7-8 ボードゲーム好きの角くんとボードゲームを遊ぶわたし
■■
持ち上げた手で、
「角くんがダニーだよね?」
わたしの声に、周囲の真っ白な空間が、また真っ黒に塗り潰されていった。その中に、たくさんの額縁が並んで──額縁の中にはそれぞれ絵が描かれていた。そのどこか少し怖い絵はどれも、ダニーの記憶だ。
角くんは、ダニーの記憶をぐるりと見回して、溜息をついた。
■□
気付いたら、兄さんの部屋でみんなでテーブルを囲んでいた。テーブルの上には、ダニーのお題が書かれたカードが並んでいる。
「ゲーム終了か」
兄さんが自分の部屋の中を見回して、ぽつりと言った。
「
「……そんなに、どうしてって言うほどの自信はないんだけど」
「それでも良いから」
わたしのそれは、はっきりとした意見なんてものじゃなくて、本当にただなんとなくそう思っただけのことだった。
けれど、その角くんの視線に応えて、自分が感じていたことをできるだけ言葉にしてみる。
「わたし、角くんがプレイヤーとして遊ぶの、初めて見て……。それで、なんか、思ってたのと違ったっていうか」
「思ってたのと違った?」
「角くんて、プレイヤーになったらもっと自分で選びたいんじゃないかなって思ってたんだけど、今日は選んでなかったから」
「それが……理由?」
角くんが、ちょっと困ったように眉を寄せた。わたしは見当違いのことを言ってしまったのかと思って、慌てて言葉を続ける。
「角くんていつも、今まで、ボードゲームで遊んでるとき、わたしに選ばせてくれてたよね。それって、今まではわたしだけがプレイヤーだったからで、わたしが楽しく遊べるように角くんが気を遣ってくれてたんだと思っていて……それはきっと、本当は角くんが自分で選びたいからじゃないかって、ずっと思ってたから」
角くんはぽかんと口を開いてわたしを見ていたけど、急に口元を押さえてふいと横を向いた。
「だって、それは、
やっぱり見当違いだったんだと思って、わたしは俯いた。
「ただ、なんとなくそう思ってたってだけで。なんか勝手にごめん、見当違いなことを」
「謝らないで。責めてるわけじゃなくて……それに、見当違いでもないし、別に嫌だったとかそういうことじゃなくて」
角くんの声にそっと視線を上げる。角くんの顔はまだ横を向いていて、その大きな手で口元を覆っているのも相変わらずだ。その視線だけが、わたしの方に向いた。
「本当に。いろいろと態度に出ちゃってたんだなって思っただけ」
そう言う角くんの声も視線も優しかったけれど、角くんはすぐにまた視線を逸らして、何かを考え込むような顔付きになった。
その横顔が、なんだか悔しそうに見えて、わたしは声を上げる。
「あ、それともう一つあった」
「え?」
「角くん、お題が不正解でも悔しそうにしてなかったよね。わたしが意思決定役だったから、わたしを責めないようにしてくれてたのかなって思ってたんだけど。でも、わたしがお題を出したときは角くんが意思決定役で、そのときも悔しそうじゃなくて。それで最初に『ごめん』って謝られて……なんで謝ったんだろうって」
角くんは両手で顔を覆って「でも、だって、あれは思わず」と呻いた。
「それ、俺が『悪夢』って言ったときですよね。カドさんあそこで長考してたの、それ関係してます?」
兄さんの声に、角くんは顔を上げずに両手で顔を覆ったまま、応えた。
「
「どうして言わなかったの?」
わたしの問いかけに、角くんは顔を上げてわたしの方を見て、それなのに目が合ったらすぐに視線を逸らしてしまった。
「それは……議論を長引かせるよりも、早く結論を出す方を選んだから」
「へえ、どうしてですか?」
兄さんがにやにやと笑って角くんに聞く。角くんはちょっと恨めしそうに兄さんを見て、またちらりとわたしを見て、諦めたみたいな溜息をつくと兄さんに向かって言った。
「
