4-3 王子と ずっきゅん パーリナイ Foo⤴︎

game 4は、全体的に横書き表示推奨です。

全て「Foo⤴︎」のせいです。



 かどくんは、このゲームはリズムゲームだって言っていた。

 わたしは実は、リズムゲームも遊んだことがない。ボードゲームの世界に入り込んでしまうとわかってから、ゲーム自体を避けて生きてきた。どうやら電子機器のゲームには入り込まないみたいだってわかっていても、それでも遊んでいると「もしかしたら」って思ってしまうし、楽しめない。

 だから、リズムゲームというのも、音楽に合わせてタイミングよく画面をタップしたりするようなゲームだっていうくらいしか知らない。でも、このゲームを遊んでいて、少しだけわかったような気がする。

 このゲームでは、四拍子を繰り返す。一人の手番で四拍子を一回か二回、それで次の人。その流れを崩さないように、その拍子に合わせて言葉を言う。言う言葉に意味はない。ただ、そこに書いてある言葉を言えば良い。

 カード三枚を出すのは難しいかと思ったけど、早いテンポを要求されるわけじゃない。たまに、さっきの「姫様のために」みたいな、リズムに乗せにくい言葉はあるけど、それは一枚だろうと二枚だろうと、出しにくいことには変わらない。

 だったら、三枚ずつ出してしまって、さっさとこのゲームを終わらせてしまおう。ここまで、まともにカードを出せなかったのは、単に羞恥心が邪魔してただけのことだ。

 わたしはぐいっと顔を上げる。角くんの肩に頭を乗せた「姫」の姿が見える。角くんは、ちょっと困ったような薄ら笑いを浮かべて、されるがままだ。


「新人ちゃん、顔怖いよ、まだ緊張してるの?」

「笑って笑って、楽しくいこうねー」


 ここはゲームの中の世界。周りのこの声だって、ただのゲーム。だから平気。できる。そう思って、わたしは無理矢理笑顔になってみせる。きっとまだ、顔は強張っていたと思う。

 それでも、その笑顔で大きく息を吸って、叫ぶように声を上げる。


「シャンパン入りましたー!!」

「Foooooooo⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎」


 周りの声が落ち着く前にカードを出し始める。


「パリピな、センキュー、尽くします!」

「Foo⤴︎」


 意味はわからないけど、大丈夫。リズムさえ合っていれば良い。心を無にして名刺入れから次のカードを三枚引く。ぐるりと一周して、また手番になる。


「エンジェル、ショータイム、これからだ!」

「Foo⤴︎」


 なんだこの言葉と思ったら負け、冷静になったら負け、リズムに乗って笑った方が勝ち。


「飲んで、飲み干せ、プリンセス!」

「Foo⤴︎」


 周りのホストたちも、だんだんと失敗がなくなって、手番がぐるぐる回っているうちに、スピードがどんどん早くなる。そうやって、コールが続いていくことが、自分もそのリズムに乗れていることが、少し楽しくなってきた。


貴女あなたが、バイブス、No.1ナンバーワン!」

「Foo⤴︎」


 打楽器みたいなものだ。一定のリズムで叩いて、その音が音楽のようになることが気持ち良い。どんな言葉がきても、リズムに乗れる気がする。もしかしたら、わたしは少し笑っていたかもしれない。


「いい波、謝謝シェイシェイ、ぐーーーーい!」

「Foo⤴︎」


 これで何回目だろうか、名刺入れのカードに終わりが見えてくる。


「テンション、パーリナイ、3.スリー2.ツー1ワン!」

「Foo⤴︎」


 そして、名刺入れのカードがなくなる。手札はあと二枚。これを出せば終わる。二枚のリズムで出せるだろうか、と少しだけ不安になるけど、一枚ずつ出すのは嫌だった。出し切って終わりにしてしまいたい。


