game 2:カヤナック

2-1 角くんが背負うカホンバッグに入っているのはボードゲームだ

 かどくん──クラスメイトでボドゲ部(仮)カッコカリ部長のかど八降やつふるくんのリュックはやたらと大きい。食べ物を届ける配達員ですか、みたいな四角いリュックを背負っている。

 それは、カホンバッグというものらしい。カホンというのは、打楽器だ。四角い椅子みたいな形で、演奏者はその上に足を広げて座って、足の間の板を叩く。

 もちろん、角くんはカホン奏者ではないし、持ち運んでいるものもカホンではなく、楽器ですらなく、ボードゲームだ。カホンバッグの四角い形状と、ボードゲームの箱の相性が良いのだと、嬉しそうな顔で教えてくれた。

 つまり角くんは、遊ぶかどうかもわからないボードゲームを、いつもいくつか持ち歩いている、らしい。最近はボドゲ部(仮)で遊ぶようになったとはいえ、活動日は週に二回か多くて三回。見ているとそれ以外の日も持ち歩いている様子だし、そもそもボドゲ部(仮)立ち上げ前から持ち歩いていたのでは、という気がする。

 大変そうなのによくやるなあと思ったりする。紙や木が詰まったボードゲームの箱は、結構重い。それに、ボードゲームの箱の中で、その中身──「コンポーネント」と呼ぶらしい──が隙間を作っているせいで、角くんが歩くたびにガサガサザクザクジャラジャラと賑やかな音がする。

 そんな音を聞きながら、わたしは角くんの後に続いて校舎の階段を登っていた。一年教室は一階。ボドゲ部(仮)の仮の部室である第三資料室は四階。今日は、活動日。リュックから聞こえる音が、今日はいつにも増して賑やかだった。


「例えばさ、うっかり学校に数日閉じ込められるみたいな状況があるかもしれないわけで。電気とか止まっちゃって。そうすると娯楽がないから、みんなでゲームとか遊べるかもって」


 学校に数日閉じ込められてる状況がどういうものかはわからないけど、電気も止まっているようなそんな時にゲームを遊べるものだろうか。いや、まあ、状況次第かもしれない。それにしたって、そんな状況に備えるならまずもっと持ち歩くべきものがあるんじゃないだろうか。


「まあ、それはさすがに極端な話だけど。何かのタイミングでゲームの話になって、ゲームで遊ぼうってことになるかもしれないし、そんなチャンスを逃さずにすかさずその場にぴったりなゲームを提案できたら、ゲームを遊ぶ機会が増えるよね」


 角くんはそう言って、踊り場で立ち止まって振り返えると、いつもみたいに穏やかに笑った。角くんは、学校に数日閉じ込められることを極端な話と言ったけれど、その後に語られた内容だって、わたしには同程度の話に聞こえていた。

 わたしは角くんを見上げる。ただでさえ身長差があるのに、角くんが階段の上にいるものだから、余計に見上げないといけなくなる。


「それで……今までそんな機会あったの?」

「……なかった、です。でも、この先のことは誰にもわからないわけだし」

「せめて普段は、もっと小さいゲームにしたらと思わないでもないけど」

「だって、どんな状況にもバランス良く対応しようとすると荷物が増えるんだよ」


 四階まで登って、端っこの部屋の鍵を開ける。


「部室に置いておくのは?」

「まだ仮の部室だし……それに、あんまり手元から離しておきたくないんだよね。管理できなくなっちゃうし。高価たかいものもあるしさ」


 以前に聞いたところによると、角くんはお小遣いの大半をボードゲームに注ぎ込んでいるらしい。高校生になった春からはバイトも始めて、そのバイト代も。それでも、欲しいゲームが多くて足りないのだと言っていた。

 角くんはきっと、単にボードゲームを持ち歩きたいのだろうな、という結論をわたしは勝手に出した。自分の大好きなボードゲームを持ち歩いて、身近に感じていたいんじゃないだろうか。

 その日はそうやって、ボドゲ部(仮)の活動が始まった。




 かどくんがそのカホンバッグの中から出してきたのは、随分と古ぼけた箱だった。

 黄色くて平べったい大きな箱。その四隅は黄色い紙が擦り切れて中の色の付いていない厚紙が見えてしまっている。一箇所なんか完全に破れて潰れてしまっていて、それをテープで補強してあった。

 氷に穴を開けて釣りをしている子供たちの姿が書いてある。もこもことした暖かそうな服を着た子供たち。その背景には氷のドーム状のかまくら。雪だるま。白くまも釣りをしているし、旅行者の姿をしたペンギンも描かれていた。

