3-4 おかげで『熊のトーテム』と契約できたよ

 とにかく精霊と契約しないといけない。そのために、まずはマナ。そのマナすら安定して生み出せないから、二マナで契約できて一マナを生み出す──要するに一番弱い『肥沃な大地』とも契約して、それを『呪われた大地』と一緒のページに入れることにだってなった。

 何回目かの手番で『月狼』と契約する。四マナで契約できた。黒い体に青く輝く模様。体全体も青白く輝いて、触り心地の良い毛並み。契約したらするりとどこかへ立ち去ってしまった。

 そして、本のページが最後まで辿り着いてしまう。どうするんだろうと思ったけど、一度表紙を閉じて開けば、最初の何ページかはめくっている途中のものになっていて、そこからさらに先のページはきちんとランダムになっているみたいだった。どういう仕組みかはわからない。かどくんは「全自動シャッフルだ」と呟いていた。

 その先で『月狼』のページが現れて、それをめくれば二マナが生み出される。それと同時にどこからか遠吠えが聞こえて、そして気付けばするりとその大きな体が近くに寄ってきた。

 月狼の体は大きくて──多分わたしは上に乗れてしまうんじゃないかと思う。近くにいるとなかなかの迫力で最初は怖かったけど、とても静かでおとなしい生き物だった。そっと毛並みを撫でると、気持ち良さそうに青く輝く瞳を細めた。

 その手番では、最初に契約した『花咲く野』と『月狼』が同時にきてくれて、他にも『肥沃な大地』がいくつかのマナを生み出して、マナに随分と余裕があった。だから、どの精霊と契約しようかと、わたしはかなりの長考をしてしまっていた。月狼のふわふわの毛並みがすぐ脇に寄り添ってくれて、とても心強い。

 そろそろ、マナ以外のものも生み出したい。わたしはまだ精霊の力を生み出せないままだ。『路を見出す者』や『静謐を護るドルイド』それから『水源』の精霊なんかと契約して、『世界樹』を解放したプレイヤーがいるのも見えていた。『世界樹』はゲーム終了時に二点の得点になる。

 精霊の力が欲しいと思いながら、月狼と一緒に精霊たちの幻の中を歩く。今、姿を見せているのは『腐敗』のマークを持った精霊たちが多くて選ぶのに苦労した。


「呪いの力は、精霊たちも蝕んでいるんだ」


 かどくんはそう言ってから、照れたように小さく「ていう、ゲームの設定」と付け足した。そう、これはゲームで、全部設定。でもなんだか今の角くんの台詞は、何かの物語のワンシーンのようで──なんだか少しくすぐったくて──ちょっと心躍った。


「精霊たちを腐敗の呪いから解放する方法はないの?」


 角くんの言葉にちょっとだけ乗っかった物言いをすれば、角くんはちょっと考え込んでから口を開いた。


「呪いというのは簡単に消え去るものではないのです、心優しき森の姫。呪いに蝕まれた精霊たちにマナを与え、この土地の豊かさを取り戻すことが、浄化の一番の近道かと」


 芝居がかった口調で角くんがそんな風に言うものだから、わたしは何も言葉を返せずに、ただぽかんと角くんを見詰めてしまった。だって、今のわたしたちの格好はファンタジー映画のようで、わたしの隣には大きな狼もいるし、辺りには精霊たちもいるし、そんな状況で角くんは穏やかに微笑んでそんなことを言ってくるものだから、わたしは本当に何かすごいものになってしまったんじゃないかって、そんな気持ちになるのも仕方ないんじゃないかと思う。

 角くんが、少し頬を赤くして目を伏せた。


「あの、黙られるとすごく恥ずかしいんだけど」

「あ、ごめん、なんだか完成度が高かったから……森の姫というのもゲームの設定?」

「いや、そこは適当にそれっぽいこと言ってみただけ……冷静に質問されるのも恥ずかしいからそのくらいなら忘れて」

「ええっと、でも、なんだかファンタジー映画か何かみたいで、素敵だったよ」


 わたしのその言葉は、角くんには無理矢理なフォローのように聞こえてしまったのかもしれない。角くんはちょっと溜息をついてから、気を取り直したように視線を上げてわたしを見た。


「まあ、ファンタジー映画ごっこはともかく、腐敗マークの対処だよね。直接はないけど、対応するためのカードがいくつかあって」


 角くんが人差し指を立てる。


「一番わかりやすいのが『生育』のマーク。緑の丸いマークで……あ、あそこにいる『熊のトーテム』が持ってるよ」


 立てていた人差し指を角くんが先の方に向ける。そこにいたのは見上げるほどの大きな熊だった。その大きさに怯むけど、あれも精霊なら月狼と同じで怖いことはないはずだと思って、でもやっぱりちょっと怖くて、そっと角くんのマントを握ってしまった。

