5-4 七福神で「サンナラビ」したい

 まずは手水ちょうずで手をきよめて、お賽銭を投げ入れてお参りをする。それは神社でも変わらない。

 神社でも写経を納めるのだろうかと不思議に思ったけど、その辺りはゲームだから、ということらしい。そしてわたしは、自分が次にどのくらいの写経を出すか、そこで悩む。


「四の写経は出さずに、一の写経だけ出そうかなって思うんだけど」

「全部の御朱印をもらえるわけじゃないからね。どれかは諦めないといけないし、良いと思うよ」


 かどくんはそう言って頷いた。けれどすぐに、悩ましげに言葉を続ける。


「まあ、これでもう一枚七福神がきたら『サンナラビ』で五点にはなるんだけど」

「『サンナラビ』って同じ種類が並ぶと点数だっけ。七福神の御朱印なら、同じ種類になるってこと?」

「うん、でも、多分難しいと思う。一番目の人が一だけ出して……まあ、これは実質パスだよね。二番目の人は二を出して、これは様子見かな。他の人が一か二しか出さなければ自分が勝てるし、勝てなくてもそれはそれで良いかって感じかな」


 角くんが、他のプレイヤーの写経を眺めて、そんなことを言う。わたしはそんなに色々考えていなかったので、ただ瞬きを返すしかできない。


「で、『毘沙門天』『大黒天』と七福神が続いているから、大須だいすさんとしては、この後に七福神がくることに期待しても良いんだけど……大須さんが今持ってるのって四と一だけだったよね。で、大須さんの次に出す四番目の人はさっきの一番目の人で、一しか使ってなかったはず。だから、手元に写経がいっぱいあるはずなんだ。四番目の人からしたら、ここで取れたら『シチフクジンメグリ』の可能性にもなって、大須さんの『サンナラビ』の邪魔もできて、そのための写経も手元にあって、これで取りにこない理由がないって状況」

「ええと、ごめん。あんまりよくわかってないんだけど、仮にわたしがここで四と一を両方出しても、次の人はそれよりたくさん出してくるってこと?」

「絶対にとは言わないけど、俺ならそうするかな。でも、これはあくまで俺の読みだから、そうならない可能性だってあるし、だから四を出すのもあり。それに、大須さんが出さなければ次の人は三を出すだけだけど、大須さんが四を出せば次の人は写経を二枚出す必要があるから、その次の御朱印で相手の選択肢を削ることにはなるね」

「でも、それってわたしも次は四を使えなくなっちゃうんだよね?」

「そうだね。御朱印を取れるかどうかに関係なく、出した写経は次では使えない。そうなると二人で潰し合ってる状態だから、今度は他の人が楽になるって感じかな」


 角くんの言葉を頭の中で整理しながら聞いてはいたけれど、どうすれば良いのか余計にわからなくなってきていた。さっきまでは一の写経だけ出そうって決めていたのに、直前でわたしは悩みに悩んで──長考してしまっていた。まだ二つ目だっていうのに。これを後三十回以上もやるのかと思うと、ちょっと途方に暮れる。


「あっ」


 角くんが何かに気付いたように、小さな声を上げた。


「どうかした?」


 長考を中断して見上げると、角くんは恥ずかしそうに口元を押さえた。


「あ、いや、その……。御朱印を『取る』って言っちゃってたことに気付いて……。御朱印は『いただく』で、写経は『納める』だ」


 その内容の思いがけなさにぽかんとしていたら、角くんは頬を染めて、丸眼鏡の向こうで目を伏せた。


「えっと、ほら、ゲーム中の用語は正確に使わないと……そういうのが、ルールのミスとかプレイミスとかに繋がるし。それにこのゲーム遊んでると、ちゃんと言わないとって気持ちになるんだよね」

