3-2 『夜明けに歌う者』だ
わたしと
「どうかした?」
「あ、いや……その……」
角くんはそうやってしばらくためらってから、小さな声で言った。
「似合ってる……と、思います」
変に恥ずかしくなってしまって、わたしは俯いて何も言えなくなってしまった。角くんの反応は、ちょっと大袈裟だと思う。
本来は、自分のカードの束──「デッキ」と呼ぶらしい──を山札にして、そこからカードをめくってゆくゲームなのだそうだ。めくったカードの効果で、新しいカードや得点を手に入れる。
この世界では、わたしが持っている本が、そのデッキの役割を持っているみたいだった。ページをめくると、そこにカードの絵が現れる。
表紙をめくると、『肥沃な大地』と書かれた緑溢れる畑の絵が描かれていた。ページの、下の方に。その脇に、青い丸いマークが一つ。そのままページをめくると、その青い丸いマークが、青い光になって、ページから飛び上がる。握りこぶしくらいの大きさの青白い光は、ぼんやりと明滅しながら、わたしの周囲をふわふわと漂っている。
「この青い光が『マナ』だね、きっと。こうやってマナを生み出して、そのマナを使って新しいカードを手に入れるのが、まずやること」
角くんはそれでも面白そうに笑って、それからわたしが持っている本を覗き込んだ。
「次のページは白紙か。もう一ページめくってみて」
言われるままに、わたしはページを摘んでめくる。すると今度は、赤い光が浮かび上がってきた。大きさはさっきのマナと同じくらい。けれど、赤黒く明滅する光は、マナの光と違ってどこか恐ろしげだった。
めくった先のページには、干からびた地面と枯れた木が描かれていて『呪われた大地』という文字が添えられていた。
「この赤いのは『腐敗』だね」
「ひょっとして、良くないもの?」
わたしの言葉に、角くんは大袈裟に頷いた。何かの役を演じているかのように、周囲の荒れた大地を背景に、両手を大きく広げる。
「ファンタジックな言い方をするなら、この谷を蝕む呪いの力。この谷が荒れてしまった元凶の力だよ。こうやってページをめくると、マナだとか、精霊の力だとか、そういうものを生み出せる。けど、この腐敗が四つ出てしまうと『堕落』してしまう」
「堕落?」
腐敗に堕落。不思議な言葉遣いだと思いながら首を傾けると、角くんは広げていた手を戻して、いつものように微笑んだ。
「まあ、ゲーム的にはそのターンは失敗ってだけ。四つめの腐敗が出てしまうと、そこまでに生み出されたものは全部なかったことになって、その手番は何もできなくなる」
「三つ目で止めておいた方が良いってこと?」
「大体は。でも、四つ目が出るまでは大丈夫だから、チャレンジした方が良い時はあるかもね。状況次第」
わたしは、頭のちょっと上に浮かんでいる赤黒い光をぼんやりと見上げた。それから、また本のページを見る。
「この、マナっていうのと、今の腐敗って、ページから出てくるタイミングが違うの? この『呪われた大地』のページ、青いマークもあるけど、こっちはまだ出てきてないよね」
それに、さっきの『肥沃な大地』のページは、そのページをめくった時にマナが出てきた。腐敗の光は、ページをめくる前にもう飛び出してきている。
角くんが、急にすごく嬉しそうな顔になった。
「そう、そうなんだよ。腐敗以外は、ページに登場したタイミングだとまだ有効にならなくて、中身を確認してページをめくったら、ようやくそれが生み出せる。でも、腐敗はページに登場したタイミングで、もうカウントされちゃう。ちょっとわかりにくいんだけどね、面白いポイントでもあるんだ、ここ」
「ページをめくるとカードの絵があって、そこに腐敗があれば、それはもう出てきちゃうってことか。マナはそれをさらにめくってからじゃないと、出てこない、ってことであってるよね?」
「あってる。ばっちり」
頭の中を整理しながら、実際はカードだったよね、と思い出す。ページをめくるっていうのは、カードをめくるのと同じことなんだろうか。これが実際はどういうゲームなのか、後で角くんに教えてもらおうと思った。
そうやって、ページをめくって二つ目の腐敗。それもめくって、三つ目の腐敗。随分と腐敗が多くないだろうかと、赤黒い光をぼんやりと見詰めた。
「どうする? もっとめくる?」
「マナが三つだけど、これで足りる?」
「ああ、そうだよね……実際のゲームだと、購入できるカードが目の前に並んでいて、それのコストなんかを見て、めくるかめくらないかを考えるんだけど」
角くんが困ったように、わたしの手元を覗き込んでくる。本のページには『呪われた大地』の絵しか描かれていなかった。
「本以外に持ち物はなさそうだったんだけど」
そう言って顔を上げたら、角くんの向こうに、ふわりと動くものが見えた。
「あ……」
思わず声をあげれば、角くんがわたしの視線を追いかけて振り向く。
そこには、女の人がいた。金色の髪を長くたなびかせて、彼女が飛ぶように跳ねると、ふわりと身にまとった布が、広がって揺れる。彼女が口を開けば高く澄んだ歌声が響いて、周囲に花が零れ落ちる。でも彼女の姿は、幻のように半透明で、陽炎のように不安定に揺らめいて、今にも消え入りそうだった。
「『
角くんがそう呟いた。意味がわからなくて、わたしは角くんを見上げる。
「そういうカードなんだ。あ、ほら、あそこに見える『4』てのはコストの数字だ。あの黄色い星みたいなマークは、天空の精霊のシンボルで、精霊の力を生み出せるカードで」
角くんの言葉を追って、彼女の周囲を見れば、確かに何かで見たゲーム画面のように、周囲に数字やマークや文字が見える。『
「他にも、見える?」
角くんの言葉に周囲を見回せば、なんで今まで気付かなかったんだろうって思うくらいに、いろんなものがいたし、いろんなものがあった。『花咲く野』の幻、木の枝に止まる『鷹』の姿、木のウロからこちらを覗く『気配りフクロウ』の姿。『巣蜂の群れ』と『長老
その向こうには、天を衝くような大きな樹木や、陽を受けてきらきらと流れる小川や、動物たちの幻まで見えた。
実際には、目の前には干からびた大地が広がっているだけ。でも、その幻の光景はとても綺麗で、しばらく言葉もなくそれを眺めてしまう。
「本当に、めちゃくちゃファンタジーだ」
わたしみたいに周囲を見回していた角くんが、ようやく、溜息混じりにそう言った。
「つまり、あの……これが、カードってこと?」
わたしの言葉に、角くんが頷く。
「多分。この世界だとカードじゃなくて、きっと精霊そのものなんだよ。生み出したマナを使って、この精霊と契約して、そうするとその精霊がこの本の中に入る。そうやって精霊たちをこの本の中に増やして……そうしていくうちに、きっとこの谷が豊かになっていって……そういう世界なんだと思う」
わたしはぽかんと口を開けて、もう一度遠くに見える幻に目をやった。あの大きな木はどうやら『世界樹』らしい。
「随分と、なんていうか……ファンタジーだね」
「本当にね」
精霊たちが見せる幻を前に、どちらからともなく顔を見合わせる。角くんの姿は、やっぱりファンタジーな物語に出てくる旅人のようだし、きっとわたしもそういった作品に出てくる何かみたいに見えてしまうんだろうなと思った。
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