 その箱の表面に日本語は書かれてなくて──「KAYANAK」という青い文字が、多分ゲームの名前なんだと思う。それとももしかしたら「HABA」という赤い文字の方だろうか。


「これは『カヤナック』という魚釣りのゲームです。魚をたくさん釣った方が勝ちで、怖いことは何もないよ」


 角くんがその箱を動かす度に、中で何が動くのかジャラジャラと音がする。


「魚釣り」

「そう。本当に釣りをするんだよ。これで良い?」


 角くんに聞かれて、わたしはもう一度箱の絵を眺める。寒そうなのだけ気になるけど、子供たちは楽しそうにしているし、きっと角くんの言う通りに怖くはないんだろうな、と思って頷いた。角くんは嬉しそうな顔で蓋を開ける。

 蓋を開けると、その下は厚紙で覆われていた。指の太さほどの丸い穴がたくさん並んでいる。角くんはその厚紙を持ち上げる。その中身はほとんどすかすかで、だから中身が動いてあんな音がしていたのかと思う。

 箱の中から防寒着を着た人の絵が描かれた四色の駒が出てくる。それと同じ色のお皿のようなもの。白いサイコロと青いサイコロ。白い六角形のチップと青い雫型のチップ。それから、棒。

 棒だ。片方の先が尖っている。もう片方の先には糸が付いていて、その先におもりのようなものがくっついている。ひょっとして、釣竿?

 それらが出た後、箱の中には小さな丸いものがごろごろとしていた。金属でできた、銀色の、パチンコ玉みたいな──パチンコ玉を実際に見たことがないから、イメージだけだけど。

 角くんが持ち上げた釣竿らしきもの、その糸の先、おもりの先に金属の球がいくつかくっついていた。角くんは優しい手つきでその金属の球をそこから外すと、箱の中に戻した。あのおもりの先には、どうやら磁石がくっついていて、だから金属の球がそこにくっついてしまうらしかった。


大須だいすさん、何色が良い?」

「んー、じゃあ赤で」


 角くんが、わたしの前に赤い駒と赤いお皿を置く。

 それから角くんは、リュックから数学の宿題のプリントを取り出した。今日の授業の最後に配られたものだ。箱を覆っていた厚紙は二重になっていて、角くんはその間に、そのプリントを挟む。


「それ、宿題のプリントでしょ? 使って大丈夫?」

「え、ああ……」


 角くんはちょっと手を止めた。


「サイズがちょうど良かったし、余分に回ってきてたから、うっかり一枚多くもらっちゃったんだよね。提出分はちゃんとあるから大丈夫だよ」


 そう言って、角くんは穏やかに微笑んだ。

 角くんはどうやら、ボードゲームが関わると状況判断がおかしくなることがある。物静かで穏やかな、どちらかと言えば地味な方に分類される、目立たない男子なのだけれど、こうやって一緒に遊ぶようになってからは、そうではない面をやたらと見ている気がする。

 数学のプリントを挟んだ厚紙を、角くんが箱に戻す。箱に蓋をするように、その厚紙が箱を塞いだ。厚紙に並んでいる指の太さほどの丸い穴は、今は数学のプリントに塞がれてしまって、箱の中が見えなくなってしまった。


「その挟んだ紙、何するの?」


 わたしの言葉に、角くんは箱から取り出した釣竿らしきものを手に取った。持ち上げて、反対の手で、片側の尖ったところを指差す。


「これは釣竿なんだけど、この尖ったところがピッケルなんだよ。この尖ったところで、今セットしたこの紙に穴を開けるんだ」

「え、本当に穴を開けちゃうの?」

「そう。氷に穴を開けるみたいに。そうしたら」


 角くんは今度はその釣竿を横向きにした。先についていた釣り糸が磁石の重さで垂れ下がる。


「こっち側の釣り糸を穴の中に垂らす。そうすると、糸の先の磁石に中の魚がくっついて」

「魚って……さっきのパチンコ玉みたいな?」

「そう。くっついたらそっと持ち上げて、釣り上げることができる」

「本当に魚釣りをするんだ」

「面白いゲームだよね。紙に穴を開けるの、楽しいよ」


 角くんはそう言って、釣竿を差し出してきた。わたしはその釣竿を受け取る。木でできた釣竿は触り心地が良くて握りやすい。

 キーンと響く澄んだ高音は、一体なんの音だろうか。そう思った瞬間、わたしと角くんはまた、ボードゲームの中に入り込んでしまっていた。





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