6-5 角くんはわたしが思っている以上に我慢しているのかもしれない

 次の財宝は「しょくだい」で、それはちょうどさっきまで黄色のドワーフがいた場所だった。黄色のドワーフは、今はそのすぐ隣だ。

 青いドワーフは「しょくだい」からずっと下の方にいたから真っ直ぐ上に進みたかったんだと思うけど、一つ進んだだけで止まってしまった。

 緑のドワーフは、一番遠いところにいた。「しょくだい」は地図の左上だけど、緑のドワーフは右下だ。だけど、右下から右上へ続く道に隠された財宝は、もうみんなわかってしまっている。最初に一つ上の「ていてつ」で、その上がさっきわたしが拾った「ネックレス」、それから「アミュレット」──わたしはそれに押されて、霧の森の外に追い出されてしまった。

 引っ張られるのはまだ怖いけど、それだけだってわかってきたので少し慣れてきた。それでもまだ、とっさにかどくんの袖を掴んでしまう。

 そして、次に緑のドワーフは一つ左に移動して、ついでに黄色も森の外に押し出して、でもきっと宣言に失敗したんだと思う。そこで足を止めてしまった。「しょくだい」の一つ手前には、「まほうのつえ」が隠されていた。

 それで、黄色のドワーフは森に入りなおして、するりと「しょくだい」を拾ってしまった。


 そしてわたしの番。次の財宝は「ていてつ」で、ついさっきも地図の中にその姿が浮かび上がっていたことを思い出す。


「『ていてつ』って、確かここで……近い入り口は、ここかここだよね」


 角くんが持っている地図の右下を指差す。どっちかが「コイン」だった気がするけど、どっちだったのかが思い出せない。


「『ていてつ』の場所は、間違ってないと思うんだけど」


 前に回り込んで角くんを見上げた。それで目が合うと、角くんはさっと横を向いて目を逸らした。


「駄目。今は見ないで。うっかり言っちゃいそうだから。大須だいすさんはちゃんと自分で考えて」

「え、考えてるよ。考えてるけど……でも、いつもだったら」

「いつもだって、できるだけ控えてるんだよ。だけど今日のこれは、覚えるのもゲームの楽しさだから、いつもより余計に気を付けてるんだ。俺が代わりに覚えて言っちゃったら、大須さんのゲーム横取りしたことになっちゃうし、今日はできない」


 角くんはきっぱりとそう言った。それからわたしの方をちらりと見て、また目が合うと今度は目を伏せてしまった。

 ランタンのほのかな明かりが、角くんの頬を照らしている。わたしはその表情を見て、角くんはもしかしたらわたしが思っている以上に我慢しているのかもしれない、と思った。

 角くんはわたしと遊ぶのが楽しいと言うけれど、やっぱり本当は自分がプレイヤーになりたいんじゃないかな。わたしが遊ぶのを気を遣って見ているだけで、本当に楽しいんだろうか。


「えっと、ごめん。そこまで深く考えてなくて。ただ……頷いてくれるだけで良いから。角くんが頷いてくれたら、安心できるから」


 わたしの言葉に角くんは目を見開いて、少しの間わたしを見下ろしていた。それから口元に手を当てて、また横を向いてしまった。


「俺も、ごめん。突き放したみたいな言い方になっちゃって。そういうつもりはなかったんだけど……覚えてるとついうっかり口走っちゃいそうで。でも、大須だいすさんは俺のことを気にしないで、独り言を言っていたら良いよ。俺が言わないように気を付けたら良いだけだし、相槌くらいは……頷くのも答えになっちゃうから、どこまでできるかわからないけど」

「それって……角くんは楽しいの?」


 わたしの言葉に、角くんは今度はびっくりしたような顔になって、それから、急に真面目な顔になった。


「大須さんと二人で妖精になって霧の中で森を彷徨うなんて、それでこんな魔法みたいなことが起こって、楽しくないわけがないよ。俺は大須さんとこうやって遊べるの、本当に楽しいんだからね」


