4-2 ぐいぐい 尽くします 姫様のために Foo⤴︎

game 4は、全体的に横書き表示推奨です。

全て「Foo⤴︎」のせいです。


また、今回は未成年にアルコール摂取を強要するかのような描写が含まれます。

あくまでゲームの世界観の演出であり、未成年がアルコールを摂取することも、アルコールの強要も、推奨するものではありません。

ゲームで失敗した場合に罰ゲームを課すような遊び方についても、推奨する意図はありません。



「シャンパン入りましたー!!」

「Foooooooo⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎」


 帰りたい。

 わたしとかどくんは、ホストらしき人に連れていかれて、今ソファに座っている。奥の席には襟ぐりが大きく開いた、腿の半ばほどの丈のワンピースの女の人が座っている。長く艶めいた栗色の髪を緩やかにウェーブさせて、胸元に落ちかかるその髪を時折搔き上げる。


「ホストクラブってこういう場所なの?」


 ノリについていけず、形ばかりの拍手をしながら角くんに小声で聞けば、角くんも困ったように眉を寄せた。


「いや、俺も知らないけど。でも、ここって『シャンパッパーティーナイト』の世界の中だから……多分、実際のホストクラブとは違うんじゃないかな。なんていうか、概念的な……デフォルメされてるっていうか」

「へえ……」


 自分から聞いたと言うのにこれっぽっちも心が動かなくて、曖昧な相槌しか打てなかった。


「新人ちゃん、姫を放ってお喋りしてんなよ、姫が困ってるだろ」


 急に角くんと反対から声が飛んできて、わたしは身を固くする。そして「ほら、シャンパンコール始まっちゃうよ」「姫のために声出して」みたいな言葉が次々に飛んでくる。


「新しい子? まだ慣れてないのね、許してあげて」


 と、奥の席に座っている「姫」が言えば、口々に「優しい」「さすが」と声が飛ぶ。そして、ついに「シャンパンコール」──つまりゲームが始まってしまった。


「最初は無理に複数枚出さなくても良いから、とにかく一枚、リズムに乗ることだけを考えて」


 角くんが耳元で早口に囁く。手元のカードは「まだまだ」「パリピな」「尽くします」で、もうこの時点で絶望しかない。


「テンション」

「Foo⤴︎Foo⤴︎」

「アゲアゲ」

「Foo⤴︎Foo⤴︎」


 一人ずつ順番に──もう回ってきてしまう。


「ガンガン、魅せます」

「Foo⤴︎Foo⤴︎」


 そして、直前の人が二枚のカードを出す。わたしはそれに釣られてしまって、リズムがわからなくなってしまって、「まだまだ」のカードを出したは良いけど、口から中途半端に「まっ……」が出てきたところで言葉を止めてしまった。

 テーブルが一瞬しん……とした後に、また口々に言葉が飛んでくる。


「あーあ、止まっちゃったじゃん」

「姫が困ってるから」

「新人ちゃん、ノリ悪いよ」


 謝る言葉も出てこなくて、あうあうと口元だけ動かしていると、グラスを持たされて飲み物を注がれた。


「はい、飲んで飲んで」

「リラックスしていこー!」


 え、でも、お酒飲んで良いの、大丈夫なの。ゲームの中なら平気なのかな。逡巡して固まっていたら、隣から伸びてきた手が、わたしの手からグラスを奪い取った。


「俺が代わりに」


 と言って、かどくんがそのグラスの中身を一気にあおる。それを見て、周りは「うぇーい!」と盛り上がる。


「角くん、大丈夫?」


 飲み終えた角くんは微妙な顔でグラスを見た後、わたしの方を見てちょっと笑ってみせた。


「お酒じゃないみたい、これ。多分……ただの炭酸ジュースだ」

「そっか」


 わたしは、安心すれば良いのか、謝れば良いのか、お礼を言えば良いのかもうわからなくて、気の抜けた返事をした。角くんは、テーブルにグラスを置いて、それからわたしの名刺入れを見て、ふむと考え込んだ。


「失敗したら飲まされるのが、山札にカードが増える表現なのかも」

「なんか、本当になんなのこのゲーム」

「うん、だからパーティゲームなんだよ。みんなで声出して笑って盛り上がるための」


 溜息をついたら、また周囲から言葉が飛んでくる。


「ほら、新人ちゃんから、コール始めて」

「姫が待ってるから」

「盛り上げて盛り上げて」


 わたしは慌てて名刺入れからカードを一枚出して、手札を三枚にする。「まだまだ」の代わりにきたのは「絶好調」だった。


「大丈夫? 『シャンパン入りました』からだよ」

「わかった……」


 わたしは落ち着くために、一回深呼吸する。みんなの視線が刺さる。痛い気がする。

 大きく首を振って、全部振り切って、すうっと息を吸って、一気に吐き出すと同時に声を出す。


「しゃ、シャンパン入りましたっ」

「Foooooooo⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎」


 かぁっと、顔が熱くなる。恥ずかしい。でもここで止まったらまた同じことの繰り返しだと思って、手札からカードを一枚、放り投げるように出した。


「ぜっこう、ちょ」


 語尾が細くなって消え入るような声になってしまったけど、それでも最後までは言えた。すかさず周りから合いの手が入る。


「Foo⤴︎Foo⤴︎」


 そして手番が無事次の人に移って、ほっと息を吐く。これを何回繰り返せば終わるのか。帰りたい。


「手札、補充しておいて。次なんのカード出すか確認して」


 かどくんに言われて、はっと顔をあげて名刺入れに手を伸ばす。手番はすぐに次に移る。思ったよりも忙しいゲームだ。次にきたカードは「一晩」だった。これなら出せそうと思ったら、もうすぐに自分の手番だ。