 角くんは、わたしがマントを握ったことに気付いていたみたいだけど、何も言わないでくれた。


「『熊のトーテム』は、野獣の精霊の力と生育の力を生み出す。生み出された生育の力は、腐敗の力を相殺する。ゲーム的に説明すると、『生育』のマーク一つで『腐敗』のマーク一つを打ち消せる」

「それって、ひょっとして便利じゃない?」

「腐敗を一つ無視できるってことは、それだけたくさんページがめくれるってことだからね。単純に強いよ」


 わたしは、その大きな熊を見る。契約に必要なマナは六。わたしが今回の手番で生み出したマナは九。


「他にもいくつか腐敗に対抗するための精霊はいて、同じページにある腐敗のマークを全部無視する能力とか」

「それって……」


 わたしは角くんのマントを離して、この手番の最後に出てきた『呪われた大地』のページを角くんに見せる。


「その精霊をこのページに入れたら、この『呪われた大地』は腐敗を生み出さなくなるってこと?」


 角くんはにいっと笑って頷いた。


「そうなるね」

「その同じページに、例えばあそこにいる『鷹』を入れても、その腐敗も生み出されないってこと?」

「ページの上中下のどの段かってのはあるから、うまく収まればだけど、でもそういうことになるね」


 わたしは、今は腐敗を生み出しているその『呪われた大地』のページを見下ろして、溜息をついた。


「それって……すごく便利なんじゃない?」

「便利だよ。でも、確かそれ自身は何も生み出さないから、その後にどれだけ強い精霊をそこに置けるかだよね。次にそのページが巡ってきて、ちょうどよく契約できて、そこからさらにまたページが巡ってきて、ようやくその強さが発揮できるってことだから」

「ちょっとイメージが湧かないけど、強くなるまでに時間がかかるってこと?」

「そう。本領発揮までは長いし、下手するとタイミングが悪くて役に立たないまま終わるのもあるあるだ。まあ、呪われた大地を一つ無効化できるならそれだけでも役には立つけどね」


 わたしはやっぱりちょっとぴんとこないまま、そんなものかと頷いた。どのみち、それらしき精霊の姿はないから、今考えても仕方ない。

 わたしはもう、この手番でどの精霊と契約するかを決めてしまっていた。


「『熊のトーテム』と契約しようと思う。それで六マナでしょ。残り三マナで契約できる精霊がちょうどいないから、また『肥沃な大地』かなあ」

「良いと思うよ」


 かどくんに同意をもらえて、わたしはほっとする。そして、『熊のトーテム』の近くまで歩いていった。右手には『月狼』が寄り添うようについてきてくれる。左手には角くんが一緒に歩いてくれて、わたしはなんだか本当に、角くんが言うように姫にでもなってしまったんじゃないかって錯覚してしまう。

 その大きな熊は、わたしが近付くと、二本足で立ち上がってじっとわたしを見下ろした。わたしは白紙のページを開いて、そこに手を触れる。そして、周囲に漂っていたマナが集まってきて、それを熊に向かって差し出すように手を添えれば、光が弾ける。

 白紙だったページに熊の絵が描かれて、そして体が透き通っていた熊は、実体を持って地面をしっかりと踏みしめていた。その熊は、わたしに向かってお辞儀をするように頭を下げると、どこかへ歩き去って行ってしまった。

 残りのマナで『肥沃な大地』と契約して、それで手番は終わりだ。

 手番が終わるとき、月狼がわたしの指先をちろと舐めてきた。


「ありがとう、おかげで『熊のトーテム』と契約できたよ」


 そう言っておでこの辺りを撫でたら、鼻先が近付いてきておでこをべろんと舐められた。驚いて固まっている間に、月狼も立ち去ってしまった。


「可愛い……」


 立ち去る月狼を見送って、舐められてしまったおでこを押さえて、思わず言葉が漏れてしまった。


「ほんと可愛い」


 その角くんの声も、思わず漏れてしまったような響きだった。振り向くと、角くんはちょっとぼんやりとした表情をしていた。


「角くんもやる?」

「え!? いや、でも……」


 角くんも月狼を撫でたかったのだろうかと思って聞いたのだけれど、角くんはやけに驚いて、そしてそわそわと落ち着かなさそうに視線を揺らし始めた。


「撫でるくらいは大丈夫じゃないかな」

「撫でるって……え、頭とか?」

「あと背中とか? さすがにいきなりお腹とかは難しいと思うけど」

「お腹なんてそんな、そこまでは考えてないけど」

「次にまた月狼が来た時に、試してみたら?」


 角くんは不意に真面目な顔付きになって、わたしをじっと見下ろして、それから溜息をついた。


「……そうだよね」

「きっと、撫でさせてもらえると思うよ」


 そう言ったら、角くんはちょっと眉を寄せて困ったような顔で「そうだね」と笑った。






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