2-4 角くんは好きなゲームに入ってみたかったのかもしれない

 その後も、やることは同じ。サイコロを振って、移動して穴を開けて釣りをするだけ。移動できなかったり、せっかく開けた穴なのに他の人に先を越されちゃったり、逆に他の人が釣りをしようとしてた穴で先に釣ったり。すごく単純な、そんなことの繰り返し。

 他のプレイヤーは、ゲームの駒に描かれていた人がそのまま出てきたみたいな、もこもこした服を着た人たちだった。釣竿とそれぞれの色のバケツを持って、氷の上をうろうろしている。

 お互いに邪魔をしたりされたりはあったけど、でも通り過ぎるとにこにこと笑って手を振ってくれた。だから、わたしも手を振り返した。


 ゲームの終わりは突然で、誰かが最後のマスに穴を開けたみたいだった。わたしは、どこの穴が開いていて、どこがまだ開いていないのかよく把握しないまま遊んでいて、だからまだ魚を釣るつもりでいたので、ちょっと残念に思った。


「終わっちゃった」

「まあ、もうすぐかなって感じだったし」


 ちょっとつまらなそうに聞こえてしまったのかもしれない。かどくんが、慰めるようにそう言ってくれた。角くんはきっと、あといくつのマスが残っているか把握していて、だからもうすぐ終わるんだって知っていたんだと思う。

 それからみんなで、魚の入ったバケツを持って真ん中に集まった。そこで、魚を数えてゆく。

 わたしは、大きい魚を三匹と小さい魚を十六匹。一番たくさん釣った人は、大きい魚を四匹と小さい魚を十八匹。負けてしまった。


「残念だったね」

「うん……でも、楽しかったよ、魚釣り」


 わたしがそう言って角くんを見上げたら、角くんはわたしを見下ろして何度か瞬きをして、それから静かに、とても嬉しそうに笑った。




 そして、その次の瞬間にはもう、わたしとかどくんは第三資料室の長机の前だった。

 目の前の長机には、カヤナックの箱が置かれている。箱の上に乗っかった厚紙。そこに挟まれた数学のプリントは、穴だらけだ。

 箱の脇には赤いお皿がある。そこに乗っかっている小さな球は金属で銀色なんだけど、今のわたしにはそれが魚に見える。


「好きなゲームなんだ……子供の頃から」


 呟くように、角くんが言った。角くんの指先が、箱の蓋に触れる。破れてしまってテープで止めてあるところを、そっと撫でる。


「面白かったよ」


 わたしの言葉に、角くんはわたしを見て「それは良かった」と言って笑った。そしてまた、ゲームの箱を見る。


「でも、ちょっと意外だったかも。角くんてもっと、こう、ゲームっぽいのが好きなんだと思ってた。考えることが多いゲームっていうか」

「それは……まあ、今の好みだと、そういう考え所が多いゲームの方が好きだけど。でも、こういうゲームも好きだよ。大喜利系だって好きだし、運要素しかないようなゲームだって、遊べば結構面白いんだ。それに……このゲーム、やっぱり好きなんだ」


 角くんはまたわたしの方を見た。いつものように穏やかな微笑みを浮かべて。


「もっといろんなゲームを持ってくることにする」

「うーん……まあ、楽しみにしておく」


 わたしの微妙な表情の微妙な返答にも、角くんは嫌な顔をしなかった。そして、真面目な顔付きになって頭を下げる。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 わたしも同じように、頭を下げた。

 もしかしたら、角くんはずっと、この自分が好きだったゲームに入ってみたかったのかもしれないな、なんて思ったりした。

 頭を上げてそっと角くんの顔を見上げたけれど、角くんはやっぱりいつもみたいに穏やかに笑っていて、何を考えているのかはよくわからなかった。









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