5-7 御朱印は「エンムスビ」

 境内にある竹のベンチに座って、御朱印帳を広げて点数計算をする。御朱印帳の表紙をかどくんが持って、わたしの膝に裏表紙が乗っかって、蛇腹のページが角くんとわたしの間にかかる橋になっている。


「まずは、基本点。レア御朱印が一枚で五点、通常の御朱印が六枚で六点、はずれが二枚でマイナス二点。合計で十一引く二の九点」


 角くんが声を出しながら数え上げる。その点数が高いのか低いのかわからなくて、わたしは黙ってそれを聞いていた。


「役は『サンナラビ』の五点と、『シチフクジンメグリ』の十点、だけかな。『マンダラ』ができなかったのが惜しかったね」


 九点と五点と十点で、二十四点。やっぱり、自分が勝っているのか負けているのかの予想がつかなくて、わたしはただ首を傾けた。

 角くんが地図を開くと、そこに他のプレイヤーの点数が浮かび上がっていて──一番点数の高い人は『マンダラ』に『アミダサンゾン』に、レア御朱印まで持っていて、はずれを一枚受け取っているのに、それでも二十五点。


「一点差か」


 角くんが悔しそうな声を出す。わたしはまた御朱印帳に視線を戻して、そして溜息をついた。


「はずれを二回も受け取っちゃったもんね」

「それに、他の役のことを気にしても良かったかも。せっかく『釈迦如来』はあったのに、菩薩さまがなかったから『シャカサンゾン』も狙えなかったし」

「菩薩さまって『文殊菩薩』とかだったっけ。その辺り、全然手を出せる気がしなかったけど」

「でも、結構さっさと諦めちゃってたところ、あったよね」


 かどくんに言われて、ゲーム中のことを思い出してみる。言われてみれば、七福神のとき以外は、前のプレイヤーが三か四を出したらもう諦めてしまっていたかもしれない。


「諦めずに、狙っていっても良かったのかな」

「あるいは『マンダラ』にこだわりすぎたのかも。あれでいくつか見送った御朱印があったから。でも、それでもこの点数だから、大須だいすさんは頑張ったと思うよ。一位と一点差」


 角くんは大きく身を乗り出して、俯き加減のわたしの顔を覗き込んでくる。なんて言葉を返せば良いのかわからなくて、わたしはただ黙っていたのだけど、角くんは気にした様子もなくにっこりと笑って、それから御朱印帳に視線を落とす。

 最初に『毘沙門天』から始まって、『福禄寿』『弁財天』、その隣ははずれの『焼肉定食』。『聖観音』の隣が『大日如来』。『冷やし中華はじめました』に続くのは立派な金の文字の『釈迦如来』。そして最後は『布袋尊』。

 こうやって、御朱印が並んでいることに不思議な満足感があった。わたしは角くんを見上げて言う。


「負けちゃったけど、でも、こうやって御朱印が集まるの、楽しかったよ」


 角くんは丸眼鏡の向こうで嬉しそうに笑っていた。わたしはそれで、このゲームが終わったら、角くんの和服姿ももう見れないんだな、と気付いた。この御朱印帳がもう見れないのと同じように。




 気付けば第三資料室に戻っていて、いつものように「ありがとうございました」と挨拶をして、丁寧に片付けてからの帰り道、かどくんがスマホの画面を見ながら「土曜の午後で良い?」と聞いてきた。なんのことかわからずに何も言えないでいたら、スマホの画面を見せられた。


「ここ、近いみたい。この辺りで七福神巡りをやっているお寺で、『毘沙門天』の御朱印がいただけるんだって」


 それでわたしは、土曜日の午後に角くんと二人でお寺に御朱印をいただきに行くことになった。わたしも角くんも、もちろん和服ではなくて、でもいつもの制服でもなく、私服姿で。

 二人で並んでお参りして、売店で御朱印帳を選んで、初穂料を納める。当然、写経を求められることもなかったし、御朱印をいただけるのは一人だけということもなかった。当たり前のことながら、はずれが紛れ込んでいるなんてこともなかった。

 真新しい御朱印帳の『毘沙門天』の文字を眺めると、せっかくなら七福神を揃えたいという気持ちになってしまう。もし次に行くなら、ゲームの中でいただけなかった『大黒天』かな。

 お寺の近くに甘味処があって、そのお店の中で、二人向かい合って座る。わたしはあんみつを、角くんは花をかたどった練り切りを頼んだ。

 あんこと、抹茶アイスと、ぽってりとした白玉と透き通った寒天とをフルーツが彩って、そこに黒蜜をかける。あんこと抹茶アイスを一緒に口に入れて、そのひんやりとした苦味と溶け落ちて混ざり合う甘さに思わず口元がほころんでしまう。

 角くんは、繊細に表現された梔子くちなしの花びらを丁寧に黒文字で切り分けて、そっと口元に運ぶ。ボードゲームのコンポーネントを扱うときと同じ、優しくて綺麗な手付きだった。そういえば、角くんの私服姿を見るのは初めてのような気がする。

 湯呑みを持ち上げた角くんと目が合って、いつもみたいに微笑まれる。

 自分が角くんをじっと見ていたことに気付いて、慌てて目を伏せて、紅く塗られたさじで、色鮮やかなみかんを掬いあげる。シロップ漬けのみかんは甘酸っぱくて、そこに絡んだ黒蜜はとろりと甘くて、わたしはその時ようやく、なんで角くんと向かい合って甘いものを食べてるんだっけ、と思った。






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