7-6 小さい頃のわたしと高校生のわたし
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順番が一周して、また兄さんがお題を出す番になった。
ここまでの状況は、正解が一つと不正解が二つ。あと一回不正解になったら、ダニー当てになる。それでこの中にいるダニーを当てられなければ、ダニーの勝ち。ダニーを当てられたら副人格の勝ち。
そうでなければ、ここから不正解を出さずにあと五回正解し続けないといけない。
最初にルールを聞いた時よりも、ずっと難しいゲームだってことは、もうじゅうぶんにわかったと思う。
そんな状況で、兄さんが出してきた絵を見て、わたしと
狼の毛皮を被った女の人。その頭の上には、葉っぱのような形のものと──それが光ってるのかな、そんな線が描いてある。
女の人の下には、雲を被った高い塔のような建物。その脇に、横になっている──倒れている?──女の人と男の人。
お題の選択肢は「自己実現」「競争」「幻想」「自殺」「世界の王」の五つ。
「さっぱりわからない」
わたしが困惑したまま口に出すと、角くんは口元に手を当てて考え込んだ。少しして、絵を指差しながら口を開く。
「この頭の上のこれ」
「葉っぱみたいな形の?」
「うん。これ、天使の輪っかみたいな? ほら、死んでる表現で、そういうのあるよね」
「死んでるってことは……『自殺』?」
自分で言い出したことなのに、角くんはすぐに首を振った。
「ごめん。自分で言っといてあれだけど、こっちの横になってる人たちの意味がわからない」
「死んで……倒れてる的な?」
「二人いたら『自殺』じゃないよね」
「確かに」
「
横になっている人たち──倒れているのだとしたら、なんで倒れているのか。隣の、塔みたいな建物もわからない。
兄さんはわたしの絵を「情報量が少ない」って言ったけど、兄さんのは情報量が多すぎると思う。選択肢のネームプレートと付き合わせて、いくらでもこじつけができてしまう気がする。
そうやって出てきたこじつけの一つを、わたしは溜息混じりに口にした。
「こじつけだと思うけど……『競争』で倒れた人たちとか。この塔を登る『競争』で、途中で力尽きて、こっちの女の人は登り切ったから勝ちで……光ってるのも、その勝者を表現してる、とか」
「状況はさっぱりわからないけど、矛盾はない気がする。でも、それだと『自己実現』も『世界の王』も解釈できちゃいそうなんだよね」
「そうだよね……自分でもそう思う」
わたしと角くんは、また黙り込んでしまった。
ここで不正解ならダニー当てになってしまう。それに、正解が一つだけっていうのも悲しい。
でも、いくらそう思っていても、わたしには兄さんが何を言いたいのか、本当にこれっぽっちもわからない。
「うーん、でも、そうか。『自己実現』だと『自殺』と同じで、こっちの横になってる人たちの意味がわからないね」
「じゃあ……『競争』か『世界の王』のどっちか?」
「もう一つ、『幻想』のこと忘れてた」
「『幻想』……?」
すっかり忘れていた選択肢の存在に、わたしはまた絵を眺めて「えー」と声を出す。
「『幻想』って言葉がぼんやりしすぎててわからないんだけど」
「んー……ほら、この狼の女の人が『幻想』で、みんなでそれを見てるとか……いや、ごめん、忘れて。これはちょっと、いくらなんでもだ」
それでまた結局、二人で黙って考え込んでしまう。きっと今頃、この近くで兄さんがやきもきしてるんだろうな。
わたしが小さい頃──保育園のときにこの体質のことがわかって、でも大人はみんな信じてくれなかった。小さい子がごっこ遊びに夢中になってそんなことを言っているんだろうと思われていた。
兄さんだけが信じてくれて──でも、その後の出来事は最悪な思い出だ。
わたしの話を面白がった兄さんは、次から次へとボードゲームを持ってきてわたしに遊ばせて──わたしはそれですっかり、ゲームが嫌になってしまったんだ。
戦いのあるゲーム──将棋だってオセロだって戦いだった──は怖かったし、すごろくだって怖いことばかり起こったし、トランプだって何が起こるかわからなくて嫌だった。福笑いなんか悪夢だ。