 わたしは角くんの顔を見上げて、角くんのその言葉はどのくらい本当のことなんだろうか、と考える。

 わたしはボードゲームのことはあまり知らないけど、嘘をついたり考えていることを隠したりするゲームがあることは知っている。

 角くんがわたしと遊ぶときにそういうゲームをあまり持ってこないのは、ゲームに慣れてないわたしへの気遣いだと思ってる。けれど、角くんは普段はきっとそういうゲームも遊ぶんだろうし、なんなら得意なんじゃないかって気がしてる。

 ボードゲーマーは嘘が得意なんじゃないか──というのは、さすがに偏見だとは思うけど。でも角くんの穏やかな表情はいつだって、角くんが本当は何を考えているのかを教えてはくれない。

 さっきの言葉も嘘じゃないとは思うけど、でも、我慢してるのも本当なんだろうし、本当はもっとずっと楽しみたいことがあるんじゃないだろうか。例えば本気でボードゲームを遊ぶとか。

 わたしがあまりにじっと見ていたからか、角くんはちょっと首を傾けて微笑んだ。その表情からは、やっぱり何を考えているのか、よくわからなかった。




 霧の森の外、地面に地図を広げて、わたしは地図の右下を指差す。


「『ていてつ』は、ここだったと思うんだよね。緑のドワーフが、このどっちかから入って、そこが『コイン』で、一歩進んだら『ていてつ』だったはず」


 わたしの独り言に、かどくんは何も言ってくれない。でも、見てはくれている。だから、わたしは独り言を続ける。


「このどっちかが『コイン』だったと思うんだけど、自信がないんだよね」


 そうやってしばらく悩んでいたら、角くんがそっと口を挟んでくれた。


「これは、ルールの補足だし、ルールブックにも書いてあることだから言ってしまうけど」


 角くんがわたしの顔を覗き込んでくる。


「最短ルートじゃなくても、遠回りでも、宣言さえできていれば進み続けることができるからね」

「遠回り……」


 角くんがどうして急にそんなことを言い出したのかわからなくて、わたしは瞬きをして角くんを見た。角くんは、人差し指を立てて、それを自分の唇の前に持っていった。


「補足はここまで。あとは大須だいすさんが自分で考えて」

「考えてる……けど」


 わたしは『ていてつ』があるはずの場所を見る。最短ルートじゃなくても良いってことは、隣の入り口から入らなくても良いってこと?


「じゃあ、どこから行けば良いの?」


 そう呟いたのは単なる独り言。だから当然返事はない。

 ちょっと溜息をついて、『ていてつ』の辺りで遊ばせていた指先をふと上の方に動かした。その道の先にあるのはわたしが最初に選んだ入り口で──「ほし」が隠された場所だ。

 その場所を指差して「ほし」と呟く。その一つ下は「アミュレット」、その下は「ネックレス」で、そしてその下が「ていてつ」。

 自分がその道に並んだ財宝を、全部覚えていることに気付いた。


「こっちの道なら、わたし行けるかもしれない」


 顔を上げれば、角くんはにいっと笑った。




 最初に見つけたのは「ほし」、次は「アミュレット」があって、その次の「ネックレス」は今はわたしの首にかかっている。そしたら最後には「ていてつ」があるはず。

 わたしの言葉が光になって、行く道を照らす。それはおとぎばなしの呪文とか、昔話の魔法の歌みたいだ。

 そうやって見付けた「ていてつ」は、わたしの手のひらに乗るくらい小さいものだった。馬の蹄はもっと大きいから、これは「ていてつ」の形のお守りとか、そういうものなのかもしれない。それにやっぱり金色で、「ほし」みたいにぴかぴかと輝いている。

 わたしはそれを失くさないように、ローブのポケットに入れた。そうしてから、「ネックレス」もポケットに入れれば良かっただけじゃないかな、と思い付いた。

 けれど「ネックレス」を外そうとは思えなくて、なんとなくそのままにしている。


 次に見付ける財宝は「けん」だったのだけれど、緑のドワーフがちょうど「けん」が隠してある場所にいた。だから「けん」は緑のドワーフがそのまま拾ってしまった。


「これも運ってこと?」

「まあ、そうだね。こういう幸運もこのゲームの要素の一つなんだ」


 わたしの声に、かどくんが頷く。

 それでも、わたしが拾った財宝は二つある。他のドワーフたちはまだ一つずつ。わたしは胸元の「ネックレス」にそっと触れた。





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