「いこうぜ!」

「Foo⤴︎Foo⤴︎」


 前の人の合いの手が終わって、わたしの手番。

 大丈夫、いける。


「王子と、ずっきゅん!」


 リズムに乗せるためにかなりの早口になったけど、それでも噛まずに言えた。そう思った瞬間、胸の内に湧き上がってきたのは、なんとも言えない達成感。


「Foo⤴︎Foo⤴︎」


 合いの手が終わった瞬間、だん、とテーブルに手を叩きつけて立ち上がる。


「ご来店!」


 わたしの声に、周りのホストたちが声を揃えて応える。


「ありがとうございましたー!」


 テーブルを迂回するのももどかしくて、わたしはその勢いでテーブルに乗り上げて、奥まで進む。手を伸ばして、そこに座っているかどくんの腕を掴んで引っ張れば、引っ張られた角くんがソファから立ち上がる。わたしはテーブルの上に立って、「姫」を見下ろした。


「角くんは、返してもらいますからっ!」

大須だいすさん……」


 テーブルの上に立っていると、角くんよりもわたしの方が目線が高い。いつもは見上げている角くんの顔を見下ろして、ぽかんとしている角くんと目が合った瞬間、どうやらゲームが終わったみたいだった。




 第三資料室に戻って、わたしは長机に突っ伏して、腕の中に顔を埋めて、しばらくそのまま顔を上げられなかった。

 ゲームは、最初は意味がわからないと思っていたけど──あんなふうに声を出して、リズムに乗って──正直、少し楽しくなっていた、と思う。だからいつもみたいに、かどくんに「楽しかった」って言えたら良いのかもしれない。

 でも。


「あの、大須だいすさん……」


 角くんが困った声で呼び掛けてくるけど、最後に見下ろした角くんの顔を思い出してしまって、顔を埋めたままふるふると首を振った。

 本当に、なんであんなことを言ってしまったんだろう。

 恥ずかしい、もう帰りたい。


「大須さん、すごく上手だったよ」


 おずおずとかけられた声に、かあっと頬が熱くなる。わたしはさらに深く顔を埋める。


「それに、かっこよかったと……」

「忘れて!」


 ばっと上半身を起こして、隣に座っている角くんの腕を掴む。見上げる角くんは、いつもみたいに穏やかに、今はちょっと困ったように眉を寄せていて、もう全然ホストになんか見えなくて、地味な高校生だった。


「あ、えっと……でも……」

「とにかく! 忘れて! 今すぐに!」


 わたしの勢いに押されていた角くんが、何度か瞬きした後にちょっと真面目な顔になった。


「忘れる前に、これだけは言わせて」

「……何?」

「助け出してくれてありがとう。正直、どうして良いかわからなくて困ってたから。それに、最後のあれ、やっぱりかっこよかったよ」

「だめ! やっぱり忘れて! 全部忘れて!」


 わたしの叫び声に、角くんは「もう忘れるから」と言って背筋を伸ばす。角くんの腕を掴んだままだったことを思い出して手を離すと、角くんは頭を下げた。


「ありがとうございました」

「ありがとう、ござい、ました……」


 羞恥に打ち震えながら頭を下げたら、ふふっと笑い声が聞こえた。そっと顔をあげれば、角くんが穏やかに笑っている。


「はい、これでもう忘れた」

「絶対忘れてないよね」

「んー……忘れたかどうかは証明できないからなあ。どっちにしろ、俺が何も言わなければ忘れてるのと、同じことじゃない?」

「絶対に違う! 忘れて!」

「だから忘れたよ」


 そんなことを言いながら、角くんは手際よくカードを片付ける。箱にカードをしまって、蓋をして、透明な輪ゴムみたいなやつ──モビロンバンドをぱちんと止めて、角くんがわたしの方を見る。

 目が合って、微笑まれて、わたし自身はさっきまでのことをこれっぽっちも忘れられる気がしなかったから、それでまた羞恥が蘇ってきて、俯いてしまった。





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