わたしは溜息をついて頭を振った。今は目の前のことに集中しなくちゃと思う。けれど、どれだけ考えても答えはわからない。
兄さんはわたしとボードゲームを遊んで以来、なぜかすっかりボードゲームが好きになってしまって、今では立派なボードゲーマーだ。あの後も、何かというとわたしにゲームを遊ばせようとしてくるものだから、わたしはできるだけ兄さんを避けていたし、だから兄さんがこういうときに何を考えるのか、ちっともわからない。
隣の角くんを見上げて、もしかしたら角くんの方が、兄さんのことを知っているのかもしれない、なんて考えて、ちょっとぼんやりしてしまっていた。
「やっぱり、『幻想』も外して良いかな。『競争』か『世界の王』のどっちか。
そんな時に、不意に角くんがわたしの方を見てそう言った。わたしは、ぼんやりしてたものだから言葉に詰まってしまって、とっさに何も言えなくて、慌ててまた絵の方を見て考え込む。
「わからない。もう、どっちか選ぶしかないって気分」
「大須さんが意思決定役だから、もうあとは任せるよ」
「え、そんな。だって、ここで間違ったら負けちゃうんだよね」
「いや、間違ってもまだ負けじゃないから。ダニーを当てられたら勝ちだから」
そうは言っても、責任重大過ぎると思う。わたしはそれでまた悩み始めてしまった。
■□
兄さんが「せっかくだから遊ぼう」って言い出した。
「そういうの、二人でやって。話が終わったんなら部屋に戻る」
そう言って立ち上がろうとしたわたしの腕を、また兄さんが掴む。
「カドさんとはいつも遊んでるんだろ? だったら今もボドゲ部みたいなものだろ」
「兄さんとは遊ばないから。離して」
兄さんはわたしの言葉を無視して、
「カドさん、どれでも良いんで、良さそうなのセッティングしてもらえます? 選ぶのも任せます」
「え、でも……」
角くんが困ったように眉を寄せて、兄さんとわたしと積まれたボードゲームの間で視線を彷徨わせる。
「遊ばないって言ってるでしょ」
「あ、じゃあ」
角くんが、わたしと兄さんの間に割って入る。
「今から俺が選ぶやつ、
「……見るだけなら」
渋々と答えると、角くんはほっとしたように笑って、兄さんの方を見た。
「いかさん、それでも良いですか?」
「面白そうって思ったら、ちゃんと遊べよ」
兄さんがわたしにそう言って、わたしはそれに頷いたりはしなかったのだけど、でもそういうことになった。角くんはほっとしたように溜息をついた。
「じゃあ、今から選びます」
そして、とても真面目な顔で、テーブルの上に積まれたボードゲームの箱を見た。
□■
わたしは結局たっぷりと長考──悩んで、それでようやく「競争」のネームプレートを手にした。そして、それを額縁の下に置いて──額縁の中の絵に見事なバツ印が付けられた。
「だから! お前らなんで最後の二択で! いつもいつも!」
姿を現した兄さんが、そう叫んだ後に特大の溜息をついた。
「王様っぽく見えなかったもん!」
兄さんが叫ぶのに合わせてわたしも声が大きくなってしまった。それにまた兄さんが何か言おうとするのを遮って、
「ええと、一応解説を聞いても良いですか」
兄さんはもう一度、大きな溜息をついて、それから絵を指差した。
「これは王様。強そうだし。それで、この頭の上のは王冠のつもり。こっちの下のは、城的な? それで、こっちの人たちは王様相手にひれ伏してるイメージ」
「え、えええ……?」
兄さんの解説は、納得いくような、いかないような。だって、わたしの『競争』のこじつけと大差ない気がする。
「……なるほど」
角くんは一言、そう呟いたきり、それ以上何も言わなかった。
「俺、かなり頑張ったよな!?」
「えっと……そうですね。最後かなり絞り込めてたので、惜しかったと思いますよ」
兄さんに絡まれて、角くんがそんなふうにフォローする。
わたしも自分で一度経験したことなので、もう兄さんに対して「わからない」って責める気持ちにはならなかった。
それでも難しかったなと思ってはいるけど。
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