゃうよね」


 わたしが見上げると、かどくんも眉を寄せて「多分ね」と頷いた。

 アルファベットの『C』は『MARGARET RIVERマーガレット・リバー』で、アルファベットの『G』は『NITMILUKニトミルク NATIONAL国立 PARK公園』。

 両方とも『貝殻』のお土産があって動物が見れる。『MARGARET RIVERマーガレット・リバー』なら『カンガルー』だから、今なら確実に三点。

 でもわたしは、『カモノハシ』の『NITMILUKニトミルク NATIONAL国立 PARK公園』を選ぶことにした。


「そっちで良いの?」


 角くんに聞かれて、頷いてみせる。


「『カモノハシ』は九点だから。もし揃えば、高得点でしょ?」

「揃わないかもしれないよ?」

「それでも『NORTHERN TERRITORYノーザンテリトリー準州』はコンプリートできるんだから、悪くないと思う。それに、『カンガルー』は枚数があるからこの先も揃えられるかもしれないけど、『カモノハシ』はここで取らないと揃えられないよね?」


 角くんが急に、ふふっと笑った。その声に、間違った判断だっただろうかと不安になる。


「やっぱり、無理かな?」

「そうじゃなくて……大須だいすさんて、割と度胸あるよね。思い切りが良いっていうか大胆ていうか」

「……どういう意味?」


 思わず顔をしかめてしまったけど、角くんは機嫌良さそうな笑顔のままだ。


「褒めてるよ。うまくいかないってあんなに落ち込んでたのに、それでもリスク取りにいくんだって思って」

「だって……うまくいかなかった分を取り戻さなくちゃって」

大須だいすさん、そういうところが強いよね」


 角くんはどうやら、まるっきり本気でわたしを褒めているみたいだった。自分ではそんな自覚はなかったのだけれど──角くんに顔を覗き込まれて、目を細めて微笑まれて、わたしは言おうと思っていたことをどこかに飛ばしてしまった。

 わたしが何も言えないでいる間に、角くんはぴんと伸ばした人差し指を『NITMILUKニトミルク NATIONAL国立 PARK公園』行きのチケットに置いた。


「うまくいけば九点、でもうまくいかないかもしれない」


 そして、首を傾ける。


「うまくいかなくても、大丈夫?」

「それは……わからない。失敗するのは怖いし、また落ち込んじゃったらごめん。でも、ここにする」


 わたしの答えに、角くんは面白そうに笑った。


「うまくいかなくても、カモノハシを見たって思い出は残るよ」


 角くんの言葉に、わたしは自分の胸元を見る。そこにはさっきのラウンドで手に入れたブローチが可愛い花を咲かせている。わたしはまた角くんを見て、ちゃんと笑って頷けたと思う。




 『NITMILUKニトミルク NATIONAL国立 PARK公園』にはキャサリン川が流れている。その川が岩を削って作ったキャサリン渓谷が見所なのだそうだ。


「カカドゥが水源なんだって」

「カカドゥって……確か行ったよね」

「そう。ジムジム滝があったところ」


 かどくんは嬉しそうに笑って、そびえ立つ岩を見上げた。

 それから、水辺で巣を作るカモノハシを見たけれど、これもやっぱりゲームの都合らしい。


「カモノハシの生息域って、オーストラリアの南とか東らしいから。それに、キャサリン川にはワニもいるらしいし」

「だんだんこんがらがってきた」

「カードで遊んでいるときは気にならないんだけど。目の前で見ちゃうとね」


 それで、お土産の『貝殻』を手に入れる。考えたらこの場所のお土産が『貝殻』なのもなんだか不思議な気がした。




 次のチケットを受け取って、わたしはほとんど飛び跳ねるようにかどくんにそれを見せた。


「角くん! 『カモノハシ』!」


 角くんはぽかんとわたしが持っているチケットを見ていたけれど、すぐに笑い出した。


「すごい! 九点だ!」


 今は悩む必要なんてない。わたしは、『カモノハシ』のマークが描かれた『ROYAL王立 EXHIBITION展示 BUILDING』のチケットを引き抜いた。


 それで次は『VICTORIAヴィクトリア州』に行く。『ROYAL王立 EXHIBITION展示 BUILDING』とそれを囲むカールトン庭園は綺麗だった。

 その建物のすぐ近くにメルボルン博物館があって、その中でわたしと角くんは『カモノハシ』の標本を前にして顔を見合わせた。


「ひょっとして、これが九点?」

「どうだろう……せっかくなら、生きてるカモノハシを見たかったけど」


 確かに『カモノハシ』ではあるけど、とは思いつつも、展示は面白かった。博物館では、『葉っぱ』の標本を使った栞をお土産に買った。

 メルボルン動物園も近くにあって、そこでわたしと角くんは無事、生きて動いている『カモノハシ』も見ることができた。カモノハシのための環境なのか展示場所は薄暗くて、よく見ないと何がなんだかわからなかったけど。

 平ったいくちばしに、どこを見ているのかわからない顔。愛嬌のある体つき。意外と鋭い爪。そんな姿の生き物が、思った以上にアクティブに動き回っていて、見てると思わず笑ってしまう。

 薄暗い赤っぽいライトの中、角くんと二人で指を差して「今の見た?」「可愛い」と言い合って笑い合った。





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