7-4 ボドゲ部(仮)の角くんとボドゲ部(仮)のわたし
■■
亀だった。亀の上には波のような線があって、亀の後ろからは何かゆらゆらとしたものが飛び出ている。何だろうと思って見たら、どうやらそれは人の足みたいだった。
そして、亀の下にはスノードームのような入れ物の中の雨雲と海。
足元に落ちたネームプレートは「科学」「裏表」「地球外」「ヘリコプター」「かくれんぼ」の五つ。ネームプレートと、額縁に収められた亀の絵を前に、わたしは困惑する。
「『裏表』はないだろ。あと『かくれんぼ』も違うと思う」
兄さんの言葉に、わたしは亀をじっと見て、頷いた。
「確かに、そうかも。残りは、『科学』か『地球外』か『ヘリコプター』の三つ? 『科学』も『ヘリコプター』も違わない?」
「いや、でも、『地球外』なら正直この部分だけで良くないか?」
兄さんがそう言って、スノードームの中の雲を指差す。
本当に、角くんは何を思ってこの絵をこんなふうに並べたんだろう。そう思ったとき、ふと、気になって周囲を見回した。
「そういえば、出題するときって、どこにいたの?」
「俺からは、普通にここにいた感じなんだけど。そっちからは見えてなかったんだな。話してる内容も聞こえてたし。こっちからの声は聞こえてなかったよな?」
「兄さんの声は全然……そっか、じゃあ、角くんも今この辺りにいるってこと? この話も聞こえてるんだよね」
「俺のときと同じなら、多分な」
もしかしたら、今も隣にいるかもしれないのかと思って、いつもみたいに見上げる。当然、角くんの姿は見えなくて、ただ黒い空間が見えているだけだ。
今は怖くなっても、角くんの服を掴んだりはできない。
「ともかく、今はお題当てだ」
兄さんの声に、わたしはまた額縁に視線を戻す。
「『地球外』じゃないと思う。異論は?」
わからない、というのが正直なところだ。溜息をついて額縁を見て、ふと、亀の上に置かれた波のような線が別のものに見えた。わたしは絵の全体を見るために、一歩後ろに下がる。
亀の丸い体と、その上にある動きのある線。後ろに飛び出した何か。
「あ、ヘリコプター……?」
小さく呟いたわたしの声は、兄さんに届いたみたいだった。兄さんはじっと額縁を見て、そして頷いた。
「そうか……そうだな、これ、ヘリコプターだな」
意思決定役の兄さんが「ヘリコプター」のプレートを拾い上げて、それを額縁の下に置く。それで、角くんが姿を表して──角くんは嬉しそうに笑っていた──そのままわたしの前まできて、わたしの両手を掬い上げるように握って持ち上げた。
「
「え、あの……」
「いや、まあ、良いけど」
兄さんの声と視線に、角くんはぱっとわたしの手を放して、兄さんに向かってひらひらと振る。
「いかさんもありがとうございます」
兄さんが目を細めて角くんを見る。そして、雲が入ったスノードームを指差した。
「それよりカドさん、これの意図を聞かせてください」
兄さんの言葉に、わたしは首を傾けて角くんを見上げた。
「正解したのに、どうして?」
「発現人格は、『どうしてそうしたか』の説明を求められたら答えないといけないんだ。でないと、出鱈目に並べてただ混乱させるみたいなことができちゃうからね。あるいは、記憶カードを無駄に消費したりとか、そういう可能性だってあるし」
角くんは、わたしに向かってそう説明した後、兄さんの方を向いた。
「ヘリコプターなので、空を飛んでいるって伝えたくて、なので、雲を置きました」
「ヘリコプター本体の説明もお願いします」
「亀は、手持ちの中で一番ヘリコプターっぽい形だったので、まずこれを選びました。それで、ヘリコプターって後ろがこう細長くなってるじゃないですか。だから、そう見えるものを置いて、上の波は、プロペラが回ってるように見えるかなって思った感じです」
「まあ、筋は通ってるか。ありがとうございます」
わたしは首を傾けて、二人のやりとりを眺める。角くんはいつもみたいに穏やかに笑ってるけど、やっぱり何を考えているかはわからない。兄さんはじっと黙って考え込んでいて──なんだか少し怖いくらいだ。
「今のって、兄さんが角くんを疑ってるってこと?」
「疑ってるっていうか、誰の可能性もあるわけだから」
「まあ、ダニー探しになったときには、情報は多い方が良いから」
わたしにはなんだかぴんとこない。今の話を聞いても、角くんがお題を表現しようと頑張ったってことしかわからない。
それの何が情報になるんだろうか。