「え、わたし?」
思わず聞き返してしまったけど、角くんはそれ以上何も言わなかったし、わたしの方を見ることもしなかった。
兄さんの目が面白いものでも見付けたみたいに細くなるのが、その眼鏡越しに見えた。
□■
真っ黒に塗り潰された世界、ダニーの記憶が並ぶ中で、わたしに服の裾を掴まれて、
「正解。俺がダニーだ。よくわかったね」
それから角くんは、心配そうにわたしの顔を覗き込んでくる。
「
「それはまあ、怖かったけど。なんなら今もまだちょっと怖いけど……それに、ゲームは難しいし。あ、でも」
わたしは背伸びするように角くんの顔を見上げる。
「角くんがダニーだって当てられたのは、嬉しかったかも」
きっと、わたしは少し笑っていたと思う。だってこれは、わたしが一人で考えて選択した結果だったから。
角くんはわたしの顔を見下ろして、瞬きをして、それからほっとしたように微笑んだ。
「そっか……それは良かった」
いつもみたいに穏やかなその笑顔は、まるっきりいつもの角くんで、だからわたしはそれで、ゲームが終わったんだと思った。
■□
いつもみたいに「ありがとうございました」と挨拶をした後のこと。
テーブルの上に積み上げられたボードゲームのうち、
角くんはそれで財布からいくらかを出して兄さんに渡して、代わりに選んだボードゲームを自分のカホンバッグの中に詰め始めた。兄さんのボードゲームを買うつもりだったからか、カホンバッグを空っぽのまま背負ってきていたらしい。
「まあ、その代わりと言うわけじゃないけど」
アンダーリムの眼鏡越しに、兄さんが何か企んでいるみたいな笑顔を見せる。
それを見て、兄さんの笑顔はいつも胡散臭いんだよね、と思う。もちろん、実際に何か企んでいることもあるだろうけど、大抵は普通に笑っているだけのつもりらしい。
よくやるにやにや笑いもそうだ。兄さんはこの笑顔で損してることがあるんじゃないかって思うこともある。
詐欺師顔と思ったりもする。本物の詐欺師は、こんないかにもな顔はしていないと思うけど。
「たまに、うちに遊びにきませんか?」
「え」
角くんは、ボードゲームをしまっていた手を止めて、兄さんの顔を見た。
「カドさんがいると、
「勝手に決めないでよ。嫌だ。わたしは遊ばないからね。遊ぶなら二人でやって」
「カドさんが選んだボドゲ、面白そうって思ったら遊んでくれるんだろ?」
「それは今日だけのつもりで……」
「今日は結局選んだゲーム遊んでないだろ」
「それ、ずるい!」
兄さんはにやにや笑ったまま、わたしの言葉を無視して改めて角くんの方を見た。
「ということなんで」
「いや、でも……」
角くんは困ったように、わたしの方を見た。心配そうに、わたしの顔を覗き込む。
「本当に、大丈夫? 俺が家に来るのとか、嫌じゃない?」
兄さんには言える「嫌だ」が、角くん相手には言えなくて、言葉に詰まったわたしはもやもやとはっきりしない返事をしてしまう。
「その……角くんが嫌だとか、そういう話じゃないけど……」
角くんはほっとしたように微笑んだ。まったくいつも通りの、穏やかな笑顔。
その顔を見ながら、最初にボドゲ部
「なら、良かった。
「遊ぶとは言ってないからね」
「だから、面白そうって思ったらで良いから」
そう言いながらも、角くんのその口振りは、わたしが一緒に遊ぶって疑っていないみたいに聞こえた。そしてわたしも、なんとなくそうなりそうだと思ってしまっていた。
わたしは俯いて、そして今更ながらに自分が部屋着だったことを思い出す。
「次に来るときは、事前に教えて」
せめて次は、部屋着じゃない服を着ておきたい。そんな気持ちで、本当に今更だと思ったけど、剥き出しの太腿を隠すために、わたしはパーカーの裾を引っ張った。
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