game 4:シャンパッパーティーナイト

4-1 最強 テンション No.1 Foo⤴︎

game 4は、全体的に横書き表示推奨です。

全て「Foo⤴︎」のせいです。



 低めのテーブルを囲む黒い革張りのソファ。煌びやかなライトが、暖色系の灯りをばらまいている。名前も知らないお酒のボトルと、たくさんのグラス。ここは、未成年が入ってはいけない店なのでは。

 隣のかどくんを見上げれば、ああ……ホストがいる。いや、ホストとか実物を見たことはないから実際のところは知らないけど。グレーのシャツに白いネクタイ。すらりとしたシルエットの黒のベストを羽織って、いつもさらりと降ろしている前髪が、今は片側だけ軽く耳の上に流されている。

 恐る恐る、鏡張りになっている背後の壁を振り返る。わたしも似たような格好だった。グレーのシャツはボタンが上まで止められてなくて、襟が開いている。その上から白いジャケット。髪の毛は後ろで一つに束ねられて、小さな尻尾になっている。耳の脇の髪は後ろまで届かなくて、そのまま顔の横で揺れていた。

 どう見ても、これは、お酒を提供する類のお店だ。しかも、男の人がお客様をもてなすサービスがあるというお店のように見える。

 なんでこんなことに、とまた角くんを見る。角くんも困惑した表情をしていた。


「角くん、なんなのこのゲーム」

「あー……これはさっきの……『シャンパッパーティーナイト』っていう、ホストになってシャンパンコールするリズムゲーム」

「なんなのそのゲーム!? なんでそんなゲームがあるの!? それにわたしさっき、このゲーム遊ぶって言わなかったよね!?」

「それは……遊ぼうとしてないのに入っちゃうことも、これまであったし、それだよね? ちょっと俺も、まさかこのゲームに入ると思わなかったから……どうして良いか」


 わたしは顔を覆って溜息をつく。そう、ボードゲームの世界に入り込んじゃうのはわたしの体質みたいなもので、わたしのせいで、だから角くんを責めるのは間違ってる。角くんはいつも基本的に巻き込まれているだけで──その割にいつも楽しんでいるように見えるけど──だから、結局今こんなことになっているのはわたしのせい。

 でも、これだけは言わせて欲しい。


「なんで遊ぶつもりのないゲーム持ってきたの!?」


 角くんは、なぜかちょっと照れたように俯いた。


「遊ばなくても、インパクトがとにかくすごいゲームだから。話のネタに良いかなって思って」


 その言葉に、わたしはしゃがみこんで、両腕で膝を抱えて、そこに顔を埋めて盛大な溜息をついた。




 ボードゲームの世界に入り込むのは、かどくんが出したゲームを「これで遊ぼう」って決めてからのことが多い。ここのところはずっとそうだった。だから、油断していたのかもしれない。

 今日は、角くんがいつものカホンバッグから、別の大きな箱を出そうとしてその上に乗っかっていたらしい小さな箱をいくつか取り出した。角くんはいつも、遊ぶかどうかもわからないボードゲームを複数持ち歩いている。だから、その小さな箱もそれだと思って何気なく目を向けた。

 金と銀のラメでキラキラ──を通り越してギラギラした箱。やっぱりギラギラした金の文字で『シャンパッパーティーナイト』と書いてあった。いや、より正確に表現するならば、こうだ。


 シャンパッ

 パーティー⤴︎🥂

 ナイト


 そして、その箱の文字を見た瞬間、なぜかグラスを打ち合わせる音とよくわからないひどい歓声が耳の奥で響いて──わたしと角くんはホストになってしまった。




「やだもう、こんなところやだ。何させられるの、帰りたい」

「ホストクラブって言ってもゲームだし、きっと酷いことにはならないと思うから、とにかくゲームを始めよう。いつもみたいに、ゲームが終われば帰れるよ」


 うずくまっていたら、かどくんが慰めるように声をかけてくれる。角くんが言う通り、きっといつもみたいにゲームを遊ばないと帰れない。だったらゲームするしかない。そう思って、顔を上げる。


「それで、なんのゲームだっけ」

「基本はリズムゲーム」

「意味がわからないんだけど」


 角くんが、わたしの隣でわたしみたいにしゃがみこんで、わたしの顔を覗き込んでくる。


「最初に、カードが二十枚配られる。それが、自分の山札。そこから三枚とって手札にする。自分の手番では、その手札から一枚か二枚か三枚のカードを出す。カードを出すときは、リズムに乗って、カードに書かれた言葉を読み上げる。時計回りに順番が回って、前の人が出した後に、遅れずに続けて自分もカードを出す。うまくリズムに乗れなかったり、読み上げに失敗したらペナルティ。出したカードより一枚多い枚数を受け取って山札の下に入れる。これを繰り返して、最初に山札がなくなった人が勝ち」

