3-3 あの向こうに見える『世界樹』とか
マナが三つ。腐敗が三つ。わたしはそこでページをめくるのをやめた。生み出した三つのマナを使って、『花咲く野』の精霊と契約をする。
ピンクやオレンジの野の花が揺れる幻の前に立って、本のページをめくる。
「今めくった中で、その精霊が入れる場所が空いているページならどこでも良いよ」
「入れない場合もあるの?」
「カードだと、上中下に別れていて、上がふさがっていたら上にはもう新しいカードを入れられないんだ。あ、ほら、この白紙のページを開くと、ページの下の部分がちょっと光るから、目の前のこの『花咲く野』は、ここに入るカードだ。最初に出た『肥沃な大地』も、ページの下側に描かれてたから、こっちのページには入らない」
さらにページをめくると、その次は『呪われた大地』の絵がページの上の方に描かれていて、そのページでも下側が青白い光を放っていた。
「他の絵が描いてあっても、上か下か真ん中か、ちょうど良いところが空いていればそこに入れられるってこと?」
「そう。そうやって、カード一枚の効率を上げて強くしていくゲーム。この世界だと本のページだけど。どこに入れる?」
わたしはちょっと考える。『花咲く野』の精霊は、マナを二つ生み出すことができる。『肥沃な大地』よりも強いカードだ。それを腐敗を生み出す『呪われた大地』と一緒に入れるのは、嫌だなと思った。ただなんとなくのことでしかなかったけど。
「白紙のページに入れようと思うんだけど……」
ちょっと自信がなくて、角くんの表情をうかがうように見上げてしまう。角くんは、微笑んで頷いてくれた。
「良いと思うよ」
たった一言、その角くんの言葉にほっとして、わたしは白紙のページを開いた。ページの下側の光っているところにそっと触れると、わたしの周囲をふわふわと漂っていた三つの青白い光がわたしの目の前に集まってくる。右手を上げてそのマナに触れると、わたしの右手の先で三つのマナがぐるぐると渦を巻いて大きな光になる。
ふわり、とわたしの髪の毛が持ち上がって、ワンピースの長い裾も風に煽られたようにばたばたと揺れる。そして、マナの光が弾けた。
光が収まって目を開けると、さっきまでひび割れていた大地が、花が咲き乱れる草原に姿を変えていた。風が吹くと花が揺れて、蜜の甘いにおいまでする。さっきまで白紙だった本のページには、下の方に花の絵と『花咲く野』の文字がきちんと収まっている。その脇には、青い丸が二つ並んでいた。
「ああ……」
角くんの声に何事かと振り向くと、角くんがしゃがみこんで両手で顔を覆っていた。
「何、今の。めちゃくちゃかっこいい。羨ましい。俺もあれやりたい」
角くんが何を言っているのか、最初は意味がわからなくて、しゃがみこむ角くんをぽかんと眺めてしまった。それから、角くんが何を言っているのか、その意味をようやく理解して──申し訳ないと思いつつも、笑ってしまったわたしを許して欲しい。
「もうできることがなくなっちゃったから、
「じゃあ、できるだけ使い切った方が良いってこと?」
「状況次第かな。無理に使い切るよりかは、必要な精霊を優先した方が良いってこともあるし」
わたしには、その状況というのがわからないから、なんだかぴんとこなかった。返事もせずに頷きもしないわたしに、角くんは気を悪くした様子もなく言葉を続ける。
「さらに付け加えるなら、自分の手番で購入できるカードは二枚まで。この世界風に言うなら、一回の手番で契約できる精霊は二体まで、かな。七マナあるなら、コストが六や七の精霊一体と契約しても良いし、コスト三や四の精霊二体と契約しても良い」
「マナがたくさんになったら、選択肢が増えるってこと?」
「ざっくりと言えば」
「それは、わかった」
今度は頷くことができた。角くんは微笑むと、人差し指を立てる。
「もう一つ、精霊──ゲームだと進化カードって言うんだけど、それとは別の『谷間カード』っていうのがあって」
「谷間カード?」
「うん、あの向こうに見える『世界樹』とか」
そう言って、角くんは立てた指先を遠くの幻に向けた。天を衝くような巨木。じっと見ると『世界樹』という文字が浮かんで見える。それと、茶色の動物の足跡のようなマークと、緑色の葉っぱを三つ並べたマークも。
「あれは、進化カードとは別に購入できる。こっちも、一回の手番に二枚まで。進化カードと谷間カードは、どっちを先にどういう順番で購入しても構わない。つまり、自分の手番では、最大二枚の谷間カードと二枚の進化カードを購入できる。あ、ゲーム的な説明になっちゃったけど」
角くんの話を頭の中で整理しようとしたけどうまくいかなかった。谷間カードというものがなんなのか、よくわからなかったから。わたしが黙り込んでしまったので、角くんはちょっと考え込んでから説明の言葉を続けてくれた。
「谷間カード、あの『世界樹』とかは、デッキ……
「精霊の契約とは別に、その谷間カードっていうのを手に入れる必要があるってこと?」
「ゲーム的な話をすると、谷間カードは強力だったり得点源としても大きいから、勝つためには狙っていった方が良いって感じかな。例えば『蒼湖』ってカードがあるんだけど、そのカードは手に入れたら、自分の手番の度に一マナを生み出す、ずっとね」
「ページをめくらなくても、一マナ出てくるってこと?」
「そう、強いでしょ。他にも、一枚で六点みたいなカードもあったりするし」
六点がどのくらいすごいのかはわからないけど、角くんの口振りから考えるなら、きっとゲーム的な勝ち負けに影響が大きいものなんだろうなと思った。
「で、どうやってあれを解放するのかって話だけど、マナではできない。マナとは別に精霊の力を生み出す精霊がいて、その力が必要になる。精霊の力は野獣の精霊、森林の精霊、天空の精霊、それとオールマイティに使える不定の精霊の四種類。例えばあの『世界樹』では、野獣の精霊と森林の精霊の力が一つずつ必要になる」
「じゃあ、マナだけ増やしても駄目ってこと?」
「そうだね。でも、精霊と契約するにはマナが必要だから、マナも必要」
「え、じゃあ……」
考え込んでしまったわたしの顔を、角くんが覗き込んでくる。
「それに、精霊との契約は早い者勝ちだから、今回契約しなかった精霊が、次に自分の手番になった時にまだ残ってるとは限らない。狙っていた精霊を他の人に持ってかれるなんて当たり前だし。そうやって、その時その時の状況で最善手を尽くすためのデッキを作り上げるゲームなんだよ」
「え……難しくない……?」
不安になってしまったわたしに向かって、角くんは楽しそうにふふっと笑った。
「それ以上に、めちゃくちゃ楽しいから」
正直なところ、角くんのその言葉で不安が払拭されるようなことはなかったのだけれど、わたしはその言葉を角くんなりに励ましてくれたのだろうと受け取ることにした。このファンタジーな世界に入ったせいか、角くんはちょっと興奮気味に見える。だからちょっと──気持ちが暴走してるのかもしれないと思った。
それとも、学校ではいつも穏やかな角くんではあるけど、もしかしたら他の人とボードゲームをする時にはこんな感じだったりするのだろうか。
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