「のってんねー!」

「Foo⤴︎Foo⤴︎」


 前の人の手番が終わって、合いの手の間に息を吸う。そして、合いの手が終わったらカードを出す。


「ひと、ばん」

「Foo⤴︎Foo⤴︎」


 どうしても声が震えてしまう。それでもなんとか言い切れたことにほっとして、それからまた慌てて名刺入れからカードを引く。引いたカードは──「姫様のために」!?

 何このカード、普通に読んだらリズムに収まらない気がするけど、これも出さないといけないの?

 カードを見て固まっていたら、次の次の人が止めて、それでみんなに野次を飛ばされながらグラスのドリンクを一気飲みする。あれが、かどくんが飲んだのと同じ炭酸ジュースなのか、本当のお酒なのかは見てるだけだとわからなかった。


「新人ちゃん、声小さいよ」

「他の人の番でもちゃんと声出して、のってこーね」


 自分の手番に声を出すことだけに集中していたから、ずっと合いの手を入れるどころではなかったのだけれど──それに恥ずかしかったし──それを注意されてしまった。なんて返事をすれば良いかわからなくて、もごもごと口を開けたり閉じたりしていたら、わたしの頭越しに角くんの声がした。


「その分、俺が声出すんで」


 そして角くんは、カードを手にあわあわしているわたしの顔を覗き込んで、微笑んだ。


大須だいすさんは、自分の手札出すことにだけ、集中してて良いから」


 心強いと思う気持ちもある。わたしがこんな風にゲームを楽しめていないから、角くんなりに気を遣ってフォローしてくれてるんだな、とも思う。でも、今日の角くんはいつもの穏やかな雰囲気から想像できないホスト姿で、合いの手の「Foo⤴︎」だって他の人と遜色ないくらいに声を出している。


「角くん、なんだかんだ、楽しんでるでしょ」

「え、いや……」


 わたしの言葉に、角くんは少しだけ恥ずかしそうに目を伏せて、それからまたわたしの方を見た。いつもの、穏やかな微笑みで。


「だって、ボドゲって楽しんだ人の勝ちだからね。せっかく遊ぶなら、楽しんだ方が良いと思って」

「この状況を楽しめる角くんがすごいよ」

「ボドゲじゃなかったら楽しめてないと思う」

「ゲームだったら楽しめるっていうのも、わたしからしたら謎だけど」


 そう溜息をついたときに「はーい、シャンパン入りましたー!」という声が上がって、よくわからない歓声のせいで会話は途切れてしまった。

 すぐに順番は回ってきて、わたしは「パリピな」という読みやすそうなカードを出そうと思っていたのに、うっかりと「姫様のために」を出してしまう。そのせいで「ぱ、ひ、あ」と言葉にならずに、止めてしまった。

 溜息をつく暇もなく、グラスを持たされてしゅわしゅわと泡が弾ける飲み物が注がれる。ジュースなら飲めるだろうと思っていたけど、横からかどくんが手を伸ばしてきて、結局また角くんが飲んでしまった。

 歓声に応えて空になったグラスを持ち上げる角くんの姿が、なんだか別世界の人のようで、なんとなく冷めた目で見てしまう。角くんにはずっと助けてもらってるのに、そんな自分がなんだか嫌になる。

 何度目になるかわからない溜息をついたとき、不意に「姫」が角くんを指差した。


「ねえ、隣に座って。ドリンク、注いでくれる?」


 ご指名だぞ、という声と共に、角くんの腕が掴まれて立たされた。そのまま角くんは、奥の席の「姫」の隣に座らされて、「姫」が差し出すグラスにドリンクを注ぐ。

 それでもまだ角くんは解放されずに、「姫」は角くんの腕に自分の腕を絡めて、角くんに寄りかかった。角くんは困ったように周囲を見るけど、状況は変わらない。

 一瞬だけ、角くんがわたしを見た。目が合って、でもすぐにその視線が逸らされる。

 頭が熱くなったのか、冷たくなったのか、自分でもわからなかった。どうして泣きそうな気持ちになってるのかもわからない。隣でフォローしてくれていた角くんがいなくなって、心細いのは確かだ。

 自分でも何かわからないくらいにぐちゃぐちゃになった気持ちを落ち着かせたくて、目を閉じて深呼吸する。もうこんなところ嫌だ。早く帰りたい。息を吸って、吐いて、そうしているうちに、気持ちが静かになっていって、次に目を開けた時には覚悟が決まっていた。


 とにかく、ゲームを終わらせてやる。そのために遊ばないといけないなら、わたしはこのゲームをちゃんと遊んでやる。






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