6-6 その「楽しかった」には実感がこもっていたから

 次の財宝は「ダイヤモンド」だった。ここまで、まだその姿を見ていない気がする。

 まだ誰も探していない場所はどこだっただろうか、もう何箇所もないはずだ。わたしは地図を見ながら、一つ一つ指差して財宝の名前を呟く。

 左下の十字路にいた青いドワーフが、一つ右に動く。それでわたしも引っ張られて一つ右に。引っ張られるぞと待ち構えて自分から動くようにすれば、大丈夫。最初ほどの怖さはなくなってきた。

 青いドワーフはそこで「ダイヤモンド」を見付けて拾った。

 この場所が「ダイヤモンド」。他にまだ見付かってない財宝はなんだっただろうか。


 どこにどの財宝があるのかわかってきたからか、どのドワーフも危なげなくいくつも進むようになってきた。当たり前のように、財宝を拾う。

 次の「アミュレット」は、緑のドワーフが拾って、その次の「おうかん」は、黄色のドワーフが左上の方で拾った。それで、どのドワーフも拾った財宝が二つずつになった。


 その次は「とけい」で、わたしの番。


「『とけい』は、まだここまで出てなかったはず。それで、まだ誰も探してない場所ってここだけだから、ここにあるはず」


 わたしは地図のその場所を指差して、そしてそっとかどくんを見上げた。角くんは何か言いたそうにしてたけど、小さく「頑張って」とだけ言った。


 今いる場所は「コイン」。左隣は「ていてつ」。もう一つ進んで「ダイヤモンド」。さらに進んで「まほうのランプ」。そして「とけい」はその一つ上。

 その場所にあったのは、予想してた通りの金の「とけい」だった。やっぱりぴかぴかと輝いて、蓋を開ければ秒針がちくたくと動いている。


 もう誰も宣言を間違えることがなくなっていた。青いドワーフがそのあと「カップ」を拾って、緑のドワーフがぐるりとたくさん動いて「ランプ」を拾った。黄色いドワーフも負けずに「コイン」を拾った。

 そうやって順番が一周して、またわたしの番。これで財宝を拾えたら、財宝が四つになってわたしの勝ち。

 そして、次の財宝は「ほし」だった。




 地図を見て、現在地の一つ上を指差す。ここは確か──。


「『しょくだい』」


 宣言をして、その声が光になって道を照らす。その光を辿って先を目指す。体が軽くて、どこまでも飛んでいけそうだった。


「待って、大須だいすさん。どこまで行っちゃうの」


 かどくんの声が下の方から聞こえて、空中で止まって見下ろせば、わたしは随分と角くんを下に置いてきてしまっていた。

 濃い霧の向こうで、わたしに向かって手を差し伸べている影が、どうやら角くんだ。わたしは慌ててその影をめがけて降りてゆく。

 ランタンの光が霧を晴らして、こちらに向けられた角くんの大きな手と、ちょっと困ったように笑う角くんの顔が見えた。目の前に降りると、角くんはその大きな手でわたしの片手を捕まえた。


「大須さんがいないと、俺、何も見えないから」

「ごめん、なんだか……体が軽くて」

「戻ってきてくれて、良かった」


 角くんはそう言って微笑むと、歩き出した。わたしの片手を握ったまま。

 わたしは角くんに引っ張られて隣を飛ぶことになる。


「あの……角くん、手……」


 おずおずと声をかけたら、角くんはちらとわたしを振り返って、またすぐにふいと前を向いた。視線が合わないまま、いっそう強く手を握られる。


「だって、大須さんがまた飛んで行っちゃうと、困るから」


 それはその通りで、でもそういう問題じゃなくて──角くんの手が熱くて、わたしはそれ以上何も言えなくなってしまった。




 かどくんに手を引かれたまま、「ほし」までの道のりを進む。

 最初の宣言は「しょくだい」で、右に曲がって「まほうのつえ」、もう一つ進んで「アミュレット」、上に向かって金の「ほし」。

 最後に「ほし」を拾い上げたら、金色の光がぴかぴかと輝いて、それに応じるようにランタンの光も強く瞬いた。そして、その光が森の中に広がっていくと同時に、あれほど濃く立ち込めていた霧が掻き消えていった。

 広くなった視界に、木々の梢の隙間を通って光が差し込んでくる。


「朝だ」


 角くんの言う通り、それは朝日だった。森の木々が、久しぶりの光に喜ぶように体を震わせた。その梢が擦り合わされる音、葉が揺れる音は、まるで歌みたいだった。


「お疲れ様。大須だいすさんが霧の魔法を解いたんだ」


 朝日の中、角くんが穏やかに笑う。それに何か応える前に、ゲームは終わってしまった。




 第三資料室の中は明るくて、眩しいくらいで何度か瞬きをする。

 目の前には、小さな丸いタイルが並んでいる。「ネックレス」と「ていてつ」、「とけい」と「ほし」。まるで魔法の呪文みたいだ。

 指先でそっと、その「ほし」のタイルに触れたとき、隣でかどくんが長机の上に突っ伏した。


「え、どうしたの? 大丈夫?」


 問いかければ、角くんのくぐもった声が返ってきた。


「大丈夫。ちょっと余韻に浸りたかっただけ。あー……楽しかった……」


 角くんは、長い溜息みたいな声を出して、それから体を起こしてわたしを見た。そして、ちょっと照れたように笑う。


「ほんと楽しかった。けどやっぱり、俺も飛びたかったかも、空」


 その言葉に、思わず吹き出してしまったわたしを許して欲しい。

 だって、その「楽しかった」があまりに実感がこもって聞こえたものだから、わたしは少しほっとしたのだった。角くんも、ちゃんと楽しかったなら良かったって。

 だからわたしも、素直に感想を伝える。


「わたしも、楽しかったよ。ちょっと怖いところもあったけど、でも、財宝は綺麗だったし、見付けられて面白かった」


 角くんはとても嬉しそうに笑った。


「それは良かった」


 もしかしたら、わたしが少しほっとしたように、角くんもほっとしてるのかもしれない。

 それで二人で姿勢を正して「ありがとうございました」と挨拶をして、机の上に散らばったタイルを片付けて、二人で仮の部室を出る。




 先に階段を降りるかどくんのカホンバッグは、相変わらず中のボードゲームが揺れるせいで賑やかだ。階段の一番上からぼんやりと、その姿を見ていた。

 角くんが踊り場で振り返ってわたしを見上げて、目が合う。

 いつもは見上げている角くんの顔を見下ろして、空を飛んでいたときのことを思い出して、わたしはちょっと笑った。当然のことながらわたしはもう空を飛べないので、階段を踏んで降りる。

 角くんの隣に立って、わたしはいつもみたいに角くんを見上げた。角くんはやっぱり、いつもみたいに穏やかに微笑んでいて、何を考えているのかはよくわからないけど。





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