5-5 大日如来は「マンダラ」の中央に
三枚の写経を納めて、『福禄寿』の御朱印をいただく。次は『文殊菩薩』で、わたしは四番目だし一の写経しか納められないから、これは別のプレイヤーがいただくことになった。
その『文殊菩薩』の次が「レア御朱印」だというのは、その前からわかっていた。レア御朱印の登場が近付くと、地図にもきちんとその情報が出てきて──だから、次のレア御朱印のために『文殊菩薩』では一しか出さないプレイヤーも他にいた。
その「レア御朱印」というのは、どうやら黒い墨の文字ではなく、金の文字で書いてもらえるらしい。地図上にも金色の『大日如来』という文字が浮かび上がっている。
わたしの前のプレイヤーが、合計で九の写経──つまりは最大値──を納めて、一の写経が手元にないわたしは、二を出すしかできなかった。
「金文字の御朱印、見てみたかったな」
御朱印をいただけないのは仕方のないことではあるけど、でも、金文字の御朱印というのがどういうものかは気になっていた。次のお寺に向かう道すがら、ちょっと残念に思って溜息をついた。
「レア御朱印はまだ二枚あるはずだから、次はいただけるかもね。あ、でも、レア御朱印のフリをした『はずれ』があるから気を付けて」
「レア御朱印て、五点なんだよね。ひょっとして、そのレアはずれもマイナス五点とかある?」
「それはないから安心して良いよ。金文字でもはずれはマイナス一点」
「金の文字って、ゲームだけ? 実際の御朱印でも、そういうのあるのかな」
「俺も実物は見たことないけど、そういう御朱印がいただけるお寺もあるらしいよ」
「本当にあるんだ。へえ、見てみたいな」
「探してみようか。俺も気になる」
その言葉に、わたしは瞬きをして角くんを見上げた。やっぱり、角くんの中では一緒に御朱印をいただきにいくことになってるのだろうか。なんて言葉を返そうかと思っているうちに、次のお寺に到着してしまった。
次のお寺で待っているのは、はずれの御朱印だ。地図には『クマ出没注意』と書かれている。もちろん、現実のお寺では御朱印にはずれなんかないはずだから、これはゲームの中だけの話。
わたしの受付番号は二番目で、安心して一の写経だけを納めた。『クマ出没注意』は、さっきの『大日如来』の時に一の写経を納めたプレイヤーがいただくことになってしまった。
そして、その次は『弁財天』の御朱印で──七福神だった。わたしの御朱印帳には、『毘沙門天』と『福禄寿』が並んでいて、ここで『弁財天』がいただけたら『サンナラビ』の役が揃ってしまう。
しかも、次の受付番号は一番目。さっきは一の写経だけを納めたところだから、手元には最大値を出せるだけの写経がある。
「これ、全部出しちゃって良いんだよね?」
「変に駆け引きするところじゃないし、良いと思うよ」
「じゃあ、全部納めることにする」
納経所に、手元にある写経を三枚全部納める。他のプレイヤーは当然のように、一や二しか納めない。そして、わたしは『弁財天』の御朱印をいただいた。
途中にあった竹のベンチに座って、
「
「でも、それって運が良かったってことでしょ? 運で勝っちゃうのって、ゲーム的にはどうなの?」
御朱印帳を丁寧に閉じて、それから隣に座る
「まあ、巡り合わせが良かったってのは事実だけど。でも、運だけってわけじゃないと思うよ。大須さんは、ちゃんと勝負所がわかってて、だから必要な時に全力を出すことができてる」
「それは……角くんが、いろいろと教えてくれるから」
「どうするか、判断して決めてるのは大須さんだよ」
角くんはそう言って、わたしの顔を覗き込んでくる。大きな丸眼鏡越しに目が合うと、角くんはにっこりと微笑んだ。
それから、いくつもいくつもお寺や神社を巡る。たくさん歩いたと思うのだけど、不思議と疲れは感じなかった。ゲームの中だからかもしれない。
その後は、役はなかなか揃わなかった。はずれも受け取ることになってしまった。
レアじゃない『大日如来』の御朱印をいただいた。『大日如来』は、その両隣を同じ種類の御朱印で挟めば『マンダラ』という十点の役が揃う。その一つ前にいただいたのは『聖観音』の御朱印だったから、一や二を一枚だけ出して、観音さまが出てくるのを待ったりした。
結局、いくつか後に出てきた『冷やし中華はじめました』──つまり『はずれ』を受け取ってしまったので、『マンダラ』にはならなかった。しかも、その『冷やし中華』の次に出てきたのが『如意輪観音』の御朱印で、こっちが先に出てきてくれたら『マンダラ』だったのにと、地図を見た瞬間に「うぅ」と声を出してしまった。
「タイミングの問題だから、仕方ないね。それに、割と順調な方だと思うよ」
レア御朱印をいただくことができたのは、その少し後だった。朱色の印の上に、金色の文字で『釈迦如来』と書かれている。その神々しさ──仏さまだから、神々しいと形容するのは間違ってるかもしれない──に、思わず拝みたくなってくる。そして、その隣が『冷やし中華』なのが、申し訳なくなってきた。
「金の御朱印て、こんな感じなんだね、すごい」
レア御朱印をいただくことができて、わたしはとても満足してしまった。
「これだけで、五点だ」
横から角くんの手が伸びてきて、御朱印のページを戻す。はらりと蛇腹のページがめくられて、最初にいただいた『毘沙門天』の御朱印まで遡った。
「それと、忘れてるかもしれないけど、『シチフクジンメグリ』の役はまだ生きてるからね」
「最後にいただいく御朱印が七福神なら、役になるんだっけ?」
「そう。ここまで出てきた七福神の御朱印は『毘沙門天』『大黒天』『福禄寿』『弁財天』『寿老神』『ゑびす神』」
角くんが七福神を指折り数え上げる。親指から一本ずつ折っていって、最後に小指を上げる。確かに『シチフクジンメグリ』のことは、すっかり頭から抜けていた。『弁財天』の御朱印をいただいた後は、七福神のことは気にしていなかった。
角くんはそのまま薬指も持ち上げて、言葉を続けた。
「で、まだ『布袋尊』が出てない。御朱印は残り九枚。次は『阿弥陀如来』ってわかってる。レア御朱印もまだ一枚残ってるし、はずれも後二枚。それ以外の五枚の中に、残り一枚の七福神がある」
「レア御朱印を狙うよりも、七福神を狙った方が良かったりする?」
「どういう順番でくるか次第のところはあるけど。レア御朱印は五点、『シチフクジンメグリ』は十点」
「でも、その『布袋尊』がどのタイミングでくるかはわからないんだよね。七福神に備えるなら、レア御朱印もスルーした方が良いのかな。はずれがまだあるのも、ちょっと厄介だね」
わたしが考え込むと、角くんはにいっと笑う。
「ま、ともかく、次のお寺に向かいながら考えようか」
お寺や神社ばかりの不思議な街並みを、角くんと並んで歩く。最初に三十六回って聞いたときは、すごく大変そうって思っていた。でも、こうやって終わりが見えてくると、あっという間だった気もする。
和服で歩くのにも少し慣れてきたし、角くんの着物姿も見慣れてきて──でも、角くんのいつもの穏やかな表情を丸眼鏡越しに見るのは、なんだかまだ少し落ち着かなかった。
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