「そっか。わたしも、気を付けて話すことにするよ」


 そう返事をすれば、角くんはほっとしたように微笑んだ。わたしもそれでちょっと笑って、それでなんだか心が決まってしまった。


「決めた。駄目かもしれないけど、四を使うことにする。まだゲームは始まったばっかりだし、もし駄目でも、この先まだどうにかなると思うし」

「良いと思うよ」


 角くんの声に押されて、わたしは四の写経だけを納める。一の写経はあってもなくても同じだと角くんに言われた。わたしの次のプレイヤーは一つ前の手番で一の写経を出してしまっているから、わたしが納めるのが四でも五でも、それを上回るなら四と二を納めるしかない、ということらしい。

 実際に、次のプレイヤーは四と二の写経を納めて、『大黒天』の御朱印は、その人がいただくことになった。




 次の御朱印は『千手観音』。お参りをして納経所に向かう。わたしの受付番号は二番目で、一番目のプレイヤーが四と一を納めていた。わたしの手元には四がないので、これに張り合うなら三と二と一を全部納める必要がある。

 わたしは少しだけ考えたけれど、そこでは一の写経だけ納めることにした。

 地図を広げて、かどくんと次の目的地を確認する。近くのお寺で、御朱印は七福神の『福禄寿』だった。


「あー、さっきの『大黒天』が取れてたら『サンナラビ』いけたのか」


 角くんが空を仰いで悔しそうな声を出す。


「でも、さっきはどうやっても『大黒天』は取れなかったんだよね」

「そうだね。で、それは『毘沙門天』をっ……いただいた結果だから、まあ仕方ない、かな」


 角くんは溜息をついて、気を取り直したように「こっちだ」と道の先を指差した。羽織のたもとが揺れて、二人で歩き出す。


「七福神て、一枚ずつで全部で七枚なんだよね。もう三枚出てきてるけど、『サンナラビ』ってまだできるかな?」

「どうかな。こればっかりは運だから。でも、それで『サンナラビ』にならなくても特にペナルティがあるわけじゃないし、だったら『福禄寿』をいただいておいても良いと思うよ」


 次の受付番号は一番目だった。例えばわたしが四の写経を納めたとしても、誰かが後からもっとたくさんの写経を納めることだってできてしまう。


「一番目、難しくない?」

「念のためもう一度言っておくけど、写経は三枚まで納められるからね」

「それは知ってるけど……え、全部出しちゃう?」

「同じ数なら先に納めた人が勝つから、大須だいすさんが最初に最大値を納めてしまえば、『福禄寿』の御朱印は確実に大須さんのものだね」


 そうか、写経の長さは一から四まで。それを最大三枚まで出せるということは、二と三と四が最大値なのか。最大値の勝負なら、先に出した人の勝ち。


「無理はしなくても良いと思うよ。例えば、四と二だけでも、勝てるかもしれない。後から四と三を納められる可能性もあるけど。あるいは、二だけ出してまた実質パスでも良いかもしれない」

「ちょっと待って、わからなくなってきた」


 どうすれば良いのかわからないまま、お寺に辿り着いてしまう。かどくんがふふっと笑った。


「とにかく、まずはお参りしよう。『福禄寿』の御朱印が欲しいかどうか、その間に決まるかもしれないし」


 これまでと同じように手水で手を浄めて、本堂に向かう。その間もずっと、わたしは写経をどのくらい納めるかを考えていた。お賽銭箱に五円玉を投げ入れて、鈴を鳴らして、そっと手を合わせて目を閉じる。

 やっぱり『大黒天』の御朱印をいただきたかったな、と思う。『千手観音』の御朱印だって、何もできずに終わってしまった。いただきたいと思っても、タイミング次第でうまくいかない。だったら、それができる時にはやってしまった方が良いのかもしれない。

 目を開けて合掌を解いて、わたしは隣の角くんを見上げた。角くんも合掌を解いて、そしてわたしの顔を見て首を傾けた。


「どうするか、決まった?」


 その言葉に、わたしは頷いた。きっと、こういうのは巡り合わせっていうんだと思う。つまりは──「ご縁」ってことだ。





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