考え込んでしまったわたしの顔を、角くんが不安そうに眉を寄せて覗き込んでくる。
「次は、
そうだった。次はわたしがお題を出さないといけない。一人で進めないといけないと考えると、不安しかない。
いつもみたいに角くんが隣にいてくれたら良いのにと思うけど、今日はそれはできないんだ。
■□
「
兄さんが、意外なほどに真面目な顔でわたしを見る。その視線が妙に怖くて、わたしは目を伏せた。
「変わってないよ。ボードゲームの世界に入り込んじゃう。なんでかもわからない。保育園のときと変わってない」
兄さんは、わたしの答えに満足したみたいだった。それでも、念を押すように、さらに質問を重ねられる。
「じゃあ『体質が改善したからボドゲを遊べるようになった』ってわけじゃないんだな?」
「そうだよ」
「だったら、カドさんはそれを知った上で、瑠々とボドゲを遊んでるんですね?」
「ええと……」
「そうだよ。角くんは、わたしと一緒にボドゲの中に入って、それで一緒に遊んでる」
「平気なのか? ゲーム遊ぶの、あんなに嫌がってただろう」
「だって……それは……」
わたしはなんて答えたら良いかわからなくて、角くんの方を見てしまう。今度は角くんがわたしの代わりに口を開いた。
「俺が、無理を言って遊んでもらってるんです」
角くんのその言葉に、兄さんは訝しげに眉を寄せた。
□■
最初は、自分が消えたのだってわからなかった。けれど、
どうしたら良いのかわからずにそっと辺りを見回すと、たくさん並んだ白い額縁のうち、いくつかの額縁の中に絵が見えるようになっていた。絵が見えるのは七枚。どうやら、この七枚を使ってお題を表現しろってことみたいだ。
それから、角くんと兄さんの前に空っぽの額縁が浮かぶ。あの、手の込んだ模様が彫り込まれた額縁だ。それの上にネームプレートが五つ、浮いている。プレートにはそれぞれ「悪夢」「苦痛」「覗き」「失敗」「超越」と書いてある。
この中のどれがお題なんだろうって見ていたら、「失敗」のプレートだけが、わたしの目の前に落ちてきた。わたしはそれを拾い上げる。
「『失敗』か」
小さくつぶやいて、わたしはもう一度、七枚の額縁を見る。
女の人の顔のアップ。その目が水のようになっていて、そこに誰が飛び込んだのか足が突き出ている。
それが、一枚目の絵だ。
目を閉じた人の顔。頭のてっぺんが切り取られていて、そこに山。
穴の中を覗き込んでいるのか、穴から突き出た下半身。その下にもう一つ穴があって、そこからは両手を上げて落ちているように見える人の上半身。
絵はみんなそんな調子で、どこか怖いものばかりだった。
わたしは手の中の「失敗」という文字を見る。どうやったら「失敗」が伝わるだろうか。
「前に言ってた、声かけようと思ってる部員て、
兄さんの声が聞こえる。そうか、わたしの声は聞こえないけど、二人の声は聞こえちゃうんだっけ。聞くつもりはなかったのに、二人の会話は耳に入ってきてしまう。
「え、あ……そっか、話したんでしたっけ、その話」
「なんで瑠々だったんですか? あいつ、全然ゲームしないから……ボドゲ部に誘うには一番向いてないと思ってたけど、正直」
兄さんはそう言ってから、ふと周囲を見回した。一瞬、目が合った気がして体をすくめてしまってから、そうだ二人からは見えていないんだった、と思い出す。
「そうか、この話も瑠々に聞こえてるのか。まあ、聞かれてまずい話でもないけど」
「いや、まあ……ここでする話でもないと思うので、やめましょう」
角くんはそう言って、話を終わりにした。なんだか盗み聞きみたいで落ち着かなかったから、わたしはほっとして、並んだ白い額縁の絵を眺める。目の前のそれには、小さな手漕ぎのボートに大きな体を丸めて乗っている人が描かれている。その後ろから、サメのヒレが迫っている。
高校に入って、ゴールデンウィークが明けてすぐの月曜日だった。角くんに突然話しかけられて、ボドゲ部
隣の額縁の中では、地面に空いた穴の上にスカートを履いた下半身だけが浮いている。腰から上は存在しなくて、そこから立方体が生えている。その立方体の中には鳥。意味がわからない絵だ。
それでも、その足元の穴を見て「落ちそう」と考える。そして、他にも落ちている絵があったなと思い出して、あっと思った。
落ちる。それで「失敗」を伝えられないだろうか。
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