「何それ、意味わかんない」


 わたしの言葉に、角くんはちょっと考えるように黙った。わたしはそのまま角くんの言葉を待つ。片側だけとはいえ、前髪が上がっているから、顔立ちがよく見える。服装のせいか、普段よりも大人っぽく見えるな、なんて考えていた。


大須だいすさん、どこかにカード持ってない? あるいは……何かそういう系統の……コールの言葉はゲームに必要だから、それっぽいものがあると思うんだけど」


 角くんの言葉に、わたしはもう一度溜息をついて、それから立ち上がった。あちこちのポケットを探って──ジャケットの内ポケットから出てきたのは名刺入れだった。開いたら名刺じゃなくて、謎の言葉が書かれたカードが出てきた。


「これが、ゲームのカードだ」


 立ち上がった角くんが名刺入れから三枚、カードを抜き取る。「最強」「テンション」「No.1」と書かれた三枚のカード。もうこの単語の並びだけで、逃げたくなってくる。


「これはリズムゲームなんだ。四拍を基本に考えて、一枚と二枚出すときは、前半二拍で出したカードの言葉を言い切る。後半二拍は周囲の合いの手」

「合いの手?」

「そう。例えばこの『最強』ってカード一枚だけ出す場合は『さい』が一拍目で『きょう』が二拍目、三拍目と四拍目は合いの手の『Foo⤴︎Foo⤴︎』」


 その『Foo⤴︎Foo⤴︎』のところで、角くんは片手を握って軽く突き上げてみせた。大真面目な顔で。


「何そのノリ」

「いや、こういうゲームなんだってば」

「無理……」

「気持ちはわかるけど、こういうゲームだから」


 角くんが眉を寄せて、申し訳なさそうに首を傾ける。今はこんな顔をしているけど、角くんはきっとボードゲームって名前なら、なんでも遊んでしまうんじゃないかって気がした。わたしが何も言わないので、角くんは説明を続ける。


「二枚出す場合も、リズムは一枚の時と同じ。ただ二枚だから、一枚の時よりも早口にはなるね。『最強』と『テンション』なら、一拍目が『最強』で二拍目が『テンション』、三拍目と四拍目が合いの手。できそう?」

「できる気がしない」


 わたしのこの態度が八つ当たりに近いものだというのは自分でもわかっていた。でも、いきなりこのノリは無理だ。角くんが「んー」と考えてから、また口を開いた。


「さい、きょう、Foo⤴︎Foo⤴︎。最強、テンション、Foo⤴︎Foo⤴︎。ていう感じ。どう?」


 ここまでされたら、頷く以外にない。わたしが渋々頷くと、角くんはほっとしたように笑って、また説明を続ける。


「三枚出すときだけちょっとリズムが変わって、四拍が二回になる。このカードなら、一拍目と二拍目で『最強』、三拍目と四拍目で『テンション』、五拍目六拍目七拍目で『No.1』、合いの手は八拍目で『Foo⤴︎』一回。『さい、きょう、てん、しょん、なん、ばー、わん、Foo⤴︎』って感じ」


 わたしは、何度目になるかわからない溜息をついた。


「わかった」

「一回練習しておく?」


 その言葉には首を振った。とてもじゃないけど、そんな気分にはなれない。


「じゃあ、他のルール。最初にカードを出す人は『シャンパン入りましたー!』って声を出す。周りが『Foo⤴︎⤴︎⤴︎⤴︎』って盛り上げる、その後にカードを出し始める。手札を出したら使った分だけ山札──その名刺入れから出して補充する。名刺入れのカードがなくなって手札も全部使い切ったら、ゲームに割り込んで『ご来店』って言う。『ご来店』て言葉が出てきたら、全員で『ありがとうございました!』って挨拶して、ゲーム終了」

「ほんと何そのゲーム」

「んー……まあ、パーティゲームっていう分類のボドゲだね」

「角くんて、こういうゲームも遊ぶんだね」


 わたしの言葉はまだ八つ当たり気味で、きっと棘があったと思う。それでも角くんはいつものように穏やかにのほほんと笑っていた。


「考え所のあるゲームも好きだけどね、でもこういうパーティゲームも遊べば面白いんだよ。重ゲーも軽ゲーも、ジレンマも駆け引きも隠匿もアブストラクトも大喜利も反射ゲーも、みんなボドゲで、それぞれに楽しみ方とか面白さっていうのはあるんだ」


 角くんのその言葉は、きっと素晴らしいものなんだろうとは思う。けれど、なんだか「女の子はみんな可愛いよ」みたいな軽薄さを感じてしまったわたしを許して欲しい。

 それはホストみたいな見た目のせいだと思うし、そもそもわたしはホストという人たちをよく知らないから、きっとそれはわたしの偏見なんだとも思